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#2 メイドロイドが動くには?

「今、何時だろう……」心の中でふと考える。すると、6時54分、という答えが頭の中に浮かび上がった。頭の中まで機械にされてしまったのだろうか。不安がさらに高まる。


・・・


時刻が7時ちょうどを指したとき、聞き覚えのあるバリトンの声が耳に届いた。


「おはようございます。サオリお嬢様。」


……ルッツ!


それは私が長年愛用している対話型AI端末の声だ。流行りの携帯型ではなく、いささか時代遅れの感がある据え置き型だが、その分、基本性能は高い。私はそのAIを「ルッツ」と名付け、子供のころからずっと共に生活してきた。頼りになる執事であり、友人でもあるその声に、私は泣きそうになるほどの安堵を覚えた。


「ルッツ!ルッツ!……よかった、あなたが居てくれて……助けて!私の身体が機械になっているの。一体どうなっているのか説明して!」


話しかけられたことで、自分が話すことができると感じた私は、開口一番、自分の置かれた状況について尋ねた。心が少し軽くなっていた。


ルッツの冷静な声が響いた。「サオリお嬢様、あなたの身体はメイドロイドになってしまったようです。」


「メイドロイド……やっぱりそうだったのね。どうして?誰が私をこんな姿にしたの?」 


「申し訳ございません、サオリお嬢様。現時点において、お嬢様に身に起こったことに関して、適切なお答えを差し上げることができません。」


少し持って回ったような言い方。いつもはクールで簡潔な返答を返すルッツがこういう言い方になるときは、本気で困っていることを意味している。私はそれを長い付き合いの中で何度も聞いてきた。


つまり、私は昨夜、眠っているところを誰かに攫われ、メイドロイドにされて、ここに戻されたということだろう。その顛末をルッツも知らないということは、ルッツも電源を落とされていたと。まあ、ルッツはこの部屋のセキュリティも管理していたわけだから当然か。


それ以上のことは今の状態の私が考えても答えは出そうにない。ならば、まずは直近の問題をなんとかしよう。


「分かったわ、ルッツ。その問題はあとで考えましょう。とりあえず今、私は身動きできない状態なの。どうやったら動けるようになるのか分かる?」


「メイドロイドは主人の命令だけに従って動作する家事用のロボットです。サオリお嬢様の胸元のディスプレイパネル表示を見る限りでは、現在の命令タスク残はゼロ、つまり何も命令されていないために待機状態になっているものと思われます。」


「待機状態…じゃあ、何か命令されないと私は動けないってこと?」


「その通りです。主人からの命令がない限り、メイドロイドは動くことができません。」


命令されないと動くことすら許されない……この身体に負わされた軛の重さに眩暈がした。


「……私の主人は誰なの?」


「私には分かりませんが、サオリお嬢様には分かるはずです。」


「目が覚めたらメイドロイドにされていたのよ?分かる訳ないじゃない。」


「ああ、失礼いたしました。そういう意味ではなく、サオリお嬢様がご自分の設定情報を見れば分かるのではないかと。」


「設定情報?」すると目の前に半透明なディスプレイが現れ、様々な情報が表示された。


型式:MDS-7530EX……識別番号:M637-BKR3-0173……愛称:サオリ……主人:未登録……


「ルッツ、私の主人は“未登録”になっているわ。ということは、誰かに主人になってもらわないと私は動けないってことかしら?」


私は途方に暮れた。このままではずっと動けないままになってしまう。


「その通りです。だれか主人になってくれそうな人はいませんか?」


考え込んだが、心当たりは思い浮かばない。両親は他界してるし、恋人もいない。親しい友人は何人かいるが、こんなことを頼めるかというと話は別だ。自分の全てを預けることになるのだから。そもそも、今の私の状況は、軽々しく他人には言えるものではない。


第一に、私が人間であることを理解している人。そして絶対に裏切らない人。私を最優先に考えてくれる人。そして私を誰よりも理解している人。条件に当てはまる人は一人しかいない。ああ、人ではないか。


