表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/81

第1章-13話「騎士の意地、少女の涙」

毎日更新するからぜひ見てね!


一人でニヤニヤするだけなのをやめました…


皆さんにもご覧いただける機会に巡り合えたら幸せです!

 燐の封印術式とバルカス隊の集団魔術。その連携が、帝国軍の陣形に乱れを生んでいた。

 地に伏す帝国兵が数名。後退する者もいる。

 バルカス隊の兵士たちの表情に、僅かな希望が灯った。

 しかし、それは一瞬だった。


「――雑魚どもが、群れたところで!」

 後方で戦況を見つめていたヴァルドが、雷鳴のような怒声を発した。

 その声には、彼のプライドを傷つけられたことへの明確な苛立ちと、裏切り者と異端、そしてそれに与する連合軍への、底知れぬ憎悪が込められていた。

 彼はもはや、後方で指揮を執ることに満足できなかった。

 ヴァルドは傍らにいた副官らしき兵士に短く指示を出すと、自ら長剣を抜き放ち、一直線に燐へと向かって突撃を開始した。

 その動きは、先ほど燐と対峙した時よりもさらに速く、鋭く、そして殺意に満ちている。

 目標は明確だった。連携の起点となっている燐、そしてその背後にいる、全ての元凶たる『禁忌』。

 この二人さえ排除すれば、残りの連合兵など取るに足らない、と。


「まずい! 隊長が!」

「止めろ! 総員、援護!」

 ヴァルドの突出に気づいたバルカス隊の兵士たちが、慌てて魔術弾や魔力銃で牽制射撃を行う。

 だが、ヴァルドはそれらを意にも介さない。

 迫る魔術弾を最小限の動きで回避し、あるいは魔力剣で弾き飛ばし、その速度を一切緩めることなく突き進んでくる。

 その瞳は、ただ一点、燐だけを捉えていた。


「時雨! 来るぞ!」

 仲間の兵士の一人が叫んだ。

 燐もまた、ヴァルドの尋常ならざる気配と速度に気づき、迎撃しようと刀を構え直した。

 だが、これまでの戦闘による消耗は、彼の身体を蝕んでいた。

 魔力は枯渇し、体力も限界に近い。反応が、僅かに遅れる。

 ヴァルドはその隙を見逃さなかった。

 彼は燐との距離を一気に詰めると、帝国騎士団の奥義の一つであろう、高速の連続突きを繰り出した。

 魔力を纏った剣先が、残像を伴いながら燐の急所へと殺到する。

 燐は必死で刀を振るい、その突きを捌こうとする。

 金属音が連続して響き、火花が散る。

 数合は受け止め、あるいは逸らすことができた。

 だが、その攻撃は止まらない。

 そして、ヴァルドは突きの一撃をフェイントとし、がら空きになった燐の胴体目掛けて、強力な横薙ぎの一閃を放った。

 それは、燐の背後にいるロリごと両断しようとするかのような、非情な一撃だった。


「―――っ!!」

 燐の脳裏に、ロリの怯えた顔が浮かんだ。

 考えるよりも早く、身体が動いていた。

 彼は、迫りくるヴァルドの魔力剣の前に、自らの身体を投げ出すようにして、ロリを庇ったのだ。

ザシュッ!!!

 肉を断ち、骨を砕く、鈍く、生々しい音。

 ヴァルドの魔力剣が、燐の左肩から脇腹にかけて、深く、斜めに切り裂いた。

 鎧のように硬化させていた戦闘服の一部が破れ、夥しい量の鮮血が噴き出す。

「ぐっ……ぁ……っ!」

 燐の口から、詰まったような呻き声が漏れる。

 視界が真っ赤に染まり、立っていることすらできないほどの激痛と衝撃が全身を襲う。

 膝が折れた。地面に崩れ落ちる感覚が、ひどく緩慢に感じられた。


「リン!!!!!」

 その瞬間、背後で息を潜めていたロリの、魂を振り絞るような絶叫が、森全体に響き渡った。

 それは、ただの悲鳴ではなかった。

 大切な存在が目の前で傷つけられたことへの激しい怒り。

 失うことへの絶対的な恐怖。

 そして、彼を守りたいという、心の底からの強い、強い祈り。

 それら全ての感情が――しかし前回とは決定的に異なる一つの衝動が――彼女の中に眠る力の形を変えた。

 あの時は、「来ないで」だった。迫りくる刃を拒むための、本能的な叫び。

 だが今、少女の心を支配しているのは、全く別の祈りだった。

(リンが、死んじゃう)

 涙で歪んだ視界に、倒れた燐の背中が映る。戦闘服を裂いて広がる、赤黒い染み。

(いや。いやだ。死なないで。お願い――治って)

