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#4 メイドロイドがくつろぐには?

大学の講義が終わると、私は再び身体の自由を失った。再び部屋の隅に移動し、機械的な待機姿勢を取る。そしてまた両手が勝手に動いてチョーカーを嵌めなおす。なんだか支配されているみたいで、不愉快。まあ、その通りなのだけど。


[サオリお嬢様、次は何をなさりたいですか?] 支配する気がまるでないルッツがAI間通信で話しかけてくれる。


[そうね……少し休みたいわ。このままでいいかしら?]


[承知しました。何かございましたら、AI間通信で話しかけてください。]


待機姿勢というのは、全身が束縛されているような感覚があるが、同時に力が抜けたような感覚もあり、立ったままじっとしていても特に疲れるという訳ではない。しかし、何もせずにただ立っているだけだと、時間がとても長く感じられる。


暇を持て余した私は、AI間通信でルッツに話しかけた。


[ルッツ、テレビをつけてくれないかしら?暇で仕方ないの。]


[承知しました。]


テレビが点き、画面に映像が流れ始めた。ニュース番組が始まり、アナウンサーが今日のトップニュースを伝えている。今の私の状況につながるようなニュースは何もなかった。私はしばらく待機姿勢のままテレビを見ていたが、だんだん身体が動かせない状態が続くのは辛いと感じ始めた。


[ルッツ、身体が動かせない状態が続くのは辛いわ。例えばソファでくつろいだり、寝転がったりできないかしら?そういう命令を出せないかしら?]


[残念ながら、メイドロイドは業務上の必要性がある場合以外、ソファや椅子を使用することは禁じられています。そのため、ご褒美を使うしかありません。お使いになりますか?]


メイドロイドの制限の厳しさに驚愕し、悲しみが胸に押し寄せた。自分の身体なのに自由に休むこともできないなんて、こんなに理不尽なことがあるのだろうか。


[そんな…こんなに厳しいなんて…]


悲しみに打ちひしがれている私に、慌てたようにルッツが命令を発した。


『メイドロイド・サオリ、命令を与えます。私に代わってテレビを視聴し、その内容と感想を報告しなさい。なお、より正確な報告にするため、テレビを見る際には、様々な姿勢を試しなさい。』


流石にその命令はメイドロイドの制約に拒否されるのではないかと思ったが、驚いたことに拒否されなかった。


『かしこまりました、ご主人様。メイドロイド・サオリはテレビを視聴し、その内容と感想をご報告いたします。テレビ視聴の際には、様々な姿勢を試みます。』


私は再び動けるようになった。胸元のディスプレイに”02“と表示される。テレビを視聴する命令と、後で報告する命令ね。


ルッツの機転に感心しつつ、私はソファに座り、くつろぎながらテレビに目を向けた。


[ありがとう、ルッツ。おかげでとても楽になったわ。]


[映画や小説の要約を書かせる、というのはAIが発明されて以来古くからある定番の利用方法ですから。もし、サオリお嬢様の身体のメイドロイドAIが主人である私を”人間である”という前提で判断しているなら、うまくメイドロイドの制約を出し抜くことができるのではないかと推測しました。]


ルッツのおかげで少しでも楽になれる方法を見つけたことで、私は再び前を向くことができた。彼の支えがあれば、この厳しい制約の中でも少しずつ乗り越えていけるだろう。


テレビの画面にはバラエティ番組が流れている。出演者たちの笑い声が部屋に響く。私はその笑顔を見ながら、自分も笑顔を取り戻しつつあることに気づいた。


    *    *    *    *    *    *    *


しばらくテレビを楽しんでいた私は、ふと考え込んでしまった。


[ルッツ、私の身に起こったことを、誰かに伝えるべきじゃないかしら。伝えるとしたら誰がいいと思う?やっぱり警察かしら?]


ルッツはすぐに反応した。[サオリお嬢様、それには反対します。警察に話しても信じてもらえないでしょう。壊れてAIがおかしくなったメイドロイドだと思われてしまうだけです。]


[どうしてそう思うの?]ルッツの強い言葉に私は少し驚いた。


[なぜなら、サオリお嬢様が人間であることを示す証拠がないからです。]


[でも、私はメイドロイドではなく、機械の身体を持った人間、いわばサイボーグみたいなものでしょ?だから、どこかに私の人間の脳が格納されているはずよ。それを調べてもらったら、証拠になるのではないかしら?]


