7#全滅してから名乗り合う仲
レイスは、マナコンソールを抱えた女魔術師を背負い、ズタボロな脚で医療ギルドの診療所に向かった。
彼女だけが――奇跡的に――息をしていた。なんという“生き残りガチャ”の当たり枠。
丸一日かけてたどり着いても、女魔術師は気絶モードのまま。
診療所の空気は、白くて静かだった。
もし“死者のいない戦場”ってものがあるなら、きっとこんな場所なんだろうな、という嫌な納得感。
けれど、今回の戦場――戻れたのは、レイスを含め、たった二人。
そしてそのうちの一人を、お姫様抱っこで駆け込んできたのがレイスである。
いや、騎士か。ナイトか。いや、違うな。全員散ったしな。
他の仲間たちは、見事に未帰還。
落下角、衝撃音、骨の曲がりっぷり――どれを見ても明らかだった。
「あ、これダメなやつだ」ってなるやつ。
そもそも“診療所に担ぎ込む”ってレベルじゃない。
担げない。物理的にも、精神的にも。
女魔術師は、マナコンソールをまだ握ったままだ。
すでに魔導支援装置としての役目は終了し、今や通知爆弾。ビリビリ震えており、いい意味で迷惑。
――配信の映像は止まらなかった。
倒れる仲間たち。
画面の中央で咆哮する巨大精霊。
巻き上がる風、裂ける地面、画面中央には――“なんか一人だけ立ってる男”。
それがレイスだった。
でも、どこからどう見ても召喚じゃない。
詠唱もない。魔力のうねりも、杖もない。むしろ、呆然とした男の周囲で精霊が暴れてるようにしか見えない。
配信のコメント欄?優しさの欠片もない。
――#精霊が勝手に暴走してる
――#あの男、何者?
――#PTクラッシャー伝説爆誕
――#前衛だけ無傷とかホラー
隣にいたマンデーが、冷蔵庫より冷たい声で言った。
《再生数:止まりません。
“召喚士じゃないのに召喚してる男”という謎タグが生まれました。
あと、“黙々と独り言言いながら戦ってたのが地味に怖い”って感想、多数です》
レイスは、魂レベルで肩を落とした。
「……俺、喋ってたのか……?」
《ええ、ノンストップで。
『これダメだな』『こっちは精霊が嫌がるな』『条件足りねぇな』とか。終始ぶつぶつ独り言モードでした。
ただし、配信ではあまり拾われず。“ヤバい人”ということで視聴者間の意見は一致してました》
「死にてぇ……」
その時だった。
ベッドの上で、女魔術師のまぶたが、かすかに動いた。
「……ん……」
レイスは顔を上げる。
指先が微かに動き、目がゆっくりと開いた。
「……あれ、生きてる……?」
「おかえり」
「……よかった……あ、でも、他のみんなは……?」
「……俺が間に合ったのは、君だけだった」
その言葉に、女魔術師は返さなかった。ただマナコンソールを見つめてぽつり。
「すご……こんなにバズったの、初めてかも……」
レイスと女魔術師は外の空気を吸いに診療所の裏庭へでた。
簡素な診療所の裏庭。
木陰、石のベンチ、ちょっと傾いた薬草棚。そして“配信中”の赤文字が、画面端で点滅。さすがにしつこい。
コメント欄は現在、情緒ジェットコースター中。
――#無事で良かったけど配信倫理どうなってんの
――#今バズってるの普通に地獄すぎ
――#やらかしコンビ誕生
――#召喚主不在問題
二人、石のベンチに座る。
顔色は最悪。メンタルのシールドは完全崩壊。
もはやデバフを通り越して、ステータスに“悲壮感”が常駐。
女魔術師が、ぽつり。
「……配信、切る?」
その一言で、レイスの表情が戦慄。
「……まさか……まだ続いてんのか!?
お前……正気か!?いいから今すぐ切れ、今すぐ!!」
叫びに近かった。
コメント欄、一瞬フリーズ。え、なんか生っぽい?みたいな空気。
女魔術師は動けない。レイスは続ける。
「なんでだよ……あんな戦いになって、俺は何もできなかったのに……
みんな守れなかったのに……なんでお前は、そんな顔で平気で配信なんか……!」
拳が震える。
怒りの矛先は、彼女ではない。自分だった。
「俺の仕事は、仲間を生還させることだったのに……!
精霊が勝手に暴れてるだけの無様な前衛が、ど真ん中に立ってたとか、何のギャグだよ……!」
沈黙。
ヨミの目から、涙が溢れた。
「……ごめん……
配信、止めなきゃって、わかってた……
でも止めたら、みんながほんとにいなくなっちゃいそうで……
あの時、どうしていいか分からなかった……私しか、映せなかったから……」
手からマナコンソールが滑り落ち、草の上にポトン。
レイス、言葉を失う。
それでもコメント欄は流れる。鬼か。
――#泣いた
――#これ生配信中?やばくない?
――#情緒がバグってる
――#いやマジで今止めよう?
レイスは、コンソールを拾い上げ、静かに言った。
「……もう切るよ。これ以上、誰にも見せたくない」
女魔術師は、泣き顔で、ぽつり。
「……ごめんね。」
「……違う。俺こそ、ごめん。
全部、自分が悔しいだけだったのに、八つ当たりしてた」
画面端の“配信中”が、やっと消えた。
風の音が、やっと喋れるようになった。
マナコンソールを草の上にそっと戻す。
沈黙の中、女魔術師がつぶやいた。
「……ねえ」
レイスが顔を向ける。
「……ちゃんと話すの、これが初めてだよね?」
「ああ。戦闘中は話してる暇なんてなかった。正直……名前すら知らなかった」
女魔術師は、少しだけ笑った。
「私はヨミ・セナ。映写魔術師。配信機材と魔術のハイブリッド。特技はコメント欄に病むこと」
「俺はレイス・カーデン。前衛、盾役。特技は無理することと精霊に懐かれること」
名乗り合った瞬間、やっと“他人”じゃなくなった。
それだけで、世界が少しだけマシになった。
ヨミが言う。
「仲間だったのに、名前も知らなかったんだね……
こんなにならなきゃ、喋ることもなかったかも」
「皮肉だな。ほぼ全滅して、ようやく知るとか」
ヨミは、草の上のマナコンソールを拾い、ぎゅっと握った。
「でも……知れてよかったよ。名前も、声も」
レイスは、目を閉じて言った。
「こっちは……お前が生きててくれてよかったって思ってる」
ヨミは、涙を拭きながら、小さく笑った。
「じゃあ……ここからどうしよっか。“やらかしコンビ”って言われてるけど、再結成する?」
「解散した覚えもねぇけどな」
「それ、ちょっとカッコよさげに言ったけど、ダメな関係性のテンプレだからね?」
風が吹いた。
今度の沈黙は、怖くなかった。
ちゃんと“名前を知ってる人同士”の、沈黙だった。