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第2章-35話「潜入作戦」

 連合上層部で「遺跡調査任務」が承認される、という報せは、まだ正式には下りてきていない。だが、改革派が主導権を握りつつあるという情報は、リディアを通じて燐たちの耳にも入っていた。出発の日は、おそらく近い。

 それは希望であると同時に、保守派による最後の抵抗、そして帝国の暗躍が最も激しくなるであろう危険な期間の始まりでもあった。


「――やっぱり、何か変よ」

 その夜、リディアの研究準備室に集まった燐、カイ、セレスを前に、彼女は厳しい表情で切り出した。壁に投影された魔力光のディスプレイには、複雑なデータログが表示されている。彼女はここ数日、自身の権限と技術を駆使し、砦内のネットワークと物資管理システムの監視を続けていたのだ。

「これを見て。出発部隊用に割り当てられるはずの物資リストよ。数日前から、承認ルートがおかしいの。通常なら補給部と任務担当部隊の双方の認証が必要なのに、一部の重要物資に、保守派のボルジア司祭の部署から不自然な承認記録が残ってる」

「保守派が、物資に直接干渉していると?」

 燐が低い声で尋ねる。

「ええ。対象になっているのが、あなたの魔導結晶用の高効率エネルギーパック、私が開発した特殊環境センサー、セレスが管理する予定の緊急用医療キットの中の、特定の解毒剤や蘇生薬。どれも、私たちの生死に直結しかねない重要なものばかり」

 リディアはさらに別のデータを表示した。砦内倉庫の監視ログの断片だった。高度な暗号化と偽装が施されていたが、彼女はそれを時間をかけて解読したのだ。

「そして、これが昨夜の第三倉庫の監視ログの一部。正規の記録からは削除されていたものよ。見て、この影……明らかに誰かが倉庫に侵入して、出発用の物資コンテナに何か仕掛けている。監視用の魔術センサーを一時的に無効化するような、高度な妨害工作までして」

 投影された不鮮明な映像には、暗闇の中で複数の人影が、コンテナに何かを仕掛けているような様子が記録されていた。

「まさか……破壊工作!?」カイが声を上げる。

「それだけじゃないかもしれないわ」セレスが冷静に付け加えた。「毒物や、遅延作動式の罠の可能性も考慮すべきです」

「さらに厄介なのはこっち」

 リディアは最後のデータを示した。情報管理室のサーバーログだ。

「任務ルートに関するデータに、昨夜、不正なアクセスがあった形跡がある。地図データが改竄されて、危険なルートに誘導されている可能性が高いわ。それに……」

 彼女は声を潜めた。

「隠蔽された通信ログの一部に、帝国で使われている特殊な暗号コードの断片が紛れ込んでいるのを見つけたの」

「帝国の妨害か……」

 燐は奥歯を噛みしめた。保守派の暴走、そして帝国の陰謀。最悪の組み合わせだ。

「出発は明後日の早朝よ。残された時間はほとんどない」

 リディアは三人の顔を見回した。

「このままでは、出発しても確実に罠にはまる。私たちが先手を打ちましょ」

 部屋に緊張が走る。しかし、他に選択肢はない。

「やりましょう」カイが最初に口を開いた。その瞳には、恐怖よりも強い決意が宿っている。「俺が偵察とルート確保を」

「毒物や薬品の特定、罠の分析は私が」セレスも静かに答えた。

「システムへのアクセス、ロック解除、データ解析は任せて」リディアが眼鏡の位置を直す。

 三人の視線が、燐へと集まる。彼は、仲間たちの覚悟を受け止め、力強く頷いた。

「物理的な罠の解除、監視システムの無効化、全体の護衛は俺が引き受ける。……必ず成功させるぞ」

 四人は、それぞれの役割分担と連携方法、緊急時の合図を、短い時間で緻密に確認し合った。もはや、監視役と監視対象の間に壁はない。同じ目的のために動く「仲間」としての覚悟が、四人の間に満ちていた。


*   *   *


 深夜。砦全体が深い眠りに包まれ、城壁の上を巡回する歩哨の影だけが、時折月明かりに照らされる時間。

 四つの影が、まるで闇に溶け込むように、砦の裏手にある第三倉庫へと向かっていた。

 先頭を行くカイは、物陰から物陰へと、猫のようにしなやかに移動していく。時折立ち止まり、耳を澄ませ、地面に残された僅かな痕跡を読み取り、後続に手信号で合図を送る。夜気は冷たく、石畳の上を走る風が、かすかに埃と金属の匂いを運んでくる。

 その後ろを、燐がリディアとセレスを伴って続く。通路に設置された監視用の魔術装置――壁に埋め込まれた魔力センサーや、天井近くの光学式監視レンズ――に意識を集中させる。

「封」

 微弱な魔力を送り込む。彼の瞳の奥で淡い紋様が揺らめくと、センサーの放つ魔力光がフッと消え、監視レンズの表面に一瞬だけノイズが走る。その僅かな隙に、四人は素早く通過していく。

 倉庫の重厚な金属製の扉の前で、一行は足を止めた。最新式の電子ロックと、複雑な術式が組み込まれた魔術的警報システムが設置されている。

「ここは私ね」

 リディアが前に出て、小型の魔導端末を制御パネルに接続する。彼女の指が驚くべき速度で端末上を踊り、もう一方の手からは繊細な魔力が放たれ、警報システムの術式構造を探っていく。

