2#それって、まだやってる人いたんですか?
ほんのりと木の匂いがした。
風が葉を揺らす音と混ざって、微妙に人を煽るような気配。
目を開けたら、俺は木陰に寝かされていた。やさしくじゃなく、たぶん雑に。
「やっと起きた。マジで死んだかと思ったって」
軽い口調で言ってきたのは補助魔法担当。表情の温度はカフェラテの泡くらい。
……あの攻撃食らって、生きてる俺ってなに?不死鳥?いや、ダチョウ?
「治癒魔法、魔力回復したから一応かけといたよー。
うちらもさ、詠唱終わったらすぐ回復したし?ギリギリセーフだね!」
どこがセーフだ。お前らが“回復開始”した頃、俺は“回復されし遺体”だったんだよ。
痛みは引いた。でも、心の傷がすげぇズキズキする。
たぶん魔法じゃ治らない系のやつ。保険も効かない。
「じゃ、報告行こ?報酬もらわないと、戦闘した意味ないし~」
言いながら軽快に立ち上がる後衛陣。
こっちは今さっき死線をくぐったのに、あっちは昼のランチ後か?
俺もよろよろ立ち上がる。足は一応動いた。たぶん幻肢じゃないと思う。
数分後、俺たちはギルド併設の酒場に戻った。
戦闘報告、討伐確認、報酬分配……なんだけど。
「前衛の取り分はこのくらいかなー。後衛は倍額ね」
テーブルに置かれた金貨。
俺の前には“駄菓子も買えそうにない量”、後衛の前には“魔道オーブ福袋並みの山”。
「……なんで俺の分が少ない?」
声が震えたのは、金貨に乗ってた精神ダメージのせい。
もはや通貨じゃなくて呪い。
「だって、前衛って魔法使えないでしょ?」
「戦闘しかできないのに、取り分多いのは変じゃん」
「まぁ、盾にはなってもらってありがたかったよ」
ありがとうの使い方、間違ってない?
あと、“しかできない”って何?
拳を握った。歯を食いしばった。
でも金貨は、ちゃんと拾った。
拾わないとご飯買えないから。ここ大事。
その後、リーダーが当然のようにSNSタイム突入。
「映写結晶、撮っとこー。SNSで報告用~!」
マナコンソールからふわっと浮いた結晶が、淡く光って録画を始める。
魔法演出、決めポーズ、露骨にアピールするローブの刺繍。
ちなみに俺は……あ、いた。画面の端で吹っ飛ばされてるやつ。
数分後、マナプレートが振動。
プレートに文字が浮く。
「SNSであなたがタグ付けされた投稿が届きました」
マナプレートに投影された映像:
後衛のド派手な魔法エフェクト、
華麗なジャンプカット編集、
そして俺が盾で地面掘ってるところ(0.3秒)。
コメント欄は「映えすぎ」「うちのパーティーもこれやろ!」など好評。
でも“盾の人”、影すらなし。こいつは背景ですらない。
報酬を握ったまま、酒場の隅へ移動。もはや「前衛」じゃなくて「影衛」。
「……悔しそうな顔だな、若いの」
角席の年配男が声をかけてきた。
元・前衛。現・飲み屋のオブジェ。
「俺も昔はお前みたいに、前で殴られてたよ。
でもな、今じゃ盾も足もすっかりサビてる。
“前衛の若さ”は賞味期限が短ぇんだ」
うん、泣く準備はできてる。話が刺さるんだわ。
「でもな……誰も評価してくれなかった」
ああもうやめて。俺の中の何かが、肩パッドの奥でシクシク泣いてる。
「報われようなんて考えるな。そういうもんだ」
そっと差し出されたのは、黒ずんだ金属板のような……謎テク。
「昔の遺物らしいが、俺には意味がわからんかった。
だが……“前衛しか使えない”って噂があってな」
なんでそんな残酷なチュートリアルを俺に。
ポケットにしまうと、金属がほんのり熱を持った。
古代の謎デバイス、明らかにフラグ。おい、俺また働くことになる?
街を出て、ふらふら歩く。
あの盾の重みが、今日は妙に軽い。……というか心が重い。バランス悪っ。
すると、路地裏で空気がピリリと震えた。
酒屋でもらった金属板から、音声が降ってきた。
《初期化完了。接続ログ、新規登録。
あなた、ご職業が前衛職??
……それって、まだやってる人いたとは。罰ゲーム中?》
完全に煽ってきてるだろ。いや、真顔で聞かれてるのか?どっち?
でもその問いが、
誰も見てくれなかった俺に、ちゃんと“見てる”って言ってくれたような気がした。
……たぶんこれ、戦闘よりダメージでかいやつ。