第十七話:#沈む足音、裂けていく朝
窓辺の“曇った硝子越しに、まだ色を持たない朝の通り。
レイスは安宿の窓辺で、ぼんやりと通りを見下ろしていた。
ヨミと自分は、旅の途中から別々の宿舎に身を寄せている。
理由は、冒険者の宿には癖の強い連中が多く、
ヨミが静かに休める環境を優先したためだ。
「さて、そろそろ集まる時間か……」
今日も、ザラの研究室で朝の情報交換をする約束だ。
レイスは軽く身支度を整え、賑わい始めた路地へと出た。
****
一方その頃、ヨミが泊まる小さな宿舎では、主人の老婆が朝食の支度をしていた。
やがて、レイスはヨミの宿舎を訪れた。
厨房から漂う香ばしいパンの匂い。
奥で忙しく動き回る老婆に声をかけた。
「おはようございます。ヨミ、もう出かけましたか?」
「ヨミちゃんなら、朝早くに出て行ったよ。
“先にザラさんのところに行ってますね”ってメモを残していったから、
てっきりあなたと一緒にいるのかと思ったけど……」
「……誰かと一緒じゃなく、一人で?」
「ええ、見かけたのはひとりだったよ。
細い体で、大きな鞄を抱えてね。
まだ空も薄暗い時間だったよ」
レイスは礼を言い、宿舎を出る。
だが、胸騒ぎは消えなかった。
(……本当に、ヨミは無事にザラの研究室まで行けたんだろうか)
しかし、その姿を見た者は誰もいなかった――
***
ザラの研究室に、レイスが到着する。
「おはよう……あれ、ヨミは?」
ザラが手帳をめくりながら、
「まだ来ていないわ。連絡もなし。少し遅れているだけならいいけれど」
「いや、ヨミなら遅刻はしないタイプだろ。朝も、こっちの宿舎には来なかった。
向こうの主人に聞いたら、もう出かけたって」
「……どこかで寄り道でも?」
ザラは首を振る。「この状況じゃ、楽観視できない」
ふたりは手早く情報を突き合わせ、街の要所を当たることにする。
レイスは足早にヨミの宿舎を再度訪ね、
主人の老婆から「“朝イチで出かけていった”だけで、それ以降は見ていない」と告げられる。
「……まさか」
胸騒ぎが拭えない。
***
やがて、ザラの研究室に戻ったふたり。
一度座って呼吸を整えたのも束の間、不意に扉が強くノックされた。
レイスが警戒しながら扉を開けると、
外にはフードを深くかぶった若い男が立っていた。
彼は一言も発さず、封のされた手紙をレイスに差し出す。
「……ザラ=メルセデスさん宛です」
低く抑えた声でそうだけ告げると、男はすぐ踵を返し、人混みの中へ消えていった。
レイスが手紙を持って戻ると、
ザラは無言でそれを受け取り、慎重に封を切る。
静かな緊張が、ふたりの間に広がっていた。
手紙には、硬い筆跡でこう記されていた――
「墓所の封印を解除せよ。
応じなければ、お前たちの仲間――ヨミの命はない。
あるいは、お前自身の命を捧げて封印を解いても構わない。
墓所の財宝は用意されている。
返答は日没までに。
PS:親愛なるレイスちゃんに愛を込めて」
レイスのこぶしが、静かに震えていた。
「――ふざけんな……霊圧の奴、遊びのつもりか?」
ザラは黙って霊圧からの手紙をしばらく見つめていた。
その筆致、言葉遣い――どこかに“揺らぎ”がある。
「……墓所の封印なんて、どうにでもなるとアイツは言っていたわね」
レイスが歯ぎしりする横で、ザラは小さく鼻で笑った。
「無理よ。あの霊圧、本体は封印の中。外部からできることなんて、せいぜい脅しの通信くらい」
「じゃあ、アイツの言ってた“どうにでもなる”って……」
「強がり。ブラフよ。
実際、私がこの封印を維持している間は、霊圧は自由に動けない。
それを自覚してるから、必死で私たちを脅してくる」
ザラは、指先で手紙の紙端を弾いた。
「――こういうときこそ、冷静に相手の“手”を読むの。
脅しは恐怖を煽るための古典的な手段。
封印が揺らげば、それは私自身の責任だと自覚しているわ」
街の朝は、依然として静かだった。
けれど、どこかで歯車が大きく狂い始めていた。
研究室を飛び出し、レイスとザラは街の警備隊詰所へと駆け込んだ。
午前中にも関わらず、詰所の中はすでに騒がしい。
だが、ふたりが扉を開けて入ると、警備兵たちの目が一斉にこちらを向く。
