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第0章 光に誘われて

深夜0時をもう少しで迎えられそうな、日曜日のブルーな夜だった。


「ヒュルルルル……!」


まるで多段ロケットが垂直に落ちてくるような風切り音が、鼓膜に響いた。その瞬間、目が覚める。


布団の中で身体が硬直する。反射的にカーテンの隙間へと目を向けた。


──赤く、光る。


数度のフラッシュの後、少し遅れて「ドン! ドンドドドドン!」という凄まじい爆発音が大気を貫通して響いた。地面ではなく、空から。音圧が、地響きと共に内臓の奥にまで震えるように伝わってくる。


俺は思わず語彙力を失った。


「……なんなんだ?」


布団を蹴った。地上12階にある学生アパートの小さな窓辺に駆け寄り、カーテンウェイトを少し持ち上げて、恐る恐る外を覗く。


なんという破壊的光景!


...夜空はまるで、燃え上がるような深紅に染まっていた。


ゆっくりと降りてくる照明弾のような光が、雲を強烈に照らしている。


その時だった。


「ゴガアアアンッ!」


一瞬、黒い鷹のような、大きな「何か」が影のような輪郭を纏って頭上の赤い空を貫いていった。


耳を裂くような轟音とともに、数十機の戦闘機らしきシルエットが雲を割り、空を縦断していく。編隊を組んで、影を追いかけるように、トンビのようなV字を描きながら、東の地平線へと消えていった。


──まるで戦争だ。いや、でも……


思考が追いつかない。視界には、血のような空と、ゆっくりと垂れ下がる無数の光点。そして、高速で飛ぶ機体。そして黒い「何か」。


「……説明がつかない。論理的にも、倫理的にも。」


俺はハッとして、どんな理由であれ「事実の片鱗」が欲しくなった。急いでテレビのリモコンに手を伸ばし、赤い電源ボタンを押した。


が、テレビは暗い画面のまま呑気に寝てやがる。


「深夜だし、眠いのも無理はないか」


と寝ぼけた頭で考えた。


もう一度窓辺に駆け寄って、今度はレールが傷みそうなくらいの勢いを持ってベージュ色のカーテンの布切れを中央から左右に引き離した。シャーっとカーテンレールとランナーの摩擦音が響く。


外の光が居室に侵入すると同時に俺の肉眼は、四角いアルミサッシの少々上らへんから、向かいに見える学生アパート群生地の景色を展望する。


深夜とはいえ、いつもならば学生たちの「生活感」が、窓から漏れる黄色い光として知覚されうるところだが、今夜は蛍光灯まで仕事していないようだ。


空の模様にばかり注目していて気が付かなかったが、こんな危機的惨状でも、街のどこにも人影が見られない。...だが無理もないだろう。わざわざ外に出て、天変地異じゃ!とはしゃぐほど、馬鹿な奴はいないようだ。むしろ、安心した。


