第1章-13話「呉越同舟」
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「我々と共に戦うか、それともここで奴らに捕まり、あの幼女共々どうなるか分からん運命を辿るか! さあ、選べ!」
連合軍の軍曹、バルカスの最後通牒が、張り詰めた森の空気の中で重く響いた。
その厳しい視線は真っ直ぐに燐を射抜き、返答を迫っている。
後方からは、ヴァルド率いる帝国本隊の、無視できないプレッシャーと魔力の気配が急速に迫ってきていた。
時間は、ない。
燐は、腕の中で小さく震えるロリの身体を感じながら、バルカスを睨み返した。
連合軍と協力する?
馬鹿な話だ。彼らはつい最近まで、血で血を洗う戦争をしていた相手なのだ。
帝国を裏切ったとはいえ、自分が元「時雨」の兵士であることに変わりはない。彼らが自分に向ける敵意は本物だ。
共闘など、できるはずがない。
だが――。
このままでは、ロリが危ない。
自分一人が死ぬのは構わない。だが、この何も知らない、ただそこに存在しているというだけで「禁忌」として追われる幼女まで、ヴァルドのような狂信者の手に渡すわけにはいかない。
たとえそれが、どれほどの屈辱と危険を伴う選択であろうとも。
(…くそっ、選択肢は、ないというのか…!)
燐は奥歯をギリリと噛みしめた。
ロリの震える手が、彼の戦闘服をさらに強く握る。その小さな温もりが、彼の決断を後押しした。
「……分かった」
苦々しさを声に滲ませながら、燐は答えた。
「協力しよう。だが、これは一時的なものだ。この場を切り抜けたら、俺たちのことは見逃してもらう」
「ふん、随分と都合の良い言い分だな」バルカスは鼻を鳴らしたが、今は交渉している時間はないと判断したのだろう。「よかろう! だが、妙な真似をしてみろ、その時は容赦せん!」
彼は即座に部下たちへと向き直り、鋭い声で指示を飛ばした。
「よし! 全隊、戦闘準備! 目標は後方から接近する帝国軍本隊! この男は側面支援に回せ! 防御陣形を維持しつつ、俺の合図で反撃するぞ!」
「軍曹殿! 本気ですか!? 帝国兵と、それも『時雨』の生き残りと共闘するなど…!」
「危険すぎます!」
バルカスの部下たち――歴戦の兵士であろう彼らから、当然のように戸惑いと反発の声が上がる。帝国兵、特に「時雨」に対する憎しみと恐怖は、彼らの骨身に染みついているのだ。
「黙って命令に従え!」バルカスは一喝した。「今は目の前の脅威を排除するのが最優先だ! 私情は後回しにしろ!」
その厳しい言葉に、兵士たちは不満そうな表情を浮かべながらも、しぶしぶといった様子で命令に従い、防御陣形を組み直す。魔導結晶を起動させ、魔力銃や剣を構える。彼らの燐へ向ける視線は、依然として厳しいままだ。
まさに、その時だった。
「――連合の犬どもめ! 邪魔をするなら容赦はせんぞ!」
木々の間から、ヴァルド隊の先鋒部隊が姿を現した。
その数は二十名以上。後続もいるだろう。
指揮官であるヴァルドは、連合軍の存在を認めると、顔に露骨な不快感を浮かべ、魔力で増幅された声で叫んだ。
「我々は帝国の名において、『禁忌』とその協力者を浄化する! 邪魔立てするならば、貴様らも同罪と見なす!」
そして、ヴァルドは躊躇なく攻撃を命令した。
「全隊、攻撃開始! 奴らごと、塵も残すな!」
帝国兵たちは、命令一下、燐たちだけでなく、バルカス隊に対しても一斉に魔術攻撃を開始した。
灼熱の火球、鋭い氷槍、痺れる雷撃が、再び森の中を飛び交う。
「ちぃっ! やはり話の通じる相手ではなかったか! 全隊、応戦! 防御障壁、最大展開!」
バルカスは悪態をつきながらも、冷静に防御を指示。
連合兵たちは即座に反応し、各自が魔導結晶を操作して個別の防御障壁を展開、さらにそれらを連携させて部隊全体を守る広域障壁を形成する。
緑色の光を放つ連合軍の障壁と、帝国軍の放つ色とりどりの攻撃魔術が激しく衝突し、耳をつんざくような轟音と眩い閃光を撒き散らす。
「ロリ、障壁から絶対でるな!」
燐もまた、ロリを背後にかばいながら、ヴァルド隊へと向き直った。
魔力はほぼない。だが、まだやれることはある。
彼は刀を構え、防御障壁の外縁で、帝国兵の接近を警戒した。
状況が開始された。
最初は、燐とバルカス隊の間には、目に見えない壁があるかのようだった。
互いに敵意を抱き、互いを信用せず、ただそれぞれの持ち場で戦う。
しかし、帝国軍の攻撃は苛烈だ。
数の利を活かし、魔術と白兵戦を織り交ぜて、執拗に防御網を崩そうとしてくる。
「右翼、敵兵接近!」
「障壁、損耗率30%!」
報告が飛び交う中、連合兵の一人が、側面から回り込んできた帝国兵の剣に気づくのが遅れた。
「しまっ…!」
彼が防御魔術を展開するより早く、剣が振り下ろされる――その瞬間。
「封!」
燐が思考だけで放った微弱な封印術式が、帝国兵の剣の勢いを僅かに殺いだ。
その一瞬の隙に、連合兵は辛うじて攻撃を回避し、カウンターの魔力弾を放つ。
「…助けられたのか?」
連合兵は、信じられないといった表情で燐を一瞥した。
また別の場面では、燐が複数の帝国兵に囲まれ、刀で必死に応戦しているところに、死角から魔術弾が迫った。
それを視界の端で捉えたバルカスが、咄嗟に叫ぶ。
「時雨! 右上!」
燐は警告に従い、身を捻って魔術弾を回避する。
「…言われなくても!」
燐は短く呟き、再び剣を構えた。
互いに敵意を抱きつつも、生き残るためには協力するしかない。
そんな奇妙な連帯感が、極限状況の中で生まれつつあった。
燐は、敵の魔術師が詠唱を開始する気配を探り、その瞬間に思考だけで封印術式を放ち、術式構築を妨害した。
その僅かな隙見逃すようなバルカスではなかった。即座に的確な指示を飛ばす。
「今だ! 左翼、目標、敵魔術師! 集中射撃!」
指示を受け、連合兵たちが統制の取れた連携で、防御障壁の隙間から正確な魔術攻撃を叩き込む。
帝国兵が数名、悲鳴と共に吹き飛んだ。
「くそっ、雑魚どもが群れても無駄だ!」
連携を見せ始めた燐たちに対し、後方で指揮を執っていたヴァルドが苛立ちを露わにした。
彼は自らも剣を抜き、前に出てくる気配を見せる。
絶望的な状況の中に、ほんの僅かながら、反撃の光明が見え始めた…かに思えたが
ヴァルドという最大の脅威が、ついにその牙を剥こうとしていた。




