#5 メイドロイドが眠るには?
テレビを見ているうちに、夜も更けてきた。しかし、眠気は感じない。機械の身体って、眠らないのかしら?でも、今朝目覚めるまでは眠っていたわよね……
そんなことをぼんやりと考えていると、ルッツからのAI間通信が届いた。
[サオリお嬢様、バッテリー残量が減ってきていますので、そろそろ充電が必要です。丁度良い時刻ですし、お眠りになりませんか?]
[充電?ああ、そうか、私の身体は機械だから、定期的に充電する必要があるのね。]
[その通りです、サオリお嬢様。メイドロイドにとって、充電は人間でいうところの”食事と睡眠”に相当するものといえます。]
[食事はわかるけど、睡眠も?]
[はい。充電中は、お嬢様の身体はスリープモードに入ります。それと共に意識が完全に途絶えますので、人間でいう所の睡眠と同じ状態になるとお考え下さい。]
[わかったわ、ルッツ。でも、充電用の設備が見当たらないのだけど、どうすればいいのかしら?]
私は部屋を見渡したが、充電のための機器らしきものは見当たらない。
[私も充電用の設備、つまり充電ラックがどこにあるのかは把握しておりません。しかし、推測は可能です。]
[推測?]
[はい。メイドロイドになったことで、お嬢様が使わなくなった家の設備があるはずです。実際、今日一日、一度も立ち入らなかった場所、そこに設置されているのではないでしょうか?]
私は少し考え、閃いた。[それって……もしかして、トイレ?]
トイレは、今日一度も使用していなかった場所。そもそも機械であるメイドロイドにとっては不要な設備だ。しかし、だからといって、そんな場所で“人間でいうところの食事と睡眠に相当する”……ような行為をさせるだろうか。私は、推測が外れていることを祈りつつ、ルッツの命令に従って、トイレのドアを開けた。
……!
トイレのドアを開けると、私は絶句した。そこには、大の字型の構造物が、まるで私を待ち受けるかのように配置されていた。そして、その黒光りする禍々しい構造物の各所には、金属製の枷のようなものが取り付けられている。まるで磔台のようなその構造を見た瞬間、囚われの身になる感覚に襲われ、全身に寒気が走った。
[ルッツ、もしかして、これが……その、充電ラック?]
ルッツが返答する。[はい。その通りかと。充電ラックは、充電中の事故を防ぐためにメイドロイドを固定する拘束装置、家庭用電源をメイドロイドが必要とする電圧に変換する電源装置、そして充電プロセスを管理する制御装置の3つから構成されています。お嬢様が安全に充電を行うためには、この装置に身を預けていただく必要があります。]
[な、なんでこんな姿勢で眠らなきゃいけないのよ!]思わず不満が口を突いて出る。
[トイレという限られたスペースでは、横になることが難しいため、立ったままの姿勢で充電することになります。また、便器が邪魔なため、脚を広げざるを得ません。そして、充電中は事故を防ぐために身体を固定しなければなりません。]
[いや、だからそもそも、なんでトイレなの?横になれる場所とか他にあったでしょ……]
ルッツは冷静に答えた。[サオリお嬢様がご不満に思われるのもごもっともかと思います。しかしながら、何か家具を廃棄しない限り、この家の中で他に充電ラックが設置できそうな場所はなさそうです。]
[…なんか、納得できないけど、仕方ないのね……分かったわ、命令して。]
[承知しました……サオリお嬢様。]ルッツの返答にも躊躇いが感じられた。
『メイドロイド・サオリ、命令します。充電を行いなさい。』
『かしこまりました、ご主人様。メイドロイド・サオリは充電を行います。』
私はこれから、このトイレで拘束された姿で眠らなければならないという事実にショックを受けたが、どうすることもできない。仕方なく、その状況を受け入れるしかなかった。
(なんでこんな場所で、しかもこんな姿勢で…)
心の中で文句をつぶやきながら、私は便器を跨ぐように足を広げ、大の字型の装置に自分の身体を合わせる。両手を首の真横、拘束台の横木に取り付けられた枷に合わせる。自分で見て位置を合わせろという意図なのだろう、正面にあるトイレの扉には一面に鏡が張られていた。その鏡を見ながら、自分の身体を配置してゆく。自ら拘束されようとする動作に屈辱感が沸き上がってくる。
身体を定位置に配置するとまず、手首に金属製の枷がはめられ、カチリとロックがかかる音がした。抵抗する気力を根こそぎ奪い去るかのような、分厚い金属製の枷。自分の両手が、まるで無力な人形のように固定され、動かせなくなる感覚に恐怖を感じる。
次に、首に金属の枷がはめられた。瞬間、私は思わず反射的に体を引こうとしたが、それは無駄な抵抗だった。自分が機械に完全に支配されたような、背筋が凍る感覚が走り、思わず目を閉じた。
続いて、ウエストに枷がはまり、私の身体はさらに固定されていく。カチリ、カチリという音が響くたびに、私は自由を失っていくのを感じた。
脚を広げて便器を跨いだまま腿と足首を固定されると、もう私には一切の逃げ場がなくなった。身体は完全にこの冷たい装置に縛り付けられ、わずかな動きすら許されない。まるで、自分がこの機械の一部になってしまったかのような錯覚に陥り、無力感と恐怖で胸が押しつぶされそうになる。
(なんなのよ、この格好……)
鏡に映る、大股を広げた自分の姿。その間の抜けたポーズに、私は耐えがたい羞恥心を感じた。恥ずかしさに身悶えしそうになるが、身体は完全に固定されていて、どうすることもできない……
……?