 ――治したい。

 壊すのではなく。止めるのではなく。この人の傷を、塞ぎたい。


 少女の小さな手が、無意識に伸ばされた。

 倒れ伏す燐の背に、震える指先が触れる。

 その瞬間、ロリの身体から光が溢れ出した。

 だがそれは、前回のような波動ではなかった。

 戦場を覆い尽くすほどの奔流ではなく、少女の指先から燐の傷口へと流れ込むように注がれる、淡く金色がかった柔らかな光。まるで温かい水が、傷の奥深くへと染み渡っていくように。

 光は燐の裂かれた肩口から脇腹にかけての傷を覆い、そこに集中した。


 燐は、意識の底で何かが変わるのを感じた。

 焼けつくような激痛が、唐突に引いていく。

 痛みが消えたのではない。傷そのものが――塞がろうとしている。

 裂けた肉が、ゆっくりと、しかし確かに寄り合わされていく感覚。溢れ出ていた鮮血が止まり、断ち切られた筋繊維が繋がり直すような、生暖かい疼き。

 それは魔術による治療とは根本的に異なっていた。魔術治療は患部に外からマナを与え、肉体の自然修復を促進する技術だ。だがこの光は、もっと直接的で、もっと原始的な力――生命そのものを、強制的に巻き戻しているかのような。

 完全な治癒には至らない。だが、致命傷だったはずの深い斬撃痕は、数十秒のうちに、辛うじて出血が止まる程度にまで塞がっていた。


 最初に異変に気づいたのは、ヴァルドだった。

 止めを刺そうと踏み込んだ彼の目が、信じがたいものを捉えて凍りつく。

「……傷が、塞がっている、だと?」

 ヴァルドの声は、低く、掠れていた。

 自分が全力で刻んだ斬撃痕。骨まで達した一撃。それが今、目の前で消えていく。あの幼女の手が触れた箇所から、淡い光に包まれて。

 それは、「敵を止める力」とは全く別種の恐怖だった。

 前回の力は理解できた。強大な魔力による制圧――桁外れではあるが、現象として説明がつく。

 だがこれは何だ。人間の肉体を、傷をなかったことにするかのように修復する力。そんなものは、帝国の最高位の治癒魔術師にも不可能だ。

「化け物め……!」

 ヴァルドの声が、僅かに裏返った。初めて見せる動揺だった。


 周囲の帝国兵たちも、その光景を目の当たりにしていた。

「おい、あれを見ろ……あの傷が……」

「塞がっている……血が止まって……嘘だろ……」

「触れただけで……? あの幼女が……?」

 前回のように身体を拘束されているわけではない。武器を持ち、動くことはできる。

 だが、誰一人として動けなかった。

 傷が癒えていく光景が、彼らから戦意を根こそぎ奪い取っていたのだ。

 人の肉体を意のままに修復する力。それはつまり、人の肉体を意のままに壊すこともできるということではないのか――そんな本能的な恐怖が、剣を握る手から力を抜かせていた。


 バルカスは歯を食いしばり、その光景を凝視していた。

 長い戦歴の中で様々な異能を見てきた。だが、これは次元が違う。

 先ほどの「拒絶」の力とは明らかに性質が異なる。破壊と再生。二つの相反する力が、一人の幼女の中に宿っている。

 バルカスの背筋を、氷水が伝い落ちるような感覚が走った。


 しかし、光は長くは続かなかった。

 ロリの身体から急速に輝きが消えていく。指先が、燐の背から滑り落ちた。

 少女の顔は蝋のように白い。唇から血の気が完全に失われている。

 それでも、小さな手だけが燐の戦闘服の裾をきつく握ったままだった。

 ロリは燐の背にもたれかかり、そのまま静かに意識を手放した。

「ロリ……」

 薄れゆく意識の淵で、燐は背に感じる少女のわずかな重みと、服を掴む小さな指の力を感じていた。

 この幼女は、自分を――傷を、癒してくれたのだ。

 あの途方もない力を、壊すためでも、拒むためでもなく、ただ自分を生かすために。


 戦場は凍りついていた。

 血に濡れた長剣を手にしたまま、自分が刻んだ傷が消えたという現実を呑み込めずにいるヴァルド。

 武器を構えたまま動けない帝国兵たち。その目には、戦意ではなく、理解の及ばない現象への原始的な恐怖だけが浮かんでいる。

 バルカス隊の兵士たちもまた、呆然と立ち尽くしている。敵も味方もなく、全員がただ一つの問いに囚われていた。

 ――あの少女は、一体何者なのか。

 倒れた燐の背にもたれかかるように意識を失った少女と、辛うじて命を繋ぎ止められた燐。

 次の一瞬が、どのような結末をもたらすのか、誰にも予測できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