32#決断の夜明け
ゾンビの群れがうねるように押し寄せ、
ザラの姿はみるみる死体の壁に埋もれていった。
「……ザラ!?」
レイスが叫んだその瞬間、
霊圧の魔道端末から、ケラケラと派手な笑い声が響く。
「やだぁ〜ザラちゃん、そんなに大勢のゾンビに囲まれて、
このまま食べられちゃうつもり?
なーんだ、思ったよりもアンタ大したことないじゃない!」
男たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、
レイスは歯を食いしばり、マンデーを起動しかける。
「マンデー、こいつらまとめて吹き飛ば――」
だがそのとき、
ゾンビの群れの奥深くから、落ち着き払ったザラの声が響いた。
「マンデーを使う必要なんて無いわ。安心して。
私が無策でこの場に来るわけないでしょう?」
不自然なほど静かで自信に満ちた声――
それは、死体の壁越しにもしっかりと響き渡っていた。
レイスもヨミも、一瞬、息を呑む。
ゾンビの群がる中で、何かが起ころうとしていた。
ザラの声が、どこか冷ややかな自信をもって響く。
「……霊圧。あなた、まだ分かっていないみたいね。
あなたの本体を封印しているのは、この私だってことを――」
静かに、しかし力強く詠唱が始まる。
「汝を支配下に治めるザラ=メルセデスが命ずる。
この地に彷徨える死者たちよ――」
ザラの指がひとつ、空中をなぞる。
「主命に従い、いま地の底へと還れ。」
次の瞬間、
霊圧の支配下にあったはずのゾンビたちが、
ピタリとその動きを止める。
霊圧の声が端末越しにどこか焦ったように響く。
「なっ……! ちょっとザラちゃん、それって反則じゃ――!」
ザラは死体の壁の向こうで、静かにほほえんだ。
「私の支配下にある存在は、私の命令が最優先。
あなたがどれほど下品に命じても、この場では無意味よ。
さあ――お眠りなさい」
無数のゾンビたちが一斉に、
土へと崩れ、地中へと消えていく――。
ゾンビたちが沈黙し、霊圧の端末から動揺した声が響いた。
「ちょ、ちょっとザラちゃん! それはズルいでしょ!?
アンタ、自分で封印しておいて自分で全部コントロールって、やだぁ~!」
ザラはため息交じりに肩をすくめる。
「本当に呆れるわね。
そんなの、支配系魔術師なら基礎中の基礎よ?
封印術の術者が主権を持つのは常識。
まさか……古代のネクロマンサーって、その程度?」
霊圧がうろたえる。「な、なによその言い草!」
ザラは一歩前へと出る。
「あなたの知識が古すぎるのか、
それとも……頭の中まで腐り始めてるんじゃない?」
わざとらしくため息をつき、
「現代じゃ“本体を押さえられてる間は支配権も逆転する”なんて常識よ」
霊圧は端末越しにギリギリと歯噛みするような声を漏らしたが、
ザラは一切気にする様子はなかった。
「クヤシイ~~! ザラちゃん、性格悪っ!」
ザラは意に介さず、
「お褒めにあずかり光栄だわ」とだけ冷たく返した。
霊圧が何か言い募るより早く、
レイスはゆっくりと魔道端末を拾い上げる。
「やめなさいよ! それはアタシの――!」と霊圧が悲鳴じみた声を上げる。
だが、その声はレイスの無言の一撃で、あっけなく途切れた。
その間に、共謀していた男たちがゾンビに捕らえられ、
地面に這いつくばって悲鳴を上げていた。
ザラは冷ややかに男たちを見下ろす。
「ここで処理しておくのが一番確実。
悪事の後始末まで情に流される筋合いはないわ」
ゾンビたちがじわじわと男たちに迫り、
男たちは泣きながら命乞いを始める。
「すみません、もうやりません! もう終わりにしてください、お願いです!」
そのとき、ヨミが震える声で叫んだ。
「やめて、ザラさん!
この人たち、本当はずっと後悔してた。
家族を人質に取られて、どうしようもなくて……!」
ザラはちらりとヨミを見やるが、
その目に同情は浮かばない。
「後悔してた? 関係ないわ。
結果として私たちの敵に回った時点で、“処分”される覚悟はできてるはずよ」
ヨミは涙を浮かべて必死に食い下がる。
「でも……それでも、もう十分苦しんでる!」
ザラは無表情のまま、
ゾンビに向けて淡々と命じる。
「始末して」
ゾンビが男たちにじりじりと迫る。
ヨミが叫ぶ。「やめて、ザラさん!」
男たちは這いつくばって必死に命乞いする。
レイスが一歩前に出て、
「……お灸をすえるのもその辺にしてやれよ、ザラ。
本当に命まで奪う必要はないだろ。
俺がきっちり警備兵に引き渡しておく。これでいいだろ?」
ザラは肩をすくめ、あきれたように息を吐く。
「本当に……あまいわね、あんたたちは。
だからこそ、私が苦労するわけよ」
それでも、ザラは指を鳴らし、
ゾンビたちは動きを止めると、土の中へ静かに沈んでいった。
レイスは男たちの肩を乱暴に掴み、
「二度と悪さはするなよ。
今度やったら情けはかけねえからな」とだけ告げる。
ヨミは安堵のため息をつき、
ザラは小さく肩をすくめて、そっぽを向く。
しばらくして、
レイスが男たちをきっちり縛り上げてから、
「ちょっと見張っててくれ」とだけ言い残し、夜の墓地を一人足早に去っていった。
数十分後――
レイスが数人の警備兵を引き連れて戻ってくる。
「お待たせ。こいつら、やっと来てくれた」
レイスがやれやれと肩をすくめる。
警備兵たちは状況を確かめると、
男たちを無言で縄に縛り、手際よく連れていく。
ザラはふっと夜空を見上げ、ひとつ深呼吸する。
「……これで、とりあえずは片付いたわね」
レイスが肩を落として安堵の息を漏らす。
その横で、ザラはポケットから新しい封印札を取り出し、
冷ややかな表情で端末の破片を見下ろした。
「けど――」
彼女は低く、独り言のように呟く。
「霊圧をこのまま放っておくわけにはいかない。
あのまま野放しにしたら、また同じことが繰り返されるだけよ」
レイスが驚いたように顔を上げる。
ザラは静かに、決意の色を瞳に宿した。
「……私は、これから“霊圧”を処分しに行くつもり」
レイスは一瞬、ザラの言葉を聞き間違えたのかと思った。
だが彼女の表情は冗談でもはったりでもない、静かな本気そのものだった。
「お前、本気で霊圧を処分しに行くつもりなのか?」
ザラは一瞬だけ視線を落とし、「……全部、あんたが言ったことでしょ」と呟く。
「は?」
ザラは、わずかに肩をすくめて言った。
「“間違いを後回しにする大人にはなりたくない”って、あなたが言ったのよ」
ザラは苦笑混じりに自分の手を見下ろす。
「……その言葉に案外、反論できなかったの」
少し気まずい空気が流れる中、
マンデーがタイミングよく割り込んだ。
《再びあの墓所へ? 論理エラーです。
前回は、ほぼ全滅寸前。次回おそらく悲鳴しか出ません。
……繰り返しますが、忠告です。なお、これは感傷ではありません。》
夜明け前の静けさの中、
三人は次の戦いへと歩み出す。




