26#日常は静かに崩れる
村での戦いから数日。
三人は街へ戻り、それぞれの日常へと戻ろうとしていた。
レイスは安宿で朝寝坊を決め込み、ヨミは久々に自室でほっと息をつく。
ザラは研究室にこもり、散らかった資料や薬草を片付けていた。
街の空気は、表向きはいつもと変わらない――
けれど、路地裏や広場の片隅では、こんな噂話がささやかれている。
「墓所に財宝が眠ってるらしいぜ」「“やらかし“パーティが墓所の場所を隠してるって話だ」
「真実を知ってるやつがいるはずだ」「最近、冒険者がやけに増えたよな……」
SNSでも、「#墓所の財宝」「#禁断の宝探し」といったタグがじわじわと広がり、
街には目的の見えないよそ者がちらほらと目立つようになっていた。
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翌朝――
墓所の財宝をめぐる噂が広まるなか、街にも物騒な空気が漂いはじめていた。
三人は朝からザラの研究室で顔を合わせ、霊圧について話し合うことにしていた。
先に研究室の片付けをしておきたかったので、ザラは少し早めに出発した。
空気はまだ冷たく、通りには人気が少ない。
フードを目深にかぶり、裏通りを足早に進む。
(……いつもと違う気配。昨夜のうわさのせいかしら)
歩きながら、SNSで飛び交う「墓所の財宝」デマや、冒険者たちの奇妙な視線を思い出す。
研究室が見えてきたところで、入り口脇に立っていた警備兵に声をかけた。
「すみません、ちょっと相談が……。
最近、墓所のデマが広まっていて、研究室にも変な視線や訪問者が増えてるんです。
正直、身の危険を感じていまして――」
だが、警備兵は面倒そうに肩をすくめるだけだった。
「墓所の宝? またその話ですか。そんなの、どうせSNSの噂でしょ。
大げさに考えすぎじゃないですか?」
「ですが……昨日も何度か不審な人影を見ました。備品もいくつか紛失していて……」
「盗難は後で巡回しますよ。困ったらまた言ってください」
ぶっきらぼうな返事と共に、警備兵はあくびをしながら立ち去っていく。
ザラは苦々しい思いを飲み込みながら、
警備兵の背中に不幸の呪符をそっと貼ると研究室の扉へ向かった。
(……やはり、自分で気をつけるしかないのね)
扉を開けると、研究室は見るも無残に荒らされていた。
棚はひっくり返され、本や薬瓶が床に散乱し、机の引き出しも中身ごと消えている。
静まり返った室内に、ザラの吐息だけが静かに落ちた。
その直後、入り口のベルが小さく鳴る。
ヨミとレイスが、約束通り連れ立ってやってきた。
「ザラさん、おはようございます……って、えっ……!?」
ヨミが思わず絶句し、レイスもすぐに異変に気づく。
「……まさか、やられたか」
レイスの顔が険しくなった。
三人は顔を見合わせ、荒らされた研究室を前に言葉を失って立ち尽くした
「……墓所の情報、狙われてるわ」
静かな声に、レイスの顔も険しくなる。
「最近、墓所の財宝の話ばっかり聞くものね。
みんな、誰が真実を握ってるか探してるみたい」
ヨミが小声で言う。
少し間を置いて、ヨミは視線を落としたまま、さらにぽつりと続けた。
「……実は、街に戻ってから、ひとりで歩くのがちょっと怖くなっちゃって。
なんだかずっと誰かに見られてる気がするんです……」
その言葉に、空気がいっそう重く沈む。
街の雑踏に混じる、冷たい視線の正体を、誰もが意識しはじめていた。
その日から、ヨミは街を歩くたびに妙な違和感を覚えるようになった。
最初は気のせいだと思っていた。
食堂の奥の席に座ると、誰かの視線を背中に感じる。
いつもの道を歩けば、角を曲がるたびに誰かがこちらを見ていたような気がして、
思わず早足になる。
「……足音、聞き間違いじゃなかった……?
でも、怖がってるって思われるのも、なんか……負けたみたいでイヤだな……」
ヨミは自分に言い聞かせるが、不安は少しも薄れなかった。
夜になると、宿の窓から街路を見下ろす。
明かりの下に、見覚えのない人影が立ち止まっていることもあった。
ザラの研究室が荒らされた夜は、とくに寝つきが悪かった。
ヨミはベッドの中で耳を澄ませ、
外で足音がするたびに心臓が跳ね上がった。
翌朝、彼女はいつもより早く宿を出た。
「やっぱりレイスさんに相談しよう」
ヨミはレイスの安宿の集まる宿場街へと向かった。
そこは決して治安が良いとは言えない冒険者の溜まり場だった。
宿場街へ続く寂しい裏通りに差し掛かったとき、
ヨミはふと、背後に誰かの気配を感じた。
最初はただの風の音かと思ったが、足音は一定の間隔で自分を追ってくる。
歩く速度を少し速めても、すぐに追いついてくる気配。
胸がざわつき、手のひらが汗ばむ。
(……まさか、気のせいじゃない?)
路地の石畳を踏みしめる音が、妙に大きく響く。
すれ違う人もなく、辺りは静まり返っていた。
振り返りたい気持ちと、振り返るのが怖い気持ちがせめぎ合う。
曲がり角のそば、立てかけてあったホウキが目に留まる。
(もしもの時は……これで……)
ヨミは意を決してホウキを手に取り、
ぐっと振り返って、声を張り上げた。
「こ、来ないでください!」
ヨミはホウキをフルスイング!。
その瞬間、陰から現れた人影に――
「お、おい、落ち着け、俺だって!レイスだって!」
バコッ!
「あ、レイスさん?!も、もう、ほんとにやめてくださいよ!
どれだけ心配させるんですか!」
「痛たた、タンコブできてない?マジで。
そこで見かけたから……この辺りも物騒だからさ」
気まずい沈黙のあと、ヨミもレイスも思わず吹き出した。
「はは……なんだ、全部気のせいだったんですね」
「まあ、これで少しは安心できるだろ」
「はい。やっと普通に眠れそうです」
その晩、ヨミはいつになく穏やかな気持ちでベッドに潜り込んだ。
窓の外の月も優しく、街も静かだった。
久しぶりにぐっすりと眠り、翌朝は鳥の声で目覚めた。
「やっぱり、ちゃんと話せばよかったんだな……」
ヨミは伸びをし、晴れやかな気分で街に出る。
食堂でパンを買い、商店街で店主と笑い合い、
「もう大丈夫、あんな怖い思いもしなくて済む――」
そう、心から思っていた。
だが、帰り道。
人気の少ない小路に差しかかったとき、
ふいに背後から布が被せられた。
「……ごめんなさい」
小さな声が耳元でささやかれ、意識が遠のいていく。
遠のく中で、かすかに手の震えが伝わってきた。
迷いか、恐れか、あるいは――別の感情か。
それすら考えきれないまま、彼女は沈むように倒れ込んだ。
ヨミがいなくなったことに、誰もすぐには気付かなかった。
ほんの少し前まで笑っていたはずの朝。
穏やかな日常は、音もなく崩れ落ちていた――。
SNSのデマが現実の事件を呼び寄せ、
日常の隙間に、また新たな“災厄”の影が忍び寄っていた。