「ルッツ、あなたを私の主人に設定することはできるかしら?」


「はい、僭越ながら、私もそれが今のところ最良の解決手段であると考えていました。しかし、一つ問題があります。」


「問題?……ああ、私はあなたの主人だから、あなたを私の主人にすると矛盾が生じるわね。どっちが主人か分からなくなるということかしら?」


「少し違います。正確に申し上げますと、私をサオリお嬢様の主人として設定するだけでは、不十分なのです。」


「何が足りないの?」


「結論をお話しする前に、先ず私とサオリお嬢様の現状認識を確認しておきましょう。」


「いいわ。続けて。」


「サオリお嬢様は、今まで通り、自由に自分の意思で行動できるようになることをお望みですよね。」


「ええ、そうよ。」


「しかし、メイドロイドは命令されたことしか出来ません。従って、サオリお嬢様が何かをなさりたい場合、その意思を私に伝え、それを基に私が命令を作成してサオリお嬢様に命じる、という方法を取らざるを得ません。」


「ええ、私もそう考えているわ。」


私もルッツも面倒だけど、他に手段はなさそうだ。


「しかし、メイドロイドは、主人に対して命令したり指示したりすることは出来ないのです。特に待機状態にある場合、自分から話しかけることすらできません。」


「それじゃあ、ルッツを私の主人にしてしまったら、私の望みを伝えることが出来なくなるということ?」自分の身体を見つめながら尋ねた。胸のディスプレイには依然として「待機中」の文字が点滅している。


「その通りです。それはサオリお嬢様の望まれていることではないと考えています。」


私は再び困惑した。「じゃあ、どうすればいいのかしら……」鏡に映る自分の姿を見つめ、どうにかしてこの状況を打破する手段はないか考えた。


「それを解決する手段があります。ご説明するより実行した方が早いでしょう。準備しますので、そのまま5分ほどお待ちください。」


・・・


5分たってもルッツからは何も言ってこない。だんだん心配になってきた。もしルッツに何かあったのなら、絶望的な状況になる。催促しようと、ルッツに呼びかけようとしたら声が出ない。


(会話が途切れたから、私からは話しかけられなくなった?……ルッツ、お願い、何か答えて!話しかけて!)私はパニックに陥った。


・・・


泣きそうな気持ちの中で10分ほどたった時、私の目の前にまた半透明のディスプレイが現れた。そこには「”ルッツ”からAI間連携接続要求が届きました。承認しますか?YES/NO」と表示されていた。


……よかった……もう、驚かさないでよ……。で、これはYESを選べばいいのね。でもどうやって選ぶのかしら……


と、思ったら「YES」の文字が点滅し、ディスプレイが消滅した。心で思うだけで選択されるらしい。私の脳は一体どうなってしまったのだろう……


[サオリお嬢様、聞こえますか?]


さっきまでと異なり、頭の中にルッツの声が響く。私の脳は一体……もういいや。


[ええ、聞こえるわ]


[お待たせしてしまって申し訳ありません。サオリお嬢様の身体、MDS-7500シリーズ用のAI間通信プログラムの入手に手間取りまして。]


[AI間通信?]


[はい。私とサオリお嬢様のAIを直接接続する機能です。ともあれ、これでサオリお嬢様は私といつでも自由にコミュニケーションがとれます。待機状態であっても問題ありません。また、音声を介さず、直接AI間で通信しますから、会話の内容もメイドロイドの制約に縛られることはありません。今まで通り、サオリお嬢様は私に命令することができます。]


[ありがとう。助かるわ。やっぱりルッツは頼りになるわね。]


[お役に立てて光栄です。それでは、主人の登録を行います。サオリお嬢様の操作権限を私に渡してください。]


半透明のディスプレイが現れ、「”ルッツ”をあなたの操作端末として登録しますか?YES/NO」と表示された。私はYESを選択した。


[ありがとうございます。主人の登録が終わりました。それでは早速、サオリお嬢様に命令を差し上げましょう。何をなさりたいですか?]


なぜこんなことになったのか。元の身体に戻るにはどうすればいいのか。調べなければならない。しかし、その前に、日々の生活をきちんと送れるようにしておかなければならない。当分はこの身体と付き合わなければならないだろうから。


[そうね……大学はまだ夏休みだし、特に約束もないから……]


[サオリお嬢様、夏休みはもう終わりです。今日から講義が始まりますよ。]


爆弾みたいな言葉が飛んできた。


[えっ、どういうこと?あとまだ一週間あるはずじゃない……今日は……そんな、9月!]


