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第1章-5話「森の迷走」

毎日更新するからぜひ見てね!


一人でニヤニヤするだけなのをやめました…


皆さんにもご覧いただける機会に巡り合えたら幸せです!


闇の中を、ただひたすらに駆ける。

背後から迫る複数の気配――それは死の宣告にも似て、燐の神経を絶えず苛んでいた。

枝が顔を打ち、足元の木の根に躓きそうになるのを、必死で堪える。握りしめたロリの小さな手が、彼の唯一の繋がりだった。


「はぁっ、はぁっ…!」


燐自身の息も、既に限界に近いほど上がっていた。

左脚の傷口が開いたのか、ズキズキとした熱い痛みが走り、一歩ごとに意識が遠のきそうになる。

魔力も、先ほどの封印解除と、館からの脱出時の僅かな魔術行使で、ほぼ枯渇状態と言ってよかった。


(このままでは、追いつかれる…!)


距離を稼がなければならない。

少しでもいい、ほんの僅かな時間でも稼げれば、あるいは…。

燐は最後の望みを託し、走りながらも腕の魔導結晶に意識を集中させた。

脳内で短距離転移の術式コードを組み上げ、起動シーケンスを思考する。

頼む、動いてくれ…!


しかし、腕の魔導結晶が返してきたのは、術式起動を示す魔力の奔流ではなく、魔力不足を告げる微かな、しかし絶望的な振動だけだった。


(…やはり、駄目か!)


燐は内心で悪態をついた。


(ロリの鼻を治した時の魔力消費が、思ったよりも大きかった…いや、それだけじゃない。彼女の身体に魔力を流し込んだ時、何か妙な抵抗…あるいは吸収されるような感覚があった。あれが原因か? それとも、単に俺自身の消耗が激しすぎるだけか…!)


昼間の、あの僅かな治癒術式。

あの時、もう少し魔力を温存しておけば、あるいは今、この窮地を脱せたのかもしれない。

だが、涙目でこちらを見上げていたあの幼女を前にして、手加減などできただろうか。

いや、今は後悔している場合ではない。


転移が不可能と悟った燐は、即座に思考を切り替える。

逃げ続けるしかない。そして、追跡を少しでも遅らせるしかない。

彼は走りながら、思考入力だけで発動可能な、ごく初歩的な封印術式の罠を、自身の周囲に断続的に展開していく。


意識を集中し、枯渇しかけた魔力を振り絞る。

「…!」

背後の地面の一部が、瞬間的に粘つく泥濘へと変わる。

追手の誰かが、それに足を取られて態勢を崩す気配があった。


さらに数歩走り、再び思考する。

「…!」

行く手の木の根が、生き物のように僅かに隆起し、追手の足を引っ掛けようとする。

これも、すぐに魔力が霧散して元に戻ってしまうような、粗雑な罠だ。


さらに、幻惑効果を持つ微弱な魔力場を、霧のように周囲に漂わせる。

これも、訓練された帝国兵相手には、ほんの一瞬、方向感覚を狂わせる程度にしかならないだろう。

だが、今はその一瞬が命運を分けるかもしれない。


魔力の消耗は最小限に抑えているつもりだが、それでも枯渇寸前の燐にとっては、じわじわと魂を削るような行為だった。

視界が明滅し、平衡感覚が怪しくなってくる。


「はぁ…はぁ…リン…?」


隣を走るロリの声も、悲鳴のように掠れていた。

小さな身体で、必死に燐の速度についてきている。その顔は青ざめ、大きな瞳には恐怖と疲労の色が濃く浮かんでいる。

それでも、彼女は文句一つ言わず、燐の手を離さず、ただ前だけを見て走っていた。

その健気さが、燐の折れそうな心を辛うじて支えていた。


森は、さらにその深さと不気味さを増していく。

木の幹には奇妙な紋様のような苔がびっしりと生え、枝はまるで生きているかのように、行く手を阻むように垂れ下がっている。

マナの淀みが濃くなり、空気そのものが重く感じられた。

そして、明らかに強力な魔獣の気配が、そこかしこから感じられるようになってきた。


グルルルル…


不意に、低い唸り声と共に、前方の茂みから巨大な影がぬっと姿を現した。

体長は小型の馬ほどもあるだろうか。漆黒の体毛に覆われ、鋭い牙を剥き出しにした、狼に似た大型の魔獣だった。その爛々と赤く光る双眸は、明確な飢えと敵意をもって、燐たちを捉えている。


(まずい…! シャドウウルフか…! それも、かなりの大物…!)


燐は即座に刀の柄に手をかけ、戦闘態勢に入った。

今の自分では、まともに戦って勝てる相手ではない。だが、ロリを守るためには…。


燐が前に出ようとした、その時。

背後に庇われたロリが、怯えながらも、その魔獣をじっと見つめ返した。

恐怖に震えながらも、その青藍の瞳には、不思議な力強さが宿っている。


魔獣は、その小さな幼女の視線を受けると、ピタリと動きを止めた。

そして、不可解なことに、あれほど剥き出しにしていた敵意が、僅かに揺らいだように見えた。

グルル…と低い唸り声を上げながらも、じりじりと後退りを始める。

まるで、目の前の小さな存在を恐れているかのように。

あるいは、何か抗いがたい威厳のようなものを感じ取っているかのように。


やがて、魔獣は森の奥へと向きを変え、まるで幻だったかのように、あっけなく姿を消した。


「…………」


燐はその光景に、ただ呆然としていた。


(なんだ、今のは…? まるで、ロリを恐れたような…? いや、彼女の存在そのものが、魔獣の敵意すら捻じ曲げているのか…?)


確信はない。だが、この幼女が持つ力の片鱗は、明らかに常識を超えている。


ギャオオオォォォ!!!

ドゴォォンッ!

「っくそ!獣風情が!」


直後、彼らが通り過ぎてきた方向から、激しい戦闘音が響いてきた。

先ほどのシャドウウルフの咆哮。そして、帝国兵たちの魔術の炸裂音と、短い悲鳴。


(さっきの魔獣か! 追手がぶつかったらしい。これで少しは時間を稼げる! ついてる!)


燐はこれを千載一遇の好機と捉え、

魔獣が追手の足止めをしてくれている間に、少しでも距離を稼がなければと焦る。


しかし、安堵したのも束の間、彼の身体は限界を迎えていた。

足の痛みが全身に広がり、視界が白く霞む。

ふらり、と身体が大きく傾ぎ、地面に倒れ込みそうになった、その瞬間。


「…!」


握っていたロリの小さな手から、再びあの温かい感覚が、先ほどよりも強く、しかし優しく流れ込んできた。

それは魔術的な魔力譲渡とは明らかに違う、もっと根源的な、枯渇した生命力そのものをそっと満たしてくれるような、不思議な力。

驚きと共に、消耗しきっていた身体に、僅かながら力が戻ってくるのを感じる。視界が少しだけクリアになり、足元の覚束なさも幾分か和らいだ。


燐はその温かさに力をもらい、再び前を向いて走り出した。

追手との距離は、先ほどの戦闘音のおかげで、少しだけ開いたかもしれない。

だが、まだ安心できる状況ではない。魔力は回復しておらず、体力も限界に近い。


燐は必死に周囲を見回し、一時的にでも身を隠せる場所を探し始めた。

岩陰、密集した茂み、あるいは古木の洞…。

この魔境の中で、束の間の安息を得られる場所は、果たして見つかるのだろうか。

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