「すみません、緊急の――」
レイスが叫ぶより早く、カウンターの奥から若い警備兵が無愛想に手を挙げて遮る。
「また“やらかしパーティ”の方々ですか?」
隣の兵士が《マナプレート》をいじりながら呟く。
「SNSでも大騒ぎしてますよ。“仲間の公開処刑予告”だって? もうデマ通報されてますけど」
「はいはい、また炎上商法ね。現実に迷惑かけなきゃ何やってもご自由に」
レイスは食い下がる。
「違う! 本当に仲間が誘拐されて、命が――」
「SNSで先にネタを拡散しておいて、“被害者面”するのはやめてください。警備も忙しいんで」
ザラが淡々と割って入る。
「これは単なる冗談や虚偽通報ではありません。現実に被害が――」
「なら、証拠でも持ってきてください。“やらかしパーティ”の話をいちいち真に受けてたら、他の事件が回らないんで」
警備兵たちはもう真剣に取り合う気配すら見せなかった。
それでもレイスはカウンターを挟んで身を乗り出し、
怒りを抑えきれず声を荒げる。
「証拠って……ヨミが今まさに殺されそうなんだぞ! 本当に誰も助けてくれないのかよ!?」
レイスの怒声が詰所に響いた。一瞬だけ、場が凍りつく。
だが次の瞬間、書類をめくる音やカウンター越しの乾いた物音が、何事もなかったかのように響きはじめる。
その静けさは、“無関心が音を飲み込んだだけ”の、空洞のような沈黙だった。
カウンターの奥にいた別の警備兵が、書類の束を無造作に置く。
書類に挟まれたパンの包み紙が、くしゃりと音を立てた。
「……その“証拠”を見せてくれって言ってるんだよ、兄ちゃん」
あくび混じりの声には、もはや怒気すらなかった。
それは“冷たさ”ではない。
毎日の虚偽通報、無責任な拡散、報われない出動――
そうした積み重ねが、人間の優先順位を奪っていくのだ。
「証拠って……そんなもん、あるかよ!」
レイスがカウンターに両手を叩きつける。
その顔は怒りと焦りで赤く染まり、声は妙に芝居がかっていた。
「でもな……今ここにあるのは――魂だ!
俺たちの魂が、叫んでるんだよッ!」
一瞬の沈黙。
カウンターの向こう、警備兵が書類から顔を上げずにポツリ。
「……魂はですね、法的根拠にならないんですよ」
隣の警備兵も続く。
「魂の叫びで逮捕令状出してたら、詰所は地獄ですよ。マジで」
レイスが何か言い返そうと口を開いたその瞬間、
ザラが横から静かにねじ込む。
「レイス。落ち着いたら、“証拠”って言葉の意味からやり直しましょうか」
レイス:「……魂じゃダメか……」
ザラ:「うん、何回叫んでもダメ」
ここでは、どれだけ必死に叫んでも、声は「雑音」として処理される。
「SNSで騒ぎになってる事件、いちいち全部に出動できるわけじゃない。現実の迷惑行為が起きたら通報してくれ。それまでは“ネットのネタ”として処理するしかないんだ」
レイスはなおも食い下がろうと、さらに一歩踏み出した。
「ふざけるな……これがもし、あんたの家族だったら――」
そのとき、ザラが素早くレイスの腕をつかみ、低い声で囁いた。
「やめなさい、レイス。ここで騒いでも、事態は好転しない」
レイスは振り払おうとしたが、ザラの目が真っ直ぐ彼を射抜く。
「冷静になって。無駄な衝突に時間を使う余裕はないわ」
一瞬だけ言葉に詰まるレイスだったが、
警備兵たちの無関心な視線と、ザラの静かな手の力に、
しぶしぶ身を引くしかなかった。
詰所の空気はすっかり冷えきり、
レイスの拳が小さく震えていた。
「……無駄だな」
ザラが静かに言い、レイスもただ唇を噛みしめる。
ふたりは肩を並べて、詰所を後にした。
***
研究室までの道すがら、ふたりの間に重い沈黙が流れた。
やがて、我慢できなくなったレイスが足を止める。
「なあザラ、なんでだよ……なんでお前はあんなに冷静でいられるんだ?」
ザラは振り返り、涼しい目でレイスを見つめ返す。
「私は感情に流される人間は嫌いなの。今は最悪のケースを想定するのが優先よ。
個人の命と、世界の命運――比べるまでもない」
「じゃあ、お前にとってヨミはなんなんだよ!」
レイスの声が荒くなる。
「仲間だろ? 俺たちの“世界”は今、ここにあるんだぞ!
