33#剣がないなら、鍋でも振るえ
ガンッ!! ガンガンガンッ!
朝の路地裏に、鉄鍋を叩きつける爆音が響き渡る。
「おい、レイス! まだ寝てんのか、腐った前衛がァ!」
声の主は、鍛冶屋。
街一番の古株にして、怒鳴り声と鉄を鍛える腕は、ギルドの酒場よりも響くと評判だ。
「あーまた夢ん中でオークが鍋振ってるのかと思ったら、現実かよ」
下着姿のまま毛布にくるまっていたレイスは、片目を開けて呻く。
扉の外では、ホルドが**(叩く専用の)鍋**をブンブン振り回しながら怒鳴っている。
「開けろォ!! 孫が行方不明だァッ!!」
「これだから朝が早いジジイは嫌いなんだよ……」
ギィ、と扉が開く。
「レイス! あいつ、昨日鉱石を採りに鉱山へ行ったきり戻ってこねぇんだ!
鉱山だぞ、鉱山!」
「鉱山って、あの森の北側の……今めっちゃヤバいって噂の場所だろ?」
「だからこそ頼んでんだろうがァ!!」
ホルドは顔を真っ赤にし、レイスの胸ぐらをつかむ。
鉱山は、墓所から漏れ出した魔気の影響で、
凶暴化したモンスターが徘徊する危険地帯と化していた。
「ギルドに頼んだら、“ハイオーク対応で手が回らねぇ”だとよ……
でな、酒場のあの女が言ってたんだ。
”ヒマそうなのは、あの前衛くらいですよ”ってさ」
「おい、それ誰だよ!? てか“ヒマ”って言い方やめろ!
戦力外通告みたいじゃねえか!」
それでもホルドの目は真剣だった。
怒鳴り声の奥に、爺なりの必死さと不安が滲んでいる。
「頼む……あいつ、ほんと突っ走る性格でな……お前に似てるんだよ」
「……俺に似てる? おい、それシャレにならんレベルの死亡フラグだ」
レイスは小さく笑ったあと、ふぅと深く息を吐いた。
気だるそうに毛布をはぎ取り、肩をぐるりと回す。
「仕方ねぇな。けど――今の俺、武器が無いんだよ。
霊圧の剣は戻ってきてないし、棒切れでウルフ相手にタイマン張るのが限界だぞ」
するとホルドが、まるで雷でも落とす勢いで怒鳴った。
「それでよく寝てられたなこの野郎!!
前衛が丸腰で爆睡してんじゃねぇよ!
死にたがりか!? 命に未練ねぇのか!?」
レイスは毛布を被り直しながら、ぼそりと返す。
「最近はやること全部裏目にでるんだ……武器も、金も、信用も無くしたよ」
そこへ、レイスの耳元でマンデーの無機質な声が響く。
《残っているのは、貧乏と無謀と睡眠欲だけですね。
よくもまあ、そんな構成で生き延びてます》
「……朝から容赦ないなお前」
するとホルドは、どっかんと床に包まれた何かを置いた。
革に丁寧に包まれているが、質感でわかる。剣だ。
「うちの蔵にあったやつだ。古いが、今朝きっちり鍛え直した。
研ぎは済んでる。文句は言わせねぇぞ」
レイスは包みを受け取り、鞘ごとそっと持ち上げた。
ずしりとした重量感と、柄に残る熱の名残。
「ジジイ、俺が武器無いって知ってたな。
鍋で戦えって言われるかと内心ドキドキしてたぞ」
「当たり前だろうが。お前より、人生の段取りは踏んできたつもりだ」
レイスはそれを受け取り、剣の感触を確かめる。重みはある。
だけど、不思議と手に馴染んだ。
「わかった。行くよ。ただし――」
彼はホルドの目をまっすぐ見返す。
「アンタは来るな。無理して死なれたら、俺の心が折れる」
「ふざけんな、行くに決まってんだろ!
あの子はオレの孫だぞ! 育てたのはこの手だ!」
「だからこそだよ」
レイスは少し声を落として言った。
「アンタに何かあったら……孫が悲しむぞ」
ホルドの拳が、わずかに震えた。
「俺一人じゃ心配って気持ちは、悲しい事に俺が一番理解してる。
仲間を紹介するよ。それで安心できるだろ」
そしてその日の昼過ぎ――
ヨミとザラの姿を前に、ホルドは唖然としていた。
「あんたら、ほんとに行ってくれんのか?」
「はいっ! レイスさんは私が見張ってますので安心してください!」
「私は“安全確認”という名目で同行するだけ。見殺しにはしないけど、期待しないで」
レイスが横から口を挟む。
「こっちが国家認定のネクロマンサー、ザラ=メルセデス。
一応、俺の仲間だ(ドヤ顔)」
「仲間になった覚えはないけど」
ザラはあくび混じりに即答した。
「私はヨミが変な巻き込まれ方しないように見てるだけ。
あんたは……勝手についてきてる人、って感じ?」
「俺は心が通じてる気がしてたんだけどな」
「それ、だいたいストーカーの思考回路ですよ?」
ヨミがさらっと突っ込む。
「……あれ? てか、俺、ヨミのこと紹介してなかったな?」
「今さら気づきました? この扱いヒドくないですか?」
「じゃあ改めて紹介する。こっちが
謎の“映え”担当にして、苦労人系ツッコミ枠――ヨミ!」
「やめてください、そういうこと言うと何か起きそうな気がして怖いです!」
ホルドは鼻をすすりながら、口を曲げてうなずいた。
「頼んだ。レイス、絶対、あいつを連れ帰ってくれ」
「任せろ。あんたの鍋よりは、マシな結果見せてやるよ」
3人はホルドの孫を探しに、朝焼けの中、鉱山への道を歩き出した。
頼まれたからには、絶対に連れ帰る――
それぞれの覚悟を胸に、レイスたちは森の奥へと進んでいく。
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道の途中、朽ちた木製の案内板を過ぎた頃。
レイスはふと歩みを緩め、後ろのふたりに振り返った。