ルッツは少しの間沈黙した後、驚くべきことを伝えてきた。


[サオリお嬢様、サイボーグには通常、人間の脳を維持するための生体保存ユニットが存在します。しかし、サオリお嬢様の身体、MDS-7530EX…MDS-7500シリーズには、そのようなユニットは装備されていません。そもそも脳を納めるための余分なスペースも存在していないのです。]


[でも、もし私の身体だけ特注で生体保存ユニットと脳を格納できるようにしていたとしたら?]


[もしそうであった場合、今頃サオリお嬢様は失神しているか、もしくはかなり危険な状態になっているはずです。人間の脳を持つサイボーグは、電力だけでなく、脳の為の定期的な栄養媒体“ニューロフィード“の補給が必要です。ですが、現状、サオリお嬢様には何の異変も起こっていません。それが、サオリお嬢様の脳がサオリお嬢様の体内にないことの証拠になります。]


[さっきクローゼットでニューロフィードがあるか、って聞いたのはそれを確かめるためだったのね]


[はい。サオリお嬢様をサイボーグ化した人物が誰であるにせよ、サオリお嬢様の生命を考慮していたはずです。それなのに、ニューロフィードの準備が何もないということは、サオリお嬢様の脳はサオリお嬢様の体内にないということである、そう確信したのです。]


その結論に私は愕然とした。[だとすると、私は脳も機械化されたということ?]


ルッツは冷静に答えた。[今の技術ではそのようなことは不可能です。仮に人間の脳から全ての情報を読み出すことができ、それをAIに入力したとしても、それはサオリお嬢様と同じ記憶を持つコピーができるだけで、サオリお嬢様の脳が機械に置き換わるわけではありません。]


私は考え込んだ。[ということは、私の脳はここにはなく、どこか別の場所に置かれていて、そこから遠隔接続して身体を動かしているということかしら?]


ルッツはその考察に納得した様子で答えた。[現時点で私たちが持っている情報に鑑みる限り、サオリお嬢様のその考察に矛盾は見当たりません。いずれにせよ、形はどうであれサオリお嬢様は人間です。そしてそのことを知っているのは私だけです。]


私の心に少しだけ安堵が広がった。少なくとも、私の脳、人間である証がどこかに存在する可能性が高いのだ。だが、まだ不安が完全に解消されたわけではない。


[ルッツ、もし私の脳や身体が他の場所にあるとしたら、早く取り返さないと大変なことになるんじゃないかしら?]


ルッツはすぐに慰めるように答えた。[大丈夫です、サオリお嬢様。サオリお嬢様をメイドロイドにした人物は、サオリお嬢様に強い悪意は持っていないと思われます。少なくとも、サオリお嬢様を害する意図はないでしょう。]


[どうしてそう思うの?]


[根拠としては弱いかもしれませんが、サオリお嬢様のメイドロイドの身体がその理由です。]


[どういうこと?] 私はルッツの説明を待った。


[サオリお嬢様の身体として使われている機種、MDS-7500シリーズは、メイドロイドとしてはかなりの高級機種です。一般家庭レベルでは到底手が出ないほど高価で、簡単に入手できる機体ではありません。もし、ただサオリお嬢様を生かしておくだけの目的でメイドロイドにしたのなら、もっと安くて手に入りやすい一般的な機体を選んだはずです。にもかかわらず、かような高級機種を選んだことから、サオリお嬢様に対して一定の配慮が存在すると推測されます。また、あえて主人を設定しなかったことも、サオリお嬢様を支配しようという意図がないことが分かります。]


私はその説明に少しだけ安堵した。しかし、依然として不安が完全に消えるわけではなかった。


[でも、どうして私をメイドロイドにしたのか、その理由がわからないと不安だわ。]


[確かに、理由が分からないことは不安の種になります。ですが今は、サオリお嬢様が無事でいることを最優先に考えましょう。そして、少しずつ真実に近づいていくことが大切です。]


私はルッツの言葉に耳を傾け、少しずつ気持ちを落ち着けた。彼の支えがあれば、この厳しい状況でも少しずつ乗り越えていけるだろう。まずは、日常生活をきちんと送りながら、情報を集めることから始めよう。私の脳や身体がどこにあるのか、その手がかりを探し出すために。


[ありがとう、ルッツ。あなたがいてくれて、本当に助かるわ。]


[お役に立てて光栄です。これからもサオリお嬢様のために、全力でお支えいたします。]


テレビの画面には、次の番組が始まっていた。私はその映像を見ながら、未来への希望を胸に抱き続けることにした。

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