#1 目覚めたらメイドロイド
目が覚めた瞬間、何かが違うと直感した。
……あれ?……ベッドで寝ていたはずじゃ……
最初に感じた違和感は、自分が直立不動の体勢で立っていることだった。
周囲の様子はよくわからない。視界がぼやけていて周りがよく見えない。目をこすろうとしたら、手が動かないことに気づいた。指先すら動かせず、私は混乱と恐怖に包まれた。
「誰か……」声を出そうとしても、何も起こらない。口を動かすことさえできない。全身が金縛りにあったかのように、一切身動きが出来なくなっている。
時間が経つにつれて視界が少しずつ晴れてきた。目の前にぼんやりとした人影が見えてくる。
……誰?……えっ?
視界が完全にクリアになった私は、驚愕した。目の前に立っているのは、自分自身だったからだ。だが、よく見るとそれは鏡に映った自分の姿だった。普段は部屋の隅に置いてあるはずの姿見が、これ見よがしに目の前に置かれていたのだ。
しかし、鏡に映った自分の姿はあまりにも異様だった。
顔は確かに見慣れた私の顔だったが、その表情は心情とは裏腹に笑顔のままで固定されていた。首には金属製の黒いチョーカーが装着され、その表面には何かの番号が刻まれていた。
M637-BKR3-0173.……何、これ?どういう意味なの?
さらに驚いたのはその下の身体。磨き込まれた銀色に輝くメタリックなパーツで構成されたその姿はロボットそのものだった。
胸、腰、下腹部と、それぞれ複雑な形状のパーツを組み合わせて造形されたそのシルエットは、女性らしさを強調したような体型で、女性の目で見ても完璧なスタイルと言っても過言ではなかった。バストは自分が知っているものより一回り大きくなっており、最近気になりだしたウエストはコルセット状のデザインがなされしっかりと引き締められていた。だからといって喜べるものではないが。
胸元にはディスプレイパネルが取り付けられており、そこには「待機中」と表示され、その文字の下には「00」という数字が点滅していた。
視線を下に移すと、左腿には何かのピクトグラムのようなマーク、右腿にはバーコードと数字が描かれている。よく見るとその数字はチョーカーに刻まれた数字と同じだった。そして足元は裸足でもなければ靴を履いているのでもなく、足先そのものがハイヒールのような形状になっていた。
全身、あらゆる場所が全て異様で、とても自分の姿だとは思えなかった。
もう一度身体を動かそうと試みたが、何一つ動かない。ただ鏡の中の自分を見つめ続けるしかなかった。
……なんで……私の身体が……
ロボットのコスチュームを着せられている可能性を考えた。しかし、心臓の鼓動は感じられず、代わりに、胸の奥から低い振動音が伝わってくる。身体の中で何かの機械が作動していることは疑いようがない。それに、手足の関節部分を見る限り、その中に人間の身体が隠されているようには思えない。
何処からどう見ても、機械の身体。何が起こったのか全く理解できない。
……一体……何があったの……?
私は昨日の記憶を必死にたどった。大学はまだ夏休み中だったから、昼間は友人とショッピングをした後、カフェでおしゃべり。夜は自宅で勉強してから寝た。何も異常はなかった。今の状況につながるような出来事など、何一つ思い当たる節がない。
眠っている間に災害に遭い、サイボーグ手術を受けた可能性を考えた。身体の損傷が激しい場合、そのようなことはある。義手や義足、場合によっては身体全体を機械部品に置き換える医療的措置。しかし、鏡に映る自分の姿はそれを否定していた。
サイボーグなら、できるだけ人間に似せた質感の肌にするはずだが、私の身体は銀色に輝くメタリックなボディ。人間らしさの欠片も感じられない。それに、チョーカーとそれに刻まれた番号。それは何かに所有され管理されていることを示している。そして胸元のディスプレイに表示される「待機中」の文字。こんなものはサイボーグには不要だ。
そもそも、ここは自宅であって病院ではない。サイボーグ手術の可能性は皆無だ。
私は混乱しながらも必死に他の手がかりを得ようと考えた。
その時、太腿に描かれたマークに見覚えがあることに気づいた。それはメイドを図案化したピクトグラム。以前、友人の家で見たメイドロイド――家事用のロボット――に描かれていたマークと同じものだった。
私の心は驚愕に包まれた。
……もしかしてこれは……メイドロイド?……私はメイドロイドにされたの?
現実感が薄れ、恐怖と絶望が押し寄せる。友人の家で見たメイドロイドは、顔こそ人間と区別がつかないほど自然であったが、身体は明らかに機械であった。今の私と同じように。
そのメイドロイドは、部屋の隅でじっとしていて、何かを命じられると、「かしこまりました」と返事した後、黙々と作業を行う。そして作業が終わると、「完了しました」と報告した後、元の場所に戻って待機姿勢を取る。そしてその後は微動だにしない。
話しかけると、まるで人間のように流暢に返答し、世間話にも興じてくれる。が、自分から話しかけてくることはない。
今の私もそうなのだろか。誰かに話しかけられない限り、動くことも話すこともできないのだろうか。胸元のディスプレイには依然として「待機中」と表示されている。動かない身体と対照的に、心の中では焦りと不安が渦巻いていた。
……私は一体、どうなってしまったの…?このままずっと待機中のままなの?
心の中で問い続ける。しかし、その問いに答える者は誰もいなかった。
何もわからないまま、時間だけが無情に過ぎてゆく。恐怖と絶望が膨れ上がる中、私はただ、鏡の中の自分を見つめ続けることしかできなかった。