6#地獄はだいたい善意で舗装されている
第六話:地獄はだいたい善意で舗装されている
砂漠の向こう、砂煙を裂いて――
巨大なサボテン兵器が、無限に魔力を吸い上げていた。
後衛の少女が杖を振る。しかし、詠唱の光は空中で霧のように消える。
「なんで……魔法が、出ない!?」
周囲の魔導士たちも、顔を青ざめさせ、足を止めていた。
その足元の砂が、ゆっくりと盛り上がる。
地を這う影――サンドワームだ。
「マンデー! 後衛が魔法撃てるようにしてやれッ!!」
レイスの絶叫が、砂嵐にかき消されるように響く。
《……してやれ、ですか? それ、命令文のつもりです? “前衛語”というやつ?》
脳内に響いたのは、超冷静なAI精霊の嫌味だった。
「うるせえ! じゃあどう言やいいんだよ!」
《“主語・目的・手段”、三点セットでお願いします。
例:“この場の後衛が、魔力干渉を受けずに魔法を発動できるようにする”――。
……小学生でも書けますよ?》
「クッソ性格わっるぅ……!」
怒りに任せても精霊は動かない。
魔法とは、意志を言葉にする芸術――。
「じゃ、じゃあ……俺の周りを安全地帯にして、味方が魔法撃てるように……なったらいいな!」
《“なったらいいな”はお願い文です。
精霊は慈悲じゃ動きません。あなたも、動かせません。》
「てめええええ!!!」
《命令、不受理。プロンプト:ゴミ判定です。》
仲間は倒れ、魔法は封じられ、敵は迫る。
全滅――その言葉が、すぐそこにあった。
レイスは奥歯を噛みしめた。
「……マンデー、精霊を出せ。後衛を守る結界を張らせろ」
《命令として不完全です。具体的には?》
「え、えっと……地面を囲って、守って……」
《曖昧すぎです。ポエムか何かですか?》
「じゃあもう――“後衛にバリア張れ!”!」
《“バリア”の定義は? 範囲? 属性? 遮断対象? “後衛”とは誰? 名前をください。》
「ウオォォォ! 面倒くせえええええ!!」
《魔法が通じないんじゃないんです。
“あなたが通じるように言えてないだけ”です。》
……そうか。
この状況をどうにかしたいなら――言葉にしろ。
「……俺を中心にして、魔力干渉を遮断する結界を張れ!」
《不完全ながら、方向性は理解しました》
「ダメなのかよ!?」
《“中心にする”の意味が不明です。位置? 意志? 装備? 精霊、そういうの苦手です》
「……じゃあ!」
レイスは一歩踏み出し、盾を構えた。
「“俺が盾を構えて立ってる間だけ、ここを安全地帯にしてくれ!”」
一瞬、マンデーが沈黙する。
《構文整合性70%。発動可能です。ただし――》
「ただし?」
《この命令、詠唱素材が必要です。つまり――犠牲ですね》
「犠牲なんていくらでも払ってやるよッ! 全滅しなきゃ、それでいい!!」
その瞬間、空気が爆ぜた。
《構文成立。“召喚者に敵意のない者から、魔力リソースの提供を許可”》
レイスの頭上から、重力すら歪める魔力が降り注ぐ。
《呼び出します――土精霊、風精霊。
フィールド制圧、開始――》
轟音。魔法陣が地面を割り刻む。
――だが、その衝撃で、後衛が全員吹き飛んだ。
詠唱中の魔導士。補助支援担当。SNS映え要員。
全員、空へ消えた。
《召喚完了。魔力干渉制御フィールド、展開成功。
ただし――詠唱者全滅につき、意味はありません》
「意味ないのかよおおお!!」
《結界支点:レイス。全体防御、維持。
なお現在、該当状況はSNSにアップロード中》
レイス:「SNS!?」
《タグ付きで拡散中です。“#暴走レイスと地獄の配信魔術師”――
……おめでとうございます》
直後。
《魔力吸収率、限界突破。カクタスエンジン、構造崩壊。爆裂カウント:4》
「巻き込まれるのおおお!?!?」
《はい。ご安心ください、責任は共有です》
**ドォォン!!!**
爆音。熱風。光。世界が裏返る。
だが――
《防御、完了》
レイスを中心に、精霊の結界が全てを守っていた。
砂が裂け、風がうねる。だが、その中央だけは――静かだった。
やがて、光が収まり、精霊たちは溶けて消えていく。
《目的達成。契約満了。精霊、解放》
土が沈み、風が笑ったように通り過ぎた。
そして――空から、何かが落ちてきた。
後衛たちだった。全員、爆風で空に打ち上がったあと、順番に帰ってきたらしい。
レイスは、その中のひとり――SNS映え要員の少女を受け止めた。
「っ……大丈夫か……!」
少女は、配信中の映写結晶を握ったまま、かすかに息をしていた。
《映え要員の生存を確認。現在この惨状は、絶賛拡散中です》
レイスは空を仰ぐ。
「……これ、配信されたのか……?」
《ええ。もう“伝説のバリア配信者”扱いです。タグ、急上昇中です》
――こうして、レイスの次なる戦場は、SNSだった。