 数分間の息詰まるような作業の後。カチリ、と電子ロックが解除された。

「開いたわ。でも油断しないで」

 リディアは額の汗を拭い、小さく息をついた。

 扉を静かに押し開け、四人は倉庫の中へ滑り込む。

 巨大な空間だった。高い天井、整然と積み上げられた木箱や金属製のコンテナ。埃と機械油、そして微かに薬品の匂いが混じり合った空気が肺に入り込む。非常用の誘導灯だけが点灯しており、全体的に薄暗い。

 カイが先行し、「遺跡調査任務用」と記されたラベルが貼られた物資区画へと一行を導く。

「手分けして調べましょう」

 リディアの指示で、四人はそれぞれの役割に従って調査を開始した。

 リディアは携帯用の多機能スキャナーをエネルギーパックのコンテナにかざす。彼女の眉間に皺が寄った。

「……やはり仕掛けられているわ! 内部の魔力充填回路に微細な亀裂がある。しかも、本来使われるはずのない極小の帝国製制御チップが組み込まれてる。高出力で使用した際に意図的に過負荷を発生させ、回路をショート……最悪の場合は魔力暴走を引き起こすためのものよ」

 彼女はすぐにツールキットから特殊工具を取り出し、慎重にチップの除去と修復作業を開始する。

 一方、セレスは薬品コンテナを開け、携帯分析キットでサンプルを採取していく。

「こちらにもありました。この治癒促進剤、ラベルは正規のものですが、中身がすり替えられています。成分の大半はただの生理食塩水。それに加えて……神経系に作用する遅効性の毒物が混入。少量ずつ摂取すれば、数日後には原因不明の体調不良や判断力低下を引き起こすでしょう」

 彼女は顔色を変え、問題の薬品ボトルを慎重に隔離する。

 カイは周囲の見張りと、物理的な罠がないかを調べていた。

「こっちは今のところ異常なしです。ですが、油断できません」

 燐は、仲間たちの作業を見守りつつ、魔術的な罠や隠された監視装置を探っていた。

(……あそこか)

 物資の影になっている壁の一部に、巧妙に隠された小型の魔術センサーを発見した。

 燐は「封」と念じる。センサーは音もなく機能を停止した。

 その時、リディアが声を上げた。

「待って! エネルギーパックの制御チップ……帝国製だけど、製造番号が一部削られている。それに、この組み込み方……素人の仕事じゃない。保守派の連中だけでできるとは思えないわ」

 やはり帝国が直接関与している。それも、かなり深いレベルで。

 彼らは手分けして、発見した罠や細工を無力化し、安全な予備物資とすり替え、帝国関与の証拠となる部品や毒物のサンプルを慎重に回収した。


*   *   *


 次なる目標は、情報管理室。砦の機密情報が集まる、最も厳重な区画の一つだ。

 倉庫以上に厳重な警備システムが待ち受けていたが、ここでも四人の連携が光った。カイが物理的な監視を突破し、リディアが魔術的ハッキングでシステムに侵入、燐が封印術式でセンサーを無効化し、セレスが後方支援と状況分析を行う。

 情報管理室の中央端末にアクセスしたリディアは、すぐに目的のデータを呼び出した。

「あったわ! ……やっぱり!」

 彼女の指が高速で端末上を動く。

「地図データの一部が巧妙に書き換えられてる! 推奨ルートが、絶対に避けるべき『嘆きの谷』や、ボルジア司祭と繋がりの深い辺境守備隊の駐留地を通るように変更されてる。危険情報も一部削除……完全に罠よ!」

 さらに深くログを掘り下げていく。

「……見つけた! 隠蔽された通信ログ! データ改竄の直後に、ボルジア司祭の私室端末から外部への送信……やはり帝国の暗号コードパターン。しかも、送信先は恐らく帝国の情報部……あるいは、もっと上の……!」

 保守派と帝国の直接的な繋がりを示す、決定的な証拠だった。

 リディアは迅速に改竄されたデータを修復し、不正アクセスのログと帝国への通信記録の全てを複製、確保した。燐はその間、自己破壊型のデータ消去トラップを警戒し、封印の力でいつでも無力化できるよう備えていた。

 全ての目的を果たし、一行は誰にも気づかれることなく撤収した。


*   *   *


 リディアの研究室に戻った時、窓の外は既に白み始めていた。

 四人の顔には疲労の色が濃いが、それ以上に、共に死線を乗り越えたことによる連帯感が満ちていた。

「やったな、俺たち!」

 カイが抑えきれない興奮と共に、しかし小さな声で言った。

「ええ。ギリギリだったけどね」リディアも確かな達成感を滲ませて頷いた。そして、作業で油まみれになった自分の手を見て、渋い顔をした。「……爪の中まで機械油。しばらく匂いが取れないわ、これ」

「お疲れ様でした。大きな怪我もなくて何よりです」セレスが仲間たちの労をねぎらった。

「……いや、皆のおかげだ。ありがとう」

 燐は、初めて心の底から、彼らを「仲間」だと感じていた。監視役と監視対象。技術士官と元帝国兵。そんな壁は、もう完全に消え去っていた。

「リンさん」カイが改めて燐に向き直り、真剣な眼差しで言った。「俺たちも行きます。どこまでも。最後まで」

「ええ」セレスも静かに頷く。「私たちで、リンさんと、ロリさんを守りましょう」

「ま、せいぜい足手まといにならないでよね!」リディアは憎まれ口を叩きながらも、その声には確かな信頼がこもっていた。「あなたのその不思議な力と、あの子の秘密、この目でしっかり見届けさせてもらうわ」

 燐は、彼らの言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 出発は、もう目前に迫っていた。

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