30#未来は理想と現実の先に
ザラの研究室。
早朝の光が、無機質な魔術装置と薬瓶を静かに照らしている。
ザラ=メルセデスは、机の上に広げた封印制御盤を、ひとつひとつ正確に点検していた。
指先は微かに震えているが、その表情に迷いはない。
魔法陣の刻印、封印石の輝度、薬液の残量――
どれも、彼女が生きてきた証であり、責任の重さそのものだった。
「……異常なし。封印の圧は安定。現状、破綻の兆候なし」
呟きはどこまでも淡々としていた。
「私はこの手で守る。――それが、すべて」
その瞬間、扉の向こうから足音が響いた。
「ザラ、いるか?」
レイスの声だった。
ザラは一瞬だけ手を止め、すぐに表情を引き締めて扉を開ける。
「どうしたの、レイス」
「話がある。……お前と、ちゃんと向き合って話したいんだ」
ザラは封印装置に手をかけたまま、静かにレイスを見据えた。
「――私は、間違ってない。今も、これからも」
ザラは封印装置の計測値を睨んだまま、
冷静な口調で言う。
「今のところ封印は問題ない。
私の術式が続く限り、この封印は維持される」
レイスはじっと見つめる。
「……でも、それは“今”だけだろ?
お前がいなくなった後はどうなるんだ?」
ザラは一瞬だけ手を止めたが、すぐに声色を戻す。
「私がいなくなれば、当然次の術者に引き継がれる。
あるいは……術式そのものが朽ちるなら、また誰かが責任を背負うだけ。
それが“守る”ということよ。
私は、今できる最善を選び続けるだけ」
レイスは首を振る。
「それじゃあ、“今だけ自分だけ”守って、
問題を次の世代に押し付けるだけじゃないか?」
ザラはきっぱりと言い返す。
「それが現実よ。
私は、今この瞬間に世界を守るために生きている。
その覚悟がなければ、誰も何も守れない」
その表情は強く、冷徹だったが、
わずかに硬く握られた拳が、心の奥の揺らぎを物語っていた。
レイスは首を振る。
「“今”しか見てない正しさなんて、
本当の意味で未来を救えない。
この先も、ずっと誰かが同じ犠牲を繰り返すんだ。
俺は……そんな連鎖、ここで断ち切りたい」
ザラの瞳に、僅かな迷いが浮かぶ。
「……あなたは、現実が見えていないだけかもしれないわ」
「それでもいい。
俺は“間違いを後回しにする大人”にはなりたくないんだ」
長い沈黙のあと、
ザラは点検の手を止め、レイスをまっすぐ見た。
「本当に、どうしようもない理想主義者ね……」
その声には、痛みと、それでも諦めきれない何かが混じっていた。
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静寂を切り裂くように、別の場所――
乱雑に荷物が積まれた倉庫の一角。
ヨミのマナプレートは、誰かが適当に机の上へ放り出したまま、
小さな明かりを断続的に灯していた。
その画面には、絶え間なくタイムラインが流れ続けている。
《#やらかしパーティ最終回》《#ヨミ公開処刑》《#霊圧の挑発状》
誰も本気にしていない、誰も見ていない――
そう思われていた、その時。
画面の隅に、一つだけ奇妙な書き込みが現れる。
「――見つけた」
それが、誰の味方なのか、誰の敵なのか。
希望か絶望か、まだ誰にもわからない。
次回、物語はさらなる混乱へ――。




