8#伝説になれなかった僕らへ
第八話:#伝説になれなかった僕らへ
それから数日。
レイスとヨミは、ギルドに顔を出せずにいた。
いや、**“出せなかった”**が正しい。
炎上は早く、沈下も早かった。
マナコンソールのトレンドは次々と移ろい、やらかしコンビは三位から二百位圏外へ転落。
バズりは地獄。**“**忘れられるまでが罰ゲーム”だ。
けれど、ギルドでは忘れられていなかった。
――「あ、PTクラッシャーくんと配信メガネちゃん」
――「今日も爆発する?」
――「精霊とでも組んでれば?」
熱くも冷たくもない、“嘲笑未満”の距離感。
それが、一番きつい。
掲示板のクエストを一枚ずつめくる。
どれも「支援役必須」「後衛複数名」「蘇生術師推奨」。
全部、今の俺たちには無理だった。
「……よし、撤収だ。酒場行こう。考えるのやめよう」
「……うん」
ヨミの返事は小さく、それでも後ろを歩く足は、ちゃんと同意していた。
ギルドの地下酒場。
扉を開けると、疲れた笑いと酔いが溶け合う音が満ちていた。
誰もこちらを見ない。誰も声をかけない。
その無関心こそが、いちばん雄弁だった。
ふたり、隅の席に腰を下ろす。
ヨミはマナコンソールを取り出しかけ――そっとしまう。
レイスはそれを見たが、なにも言わなかった。
しばらく、何も起きない時間が流れる。
「……やっぱり、誰も誘ってくれなかったね……」
「まあな。バズった奴と組みたい奴なんて、いねえよ」
ヨミはカップの縁をなぞきながら、ぽつり。
「……止められなかったの、私だけだったから……」
レイスは彼女を見る。
「責めてねぇよ。俺だって、何もできなかった」
その言葉に、ヨミの肩がふっと緩む。
「……ありがとう」
「にしても困ったな。仕事も仲間もなしで、二人で行けるクエストって何だよ」
「……物資運搬とか、護衛の……端っことか」
「地味。でもそれ、今の俺たちにはちょうどいいかもな」
そう言って目を閉じたレイスに、ヨミが小さく笑いかける。
緊張の糸が、ようやくほぐれるように。
「……仕事ねぇし、金ねぇし、ギルドじゃ晒し者……」
レイスは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。
ヨミは、そっと椅子を引き寄せ、レイスの顔を覗き込む。
心配、というより――どうしていいか分からない、そんな目だった。
一拍。
だが次の瞬間、レイスがバッと顔を上げた。
真剣な顔で、意味のわからない宣言を口にする。
「よし、今日から俺たちは――伝説の運び屋コンビを目指すぞ」
「……え?」
「まずはイメトレだ。俺がこう、超高速で荷物を運ぶッ! ズドドドド!って!」
「ズ、ズドドド……?」
「ヨミは実況な!
『レイス選手、脛を強打しながらも五連転倒で前進中!』って!」
「そんな実況、やだよぉ……!」
ヨミが声を押し殺して笑った。
レイスはニヤリと片目をつむる。
「派手な英雄ごっこは無理だ。
でも、地味にコツコツやってくのが、たぶん、俺たちだろ?」
「……うん」
ヨミは、涙目で笑った。
「じゃあ、伝説の第一歩だ。明日はギルド前の掃除からスタートな!」
「……運び屋じゃないじゃん、それ」
「黙って伝説になれッ!!」
ヨミはぷっと吹き出した。
静かな夜に、久しぶりの笑い声が溶けていく。
マンデーが、低く静かに呟いた。
《レイス。あなたの構文能力は、誇張抜きに壊滅的ですが――
人間の心を“動かす”プロンプトは、信用できます》
まるで、不器用な英雄に向けた、精一杯の賛辞のように。