「街のブレーカーが落ちたか...」


そう呟いた瞬間だった。


俺にとっての世界が、白く染まった。


思わずしゃがみ込み、身体を小さく丸める。次の瞬間、激しい暴風が窓を打ち砕き、熱と光とガラスの断片が部屋の中へと雪崩れ込んできた。


一瞬の出来事。


でも、痛みはなかった。不思議なくらい、何も感じなかった。ただ――


「何かが……大切なはずの何かがなくなった。」


それが、感覚的な何かだったのか、心の深い部分だったのか。はっきりとはわからない。


そして、重力がふと、消えた気がした。


浮遊感に包まれ、意識が遠のく。周囲を知覚しようとするが、そこには――「無」が「在った」のだ。


存在しないという“意味”だけが存在している。それを“情報”として受け取るという、言葉の通じない異常な体験。


やがて、暖かさが訪れた。


「死」という概念的畏れを生まれて初めて意識した。でも、それは恐怖ではなかった。不思議な、宇宙との接続のようなものだった。


そんなとき、どこからか音が届いた。


まるで讃美歌のような、繊細な旋律。


俺は生命の起源を感じ、なんかの徒競走に勝ち抜き、2セットのDNA が融合した情景が感じられる。とうの昔に忘れてしまった赤ん坊の頃の記憶が蘇ってくる。


羊水の中で浮遊する俺。母の鼓動と微かな世界の音が聞こえる。鼓動が速くなった。なんでだろう。


俺は突如、身体全体に圧力を感じた。


「俺にとっての世界が、崩落する」


そんな気がして、俺は悲しくなったよ。


ああ、ここで俺の世界は終わるんだなとしみじみ思う。だが違った。


身体の圧迫感が失われ、解放される。俺は初めて「空気」に触れた。そりゃあ驚いたよ。驚き過ぎたからか、世界が崩落しないことに対する安寧か...とりあえず俺は、全力で泣いた。泣くという行為こそが、俺と世界を接続するから。


しばらくして、「母」が俺を抱いたんだ。でも、生まれたてじゃあ、顔も見れないや。でも暖かい、深い愛情のようなものだけが、確かなリアルとして伝ってきた。


「よかったね。母さん。俺に出会えてさ。」


ただ静かに、それでいて確かに実感したのを思い出す。


そんなことを考えたのも束の間、何か太い注射針のようなものが3回左脇腹に撃ち込まれた。


「イタイ...イタイ...イタイ...」


初めての痛覚。あれ、なんだったんだろうな。抗生剤か何かだったのかな?まあ、そんなことはどうでもいいか。


そんなことより、


俺の母さん、どんな姿形だったんだろう。


どうしても、思い出せない。母の鼓動と、伝達された愛情だけが、母に与えられた全てだったから。


「母さんの笑った顔はどんな表情だろう...」


かすかに、想像してみる。


母さんのこと、「ママ」って呼んであげたかったな。いつどこでどうなって母が失われたのか、俺は知らない。


父親?そういえばそんな存在もいたっけな...。


少しずつ展開された俺の深層の記憶。いったい頭のどこにどうやって保存されていたのか。どうして突然こんなにも鮮明に思い出すのか。よくわからないが、少し心があったかくなった。


回想が劇場の幕が降りるように遠ざかっていく。そして少しずつ、リアルの方から近づいてきた。


歌声。少女の声のように、優しく、澄んでいた。言葉じゃない。でも、確かに伝わってくる。


誰かが、俺に近づいてくる。


木漏れ日のような、優しい「匂い」がしていた。


そして――「鍵」を渡された。


それは物理的な鍵ではなく、情報そのもの。精神的な、でも確かな手応えのある“概念”だった。何かを囁かれたけれど、内容は思い出せない。


でも、何故か理解してしまった。納得してしまった。


その瞬間、俺の周囲の「場」は崩壊を始める。


空間がほどけて、幾何学模様となり、拡散し、融合し、再構成されていく。まるで宇宙が再起動しているような、創造と再誕の光景。


「これが……神のの意思、なのか?」


胸の奥に広がるのは、畏怖。そして、幸福感。


そのまま、俺は眠りへと落ちていった。


(時間を失った暗黒空間に入室する)


「起きて……起きて……光の差す方へ……」


耳元で誰かが囁くような声。と思ったら、スマホの振動だった。俺は毎日、アラームが鳴る1分前にバイブレーションを設定しているからな。その方が、優しく起きれる気がするし。


目が覚め、時計を見た。月曜日の午前7時10分。


いつもの朝日。いつもの俺の部屋。綺麗でも汚いわけでもない簡素な居室。どうやら、現実はやっぱり現実のままだった。


「……夢オチかよ!」


反射的に突っ込みを入れた。でも、その言葉に、なんだか救われた気がした。


「あまりにも鮮明な夢は、現実を失いそうになるから...」


今日もまた、未来に向かって、俺の平凡な日常が繰り返される...。そんな平和な絶望感をフェイシャルソープで洗い流しながら、今日も朝飯は卵かけごはんでいいや...と割り切った。


朝のどうでもいいニュースをテレビで視聴しながらエサにありつき、高校の制服に着替える。


憂鬱な月曜日の学校に向かって、今日も自転車に跨る。まだ眠そうな太陽のオレンジ色を東の方角からやわらかに受けて走り出す。


ふと、「あの夢が現実だったなら、俺の世界は変わってくれたのだろうか」と学校近くの坂道を自転車で必死に登りながら思った。

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