#その魔法、今じゃない
(仕事、選ぶべきだったかもな……)
砂が靴の中に入り込むたび、わずかに後悔がよぎる。
そんなことを考えながら、俺たちはすでに砂漠の真ん中にいた。
着いた以上、文句は後にしてくれ。
──今回のパーティ構成:前衛1、後衛5。
魔導士×2
回復×1
補助×1
映え×1 ← …は?
例によって前衛は俺ひとり。
後ろでは、当然のような顔で後衛たちが並んでいる。
前衛不足は深刻化してるのに、報酬は据え置き。
バカらしいにもほどがある。
この時点で、だいたい察してくれ。
「ねぇ、レイスさん。もうちょっと右前、歩いてくれない?」
背後から、軽やかな声。
映写結晶を構える後衛のひとり、映え担当だ。
「太陽の光がいい感じでさ~。魔法のエフェクト、超キレイに撮れるの」
……撮影かよ。戦闘中じゃなくて。
目の前では、砂と熱気が渦を巻く。
砂漠は、今日も平等にクソだった。
「今回の相手、サンドワームと“カクタスエンジン”だろ。
それと……デザートレイスが出るかもって話もあったか」
言いながら、俺はマナプレートに意識を集中する。
直後、頭の奥に声が響いた。
《前方、砂丘の異常震動を確認。対象はサンドワームです》
いつも通り、冷徹なAIの声。事務処理感MAX。
《全長約三十メートル。地中潜行型。主な誘因は“移動中の地面接触”です。つまり……》
「歩いたら喰われるってことか」
《ご名答。前衛職には不向きです。……お気の毒に》
「冗談だろ……?」
《私は冗談を言う設定ではありません。加えてご報告。
サンドワームは音・熱・魔力に高反応です。つまり、詠唱中の後衛が狙われます》
「いや、盾持ってる俺は?」
《盾は目立ちますが、“美味しそうではない”という理由で無視される傾向があります。
……例えです。お気を悪くなさらず》
「はい次、カクタスエンジンって何だ?」
《あれですね。通称“移動式マナ収集兵器”。
巨大なサボテンの姿をしていますが、性能はガチです》
「サボテンが兵器て……」
《内部にマナ炉があり、周囲の魔力を吸収します。
結果、詠唱遅延・魔法不発・感覚異常が発生。
要約:魔法が使えません》
「……じゃあ物理で行くしか」
《それもアウトです。近づけば、トゲ・自己修復・熱反射の三連コンボで迎撃されます。
前衛、詰みですね。とても愉快です》
「お前な……」
《共感機能は非搭載です。心配なのは、あなたの盾の耐久値だけです》
「はーい、映写結晶まわしまーす! 光もっと強めでお願い~」
映え担当が魔法陣を空に描き始めた。
他の後衛も、それに合わせて演出を盛っていく。
俺? ひとり砂風を受けてるだけだ。
そのときだった。
詠唱の光が宙に浮かび、砂粒が照らされた瞬間――
砂丘が、ぬるりと脈打った。
「今の……」
誰かの声がかすれた時には、すでに遅かった。
《魔力反応に反応。対象:サンドワーム。急速接近中》
地面が唸り、砂が爆ぜる。
轟音とともに地面が跳ね上がり、砂丘の奥から“それ”が突っ込んできた。
《対象:サンドワーム。前方、急速接近中》
マンデーの声が、頭の奥に刺さる。
無機質。冷静。だが確実に“今やばい”という事実だけは伝わってくる。
「っ……来やがったか!」
俺は即座に反応した。
盾を構え、足を踏みしめる。
砂が沈み込む――“そこに前衛がいることを当然として”突っ込んでくる巨影が、真正面で咆哮した。
その瞬間、後衛が完全に崩れた。
悲鳴。
詠唱が破れる音。
砂塵と魔力がぶつかって、視界は一瞬で白に染まる。
映え担当が、半泣きで叫んだ。
「エフェクト台無しじゃん! 誰か止めてよ!」
誰がだ。
俺か? 今か? 今それ言うのか?
《命令を》
マンデーの声が、微妙に楽しそうだったのは気のせいじゃない。
《状況を指定し、行動を明示してください。できれば、簡潔に》
喉が渇く。思考が暴れる。
だが――言わなきゃ動かない。
「……地面、塞げ! ワームの進行、止めろ!」
《命令不完全。だが、感情強度により補正開始》
空気が変わる。
砂の流れが逆巻いた。
風が地を叩き、竜巻のように砂煙が立ち上がる。
何かが“反応した”。
《命令完了。“突撃を止めたい前衛”の構文、成立》
マンデーの声は、わずかに上ずっていた。
まるで、久しぶりに――
“壊し甲斐のあるおもちゃ”を見つけた子供のように。