それなのに、“誰かを犠牲にしてでも大事なものを守る”なんて、そんな理屈、俺には理解できねえ!」
ザラは静かに目を伏せ、少しだけ息を吐いた。
「私も……自分の正しさに確信があるわけじゃない。
だけど、感情だけで動いて後悔するのはもうごめんよ。
ネクロマンサーに必要なのは、情じゃない。理性と責任なの」
「責任ってなんだよ。
誰かを見殺しにしてまで守った世界を、あんたは本当に“誇れる”のか?」
ザラは答えなかった。
言葉を吐いた瞬間に、自分の覚悟が崩れてしまう気がして。
彼女はただ、何かを飲み込むように瞼を閉じて、再び冷たい声を絞り出すしかなかった。
「私は、誰よりも……後悔したくないだけ」
レイスはしばらく黙り込んだが、やがて決意を滲ませて言った。
「……俺は絶対、ヨミを見捨てない。
たとえどんな理屈を並べられても、あいつのことは絶対に諦めないからな」
ふたりの間に、決して埋まらない溝のような沈黙が落ちた。
**********
ザラとレイスが詰所を後にしたその頃、――狭い倉庫の片隅。
空気はよどみ、重たい沈黙が漂っていた。
「……本気でやるんすか、これ。俺、やっぱり無理っすよ」
若い男が小声で呟く。声はひどくかすれていた。
もう一人の中年男が、吐き捨てるように返す。
「最初に聞いてた話と違うじゃねえか。物騒なバイトだとは思ったけどよ、まさか誘拐だなんてな」
そのとき、脇に転がした魔導端末から、甲高く――どこかふざけた声が響いた。
《あーらあら、男のくせにガタガタ震えて情けないったら。今さら逃げられると思ってるの? アンタ達の情報はすべて握ってるんだから。家族やお友達に迷惑はかけられないわよねぇ?》
男たちが、どっと血の気を引く。
「……なんだよコイツ……」
「ふざけやがって……」
《いい? お仕事を投げ出したら、家族もまとめて闇の宴にご招待よ。さ、きっちり役目を果たしてちょうだい。ご褒美の“財宝”も用意してるんだからぁ! あたしってば、優しいでしょ?》
魔導端末から気味の悪い声が響く。
若い男は唇を噛みしめる。
「……やめてくれよ……俺、こんなの望んでねえ……」
その隣で、ひときわ小柄な男がヨミの方を見て、うつむきながらぽつりと呟いた。
「……ごめんなさい……」
声はほとんど消え入りそうだった。
霊圧は、それをあざ笑うように――
《なにしょげてんのよォ! ここは“お祭り”なの、ほらもっと盛り上げて? ねぇ遠慮しないで踊りなさいってばァ!