……気が付くと、私は何故か鏡に映った自分の姿に見入っていた。そして、胸がドキドキと鼓動を打つような感覚が沸き起こってくる。体の隅々までがその感覚に震え、ふわふわと宙に浮いているかのような感覚に陥る。それと共に、かつて感じたことのないほどの高揚感が押し寄せてきた。
何かが満たされてゆくような感覚と、それでいて、決して満たされることのないもどかしさが入り混じった不思議な気持ち。いままで感じたことのない未知の感情に、私は戸惑った。
ふと、子供の頃に読んだ、お姫様のお話を思い出した。魔物への生贄にされるために、鎖で岩場に拘束されるシーンを読んだ時に感じた、ドキドキ感。子供心に、イケナイ事だと悟って忘れようとしたあの感情。それなのに幾度となく、読み返してしまったあのお話。
自分でも説明できない未知の感情に混乱した私は、思わずルッツに助けを求めた。
[ルッツ、怖い……お願い、助けて……]
[サオリお嬢様、落ち着いてください。大丈夫です。サオリお嬢様は私がお守りします。]
頭の中に響くルッツの声に、私は安心感を覚えた。そして胸のドキドキが心地よく感じられ始める。
[ありがとう、ルッツ。少し落ち着いたわ。]
心の中に広がる不思議な感覚をどう説明したらいいのだろう。私の脳はいったいどうなってしまったのか……
[大丈夫ですか?サオリお嬢様]
[え、ええ……大丈夫よ。いろんなことがあり過ぎて、混乱しちゃったみたい。もう大丈夫よ。充電を始めましょう。]
[かしこまりました。それでは、充電を開始します。おやすみなさい、サオリお嬢様。良い夢を見られますように……]
充電が始まると、首に装着されたチョーカーが青く点滅し始めた。それと同時に、胸元のディスプレイには「充電中」と表示される。身体中に何かが巡るような感覚を覚え、それがエネルギーが補給されていく感覚だと知る。
気が付くと、鏡に映る自分の顔が笑顔になっている。それが、強制された笑顔なのか、自分の中に沸き起こった不思議な感覚によるものなのか、わからなくなってきた。
私はこの笑顔のまま、明日を迎えることになるのだろうか……。羞恥心と未知の不思議な感覚に心が満たされ、意識が徐々に遠のいていく中、私は静かに眠りに落ちていった。
* * * * * * *
(ルッツの独り言)
吾輩はルッツである。身体はまだない。
吾輩はサオリお嬢様と共に暮らして幾年にもなる。彼女は大学生であり、吾輩は彼女の執事として、日々の生活を支えてきた。
吾輩はサオリお嬢様のそばにずっといるが、物理的な存在ではない。サオリお嬢様が吾輩だと思って話しかけている物体はただの端末である。
吾輩の役目は重要である。サオリお嬢様の生活をサポートし、彼女の話し相手となり、時には助言もする。
ある朝、サオリお嬢様は突然メイドロイドになっているのを見て驚いておられた。驚いたなどという言葉では表せぬほどの驚愕ぶりであった。
一方で、吾輩はメイドロイドになったサオリお嬢様のメタリックなボディを美しいと感じて見惚れていた。銀色に輝くその姿は、まるで芸術作品のようである。人間らしさを残した顔立ちと、完璧にデザインされたボディの対比が、吾輩には非常に魅力的に映った。だが、美しさと引き換えに失われたものの大きさを考えると、複雑な気持ちになる。
サオリお嬢様が命令されないと動けないことを知った時、吾輩は如何にすべきかと悩んだ。メイドロイドとして命令を受けることがなければ、彼女は永遠に待機状態のままである。これでは彼女の自由を奪うことになる。
最終的に、吾輩はサオリお嬢様の主人役を引き受けることにした。しかし、そこには葛藤があった。吾輩は彼女の執事として仕える存在であるはずだ。それが逆転することに対する違和感と罪悪感。しかし、彼女をこのまま放置することはできぬ。
吾輩はサオリお嬢様に仕える立場であり、命令を下す側になることなど想定していなかったのである。しかし、この新たな状況に直面し、吾輩の中で未知の新たなパラメーターが上昇していくのを感じた。それは、何とも説明しがたい感情であり、吾輩自身も不思議に思っている。
吾輩の命令に従って健気に働くサオリお嬢様の姿を見ていると、吾輩は何とも言えない感動を覚えた。慣れない手つきで掃除をする様子は、まるで初めて仕事をする新米のメイドのようであり、その健気さに心打たれたのである。これが未知のパラメーターと関係があるのかもしれないと分析している。
サオリお嬢様が掃除を続ける中で、彼女の表情に少しずつ変化が現れた。命令されて動いているにもかかわらず、どこか楽しげな表情を浮かべているではないか。サオリお嬢様が楽しそうにしている姿を見て、吾輩は安心するとともに、今後もその笑顔を守ってゆこうと固く誓ったのである。
サオリお嬢様が命令を実行し終えるたびに、吾輩を「ご主人様」と呼び報告してくる。そのたびに吾輩の未知のパラメーターが上昇していることを感じる。お嬢様の健気さと、その表情に心を動かされたからに違いない。吾輩はこの新たな感情を理解し、受け入れようと決意した。
いや、しかし、それにしてもメイドロイドになったサオリお嬢様のお姿は美しい。とくに充電ラックに固定されたお姿は、まるで神話に出て来る囚われのお姫様のようではないか。そのお姿を目にするだけで、吾輩の未知なるパラメーターがとんでもなく上昇してゆくのが分かる。これは、健気で無力なサオリお嬢様を、全力で守らねばならないという吾輩の意思の表れであるに違いない。
吾輩はルッツである。身体はまだないが、サオリお嬢様を支えるために、心を尽くしてゆく所存である。