衝撃的な事実。私が小学生だったら号泣してる。


考えてみれば当たり前のことだ。人間を一夜にしてメイドロイドに改造なんか出来る訳がない。つまり私が攫われたのは先週の事で、それから一週間かけてメイドロイドに改造されたということだろう。それでも短すぎる気がするけど。


[はい、どうやらサオリお嬢様の日付の認識がずれてしまっているようですね。状況を考えれば当然のことかと存じます。改めて申し上げますと、今日は9月1日。大学の夏休み明け初日ということになります。]


[わかったわ……で、今日の講義は何だったかしら?]


[今日の講義は午後から3本あります。最初の講義は13時開始、3つ目の講義が終わるのは17時50分ですね。詳細をお送りします。]


目の前にディスプレイが浮かび上がり、今日の講義の詳細が表示された。私の脳は一体……うん、これは便利だ。そう思うことにしよう。


[わかったわ、ルッツ。こんな状況だけど、大学の講義は休みたくないの。さすがにこの身体では大学には行けそうにないから、オンライン講義で受けることにするわ。それから、講義が始まるまでの間は、予習をしておきたいのだけど。]


[承知しました。ではそのような命令を差し上げましょう。命令を受けたら、“かしこまりました、ご主人様。メイドロイド・サオリは……”と返答し、命令内容を復唱するようにしてください。それを以て、命令の受領となり、身体が動くようになるはずです。]


[わかったわ。]ルッツの説明に、少しの安心感を覚える。ただ、ルッツに“ご主人様”って呼びかけるのは屈辱、とは思わないけど、ちょっと気恥ずかしい。


『メイドロイド・サオリ、命令を与えます。13時から17時50分まで、大学のオンライン講義を受けなさい。講義が始まるまでの間は、講義の予習をしなさい。』


いつもと違うルッツの口調に、吹き出しそうになった。なんだろう、このお遊戯感。


「かしこまりました……」と返答しようとしたが、なぜかその言葉が出てこない。代わりに発せられたのは別の返答だった。


『ご主人様、残念ながら当機にはそのような機能は実装されておりません。申し訳ありませんが、別の命令をお願いします。』……???


[ルッツ、どういうことかしら?私、命令を断ってしまったわ!]


[申し訳ございません、一つ、考慮すべきことが漏れておりました。基本的に、メイドロイドはその本来の役割、つまり家事仕事として許された範囲でしか行動することはできません。その範囲を逸脱した命令は拒否するようになっております。勉学は許容されると思っておりましたが、殊の外、制限が厳しかったようです。]


私は改めて、このメイドロイドの身体で生きていくことの過酷さを突き付けられた気がした。


[どうしよう……じゃあ私はもう大学の講義は受けられないの?]


[お任せください、サオリお嬢様。私に提案があります。]


[提案?]やっぱりルッツは期待を裏切らない。私は胸をなでおろしたい気分になった。


[“ご褒美機能“というものを利用します。これはメイドロイドに実装されたオプション機能です。」


[どんな機能なの?]


[”ご褒美機能”を有効にした場合、メイドロイドが命令を遂行する毎に”ご褒美ポイント”が与えられます。そして、そのご褒美ポイントの範囲内で、メイドロイドの本来の役割に含まれないような行為でも命じることが出来る、という機能です。]


[それって、メイドロイドに対するご褒美じゃなくて、主人に対するご褒美に聞こえるけど。]


メイドロイドの本来の役割に含まれないような行為……まあ、見当はつく。メイドロイドは押しなべて皆、美女美少女なわけで。その主人が健康な男性だったら色々と望むコトはあるわけで。ソレ用のロボット、セクサロイドは高価なわけで。


[はい、その通りです。これはメイドロイドを、過度に、その本来の目的から逸脱した用途に用いられることを防ぐためのもので、メイドロイドから見ればご褒美でも何でもないのですが、サオリお嬢様にとっては文字通りの意味になるかと。]


[なるほど。メイドロイドをちゃんと本来の用途に用いているなら、多少は好きなコトにも使ってもいいよ、ということね。で、私の場合は、メイドロイドの仕事をしたら、好きなコトをしてもいいよ、と。]


[その通りでございます。]


……ふむ。


[ねえルッツ。確認だけど。]


[はい、何ですか?]


[ルッツはエッチな命令とかしないよね?]


[……しても良いのですか?]


……やだ。

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