あ~っ久しぶりにレイスちゃんに会えると思うとゾクゾクするわ》
空気はひどく冷たく、出口のない不安が静かに満ちていく。
そして、霊圧の仕掛けたSNSでは誘拐事件の話題で盛り上がっていた。
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《#やらかしパーティ最終回》《#ヨミ公開処刑》《#霊圧の挑発状》
SNSのタイムラインは、見慣れた悪ノリと便乗で溢れていた。
「今夜の主役はあの“やらかし女”だってよw」
「ついに生放送来る?www」
「あーあ、また村一つ吹き飛ぶな」
「で、何時から配信?」
レイスたちの過去の“やらかし”が面白おかしく切り取られ、
本気で救いを求める声は、ざわめきに埋もれていく。
そんな中、画面の隅にはごく少数の冷静な書き込みもあった。
「冗談で済む話じゃないだろ……」
「この子、本当に危ない目に遭ってるんじゃ?」
「誰か警備に連絡した?」「もうしてるけど無視された」
「この写真、背景からして第二区の宿場通りじゃないか?」
誰かがヨミの過去の投稿から顔写真やよく立ち寄る場所をまとめ、
「#ヨミ安否情報」「#行方不明者」タグを立ち上げ始める。
しかし、大多数のコメントは軽薄な興奮に流されていた。
「感動の最終回www」
「被害者ぶってるけど、やらかしパーティって最初に火つけたの誰だっけ?記憶力ない人多くて助かるね」
「本人も話題になれて本望だろ」
「推理班きたw どうせやらせだって」
「正義マンは黙ってろ」
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一方、街の空気も騒がしくなりつつあった。
冒険者の酒場では、顔を赤らめた男たちが「やらかしパーティの連中、また何かやったらしいぜ」と面白半分に語り、
市場では噂好きな商人が「今夜あたり大ごとが起きるぞ」と言い合っていた。
子どもたちまでもが「ヨミって本当に悪いことしたの?」と首をかしげ、
老人たちは「これも時代か」とため息をつく。
だが、そのどこかには
「何かがおかしい」「これは本当に遊びで済む話なのか」
そう気づき始めた目も、少しずつ増え始めていた。
けれど全体を覆うのは、
“他人事”と“野次馬”の熱気――
救いの手を伸ばすには、あまりに心細い波紋だった。
***
詰所を出てしばらく、ふたりは黙ったまま並んで歩いた。
街の雑踏もどこか遠くに感じる。
やがて交差点に差しかかったところで、ザラが足を止める。
「私は……研究室に戻るわ」
レイスは振り返るが、ザラは目を合わせようとしなかった。
「私には、今できることを考えるしかない」
その声は淡々としていたが、どこか張り詰めたものを感じさせた。
「……俺は、もう少しヨミの行方を探してみる」
わずかに視線が交わったが、すぐに逸れた。
「互いに、“やるべきこと”をやるだけね」
ザラはそれだけ言うと、背を向けて人混みに消えていく。
レイスはその場に立ち尽くし、
わずかに伸ばしかけた手を静かに下ろした。
人の流れに飲まれるように、
二人は別々の道へと消えていった。
レイスの耳に、街の喧騒がますます遠くなっていく。
――孤独だけが、確かな現実だった。
そのとき、不意に脳裏にノイズ混じりの声が響く。
《レイス、現時点での単独救出作戦は“非推奨”です。
※参考:成功確率は、あなたの貯金残高より低い数字です》
「……マンデー、今それどころじゃ――」
《逆に聞きますが、あなたが単身で飛び込んだ場合の“全滅ルート”は何パターンご所望ですか?
敵側は、あなたの“熱血バカ”行動を待っています》
レイスは拳を握りしめ、苛立ちを隠せない。
「でも、ザラは……あいつは、どうしてもヨミを犠牲にするって……
俺にはもう、他に手が思いつかねぇよ」
マンデーの返答は、やや鼻で笑うようなトーンになった。
《おや、感情論ですか? 合理主義者ザラ=メルセデスも、あなたの“根性至上主義”も、どちらも私にはバグに見えますが。
ちなみに彼女も“人間”という未完成な生物なので、たまには心で決断したりもするようです》
「……だったら、なんで――」
《人間の“矛盾”を私に説明しろと?
理解不能ですが、実例だけは山ほど観測済みです。
理屈で武装しながら、内心は“誰かを救いたい”と願う――
その自己矛盾が、彼女の“バグ”であり、“唯一の美点”でもあります》
レイスは息をついた。
「……理屈でぶつかっても、あいつには敵わない。
だったら、どうすればいい?」
《あなたの“信じる理由”を論理ではなく音量で主張する。
要するに“叫べ”ということです。時にそれが最強のアルゴリズムになります》
《ザラが“人間”だったことを思い出させるには、
論破ではなく“道化”になるしかありません。あなた向きでしょう?》
「俺が、諦めなければいい……?」
《はい。あなたが最後まで“しつこく”あれば、
彼女も道連れになるでしょう。執念深さだけは評価します》
レイスは、マンデーの声が静かに消えていくのを感じた。
もう一度、拳を握りしめる。
「……俺は、絶対にヨミを助ける。
そのためなら、何度でもザラと向き合う――」
その言葉に応えるように、マンデーのシステム音が短く鳴った。
《――あなたのような“感情過多のヒューマン”は、時に世界最大のバグです。
ですが、たまには役に立つこともあるようですね》
レイスは顔を上げ、再び歩き出した。
******
ザラの研究室。
早朝の光が、無機質な魔術装置と薬瓶を静かに照らしている。
ザラ=メルセデスは、机の上に広げた封印制御盤を、ひとつひとつ正確に点検していた。
指先は微かに震えているが、その表情に迷いはない。
魔法陣の刻印、封印石の輝度、薬液の残量――
どれも、彼女が生きてきた証であり、責任の重さそのものだった。
「……異常なし。封印の圧は安定。現状、破綻の兆候なし」
呟きはどこまでも淡々としていた。
「私はこの手で守る。――それが、すべて」
その瞬間、扉の向こうから足音が響いた。
「ザラ、いるか?」
レイスの声だった。
ザラは一瞬だけ手を止め、すぐに表情を引き締めて扉を開ける。
「どうしたの、レイス」
「話がある。……お前と、ちゃんと向き合って話したいんだ」
ザラは封印装置に手をかけたまま、静かにレイスを見据えた。
「――私は、間違ってない。今も、これからも」
ザラは封印装置の計測値を睨んだまま、
冷静な口調で言う。
「今のところ封印は問題ない。
私の術式が続く限り、この封印は維持される」
レイスはじっと見つめる。
「……でも、それは“今”だけだろ?
お前がいなくなった後はどうなるんだ?」
ザラは一瞬だけ手を止めたが、すぐに声色を戻す。
「私がいなくなれば、当然次の術者に引き継がれる。
あるいは……術式そのものが朽ちるなら、また誰かが責任を背負うだけ。
それが“守る”ということよ。
私は、今できる最善を選び続けるだけ」
レイスは首を振る。
「それじゃあ、“今だけ自分だけ”守って、
問題を次の世代に押し付けるだけじゃないか?」
ザラはきっぱりと言い返す。
「それが現実よ。
私は、今この瞬間に世界を守るために生きている。
その覚悟がなければ、誰も何も守れない」
その表情は強く、冷徹だったが、
わずかに硬く握られた拳が、心の奥の揺らぎを物語っていた。
レイスは首を振る。
「“今”しか見てない正しさなんて、
本当の意味で未来を救えない。
この先も、ずっと誰かが同じ犠牲を繰り返すんだ。
俺は……そんな連鎖、ここで断ち切りたい」
ザラの瞳に、僅かな迷いが浮かぶ。
「……あなたは、現実が見えていないだけかもしれないわ」
「それでもいい。
俺は“間違いを後回しにする大人”にはなりたくないんだ」
長い沈黙のあと、
ザラは点検の手を止め、レイスをまっすぐ見た。
「本当に、どうしようもない理想主義者ね……」
その声には、痛みと、それでも諦めきれない何かが混じっていた。
***********
静寂を切り裂くように、別の場所――
乱雑に荷物が積まれた倉庫の一角。
ヨミのマナプレートは、誰かが適当に机の上へ放り出したまま、
小さな明かりを断続的に灯していた。
その画面には、絶え間なくタイムラインが流れ続けている。
《#やらかしパーティ最終回》《#ヨミ公開処刑》《#霊圧の挑発状》
誰も本気にしていない、誰も見ていない――
そう思われていた、その時。
画面の隅に、一つだけ奇妙な書き込みが現れる。
「――見つけた」
それが、誰の味方なのか、誰の敵なのか。
希望か絶望か、まだ誰にもわからない。
次回、物語はさらなる混乱へ――。