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魔女は夜飛ぶ

作者: 水白ウミウ

「夜風が最高に気持ちいい、貴方もそう思わない?」


 栄華を極めた魔女も、今はひっそりと満天の星が輝く片田舎の夜空を飛ぶ。首のペンダントが揺れる。


 富も地位も力も、全ては魔法の力で思うままに願うだけ。

 魔法を極めた魔女によって世界は支配された。

 今そんなおとぎ話を誰が信じてくれるか、しかし過去には確かに実在していた。


 世界に満ち溢れた魔力は願いを叶える為にある。

 その酷く当たり前の理に気づいた魔女達は、全て術式を貪欲に書き換えた。

 彼女もまた理を犯したその一人であった。


 来る日も来る日も持てる膨大な魔力を注ぎ込み、魔術の研究を行った。

 対抗心も強く、他の魔女達を驚かせるのも悪くない。

 術式の定義から法則、応用と組み合わせとあらゆる研究をした。

 どれ程の時を掛けたのか、気にも留めることもなく。

 ただ彼女が他の魔女達と違ったのは、唯一の友達である少年の為というだけ。

 彼女はついに魔術の極致へと至った。


 あの時の瞬間、光景は彼女の網膜に今も焼き付く。

 嬉しさに、高揚感に、達成感。

 この魔術があれば、最も叶えたい願いが叶えられる。


 今すぐにでも試そう、いや明日にしよう、明日がいい。


 変わり者で不愛想な彼女をいつも優しい言葉と声で、励まし応援する友達……親友。

 明日は彼の17歳目の誕生日。

 大好きな彼の為の魔法。



「今日も夜の散歩でしたか」


 いつもの時刻いつもの時間、僅かな民家、あたり一面に広がる田畑と山々の周りを一周して舞い戻る魔女エルナ。


 なびく銀髪にはためき、ワンピース風の灰色の魔女の装束、どことなく香る甘く複雑な香りは無数の薬草を煮込む鍋を混ぜるためか。

 幼げに見える表情からは想像しえない年齢だが、スタイルは整いそこは彼女も女性。

 一人の大人として、姉として接する事が大事だと自然と覚えた。

 


「悠人も一緒に連れて飛んであげるのに」


 田舎の暗さは満天の星を一層輝かせるが、それでもなお魔女の美貌と気品には及ばない、たえそれが魔法による幻の姿であったとしても。


 だがその不死たる魔女は羨望の眼差しだけでなく、恐れ拒絶し排除しようとする者も多い。時にはその血肉を喰らおうと為る者もいた程に。


 そんな彼女達と利害を一致させ保護したのが、魔女に悠人と呼ばれる少年の一族、その一つであった。魔女の所有は一種のステータスであり力の象徴、魔女にとっても手厚く保護されることになったがーー。


「僕は高い場所苦手だし。それに二人の……」


 小柄で背の低い悠人は見かけに反すること無く、引っ込み思案で大人しく気を回し、常に大人の顔色を窺うような少年となっていた。

 それでも魔女と話をすると時は心が落ち着き目を見て離す事ができた。


 悠人は魔女が好になっていた。

 彼女の一番になれないと知っていたとしても。

 彼女の好きな人は遙か昔に死んでいるのだから。


 現代では魔術の中には禁術とされるものがある。命を対価とする魔術、お金を生み出す魔術、そして人の心を操る魔術。


 彼女が選んだ禁術はーー。



「明日の朝、一族の集まりがあるそうなので、参加……できますか?」


 申し訳のなさうそに尋ねる悠人。


「もちろん。拒否権もないでしょ?」

「そうなんですが。予定とかあったら困るなって思いまして」

「悠人、はぁ……あなたね。私の次の主なのだから、堂々と命令すると良いわよ?」

「えっと……はい」困った様子で生返事をする悠人、心優しい少年ではあるが今後の行く末に少しばかり憂慮して魔女は空を見上げる。


 確かにあの頃に比べれば自由も覇気も無いかもしれない、だが今の生活も決して悪いものではない。穏やかな生活、望んだ願いは叶えられなかったけれど、希望は繋がっている。

 それでも魔女の心にはぽっかり空いた穴が埋まらずにいた。


 カシャ。


 シャッター音が虫の音を横切るように鳴る。いつの間に魔女の手には、古めかしい箱形のフィルムカメラのような物を持ち、悠人の困り顔を撮影していた。


「古いけど、これ魔法で動く機械なのよ? 暗闇でもばっちり、悠人の変顔は写ってるわ」


 時折、子供のようにいたずらをしながら、自慢げに口角を緩め笑う魔女。ささいないたずらで怒る気にはなれないが、気を引こうとする彼女が愛おしく思える悠人。

 一族の大人達に囲まれて雄弁で闊達な姿は強い魔女を表し嫌いではない。だが、二人だけの自然体な彼女は自分だけのもので、手放したくないと。



「じゃあ、一つだけ命令。わがまま聞いて貰っていいですか?」


 さらさらの前髪が伸びて目元を隠し、胸の前で手を組んでもじもじ動かす少年の姿。


「ワガママ言うなら、堂々とやりなさい悠人」

「はいッ。じゃあ、この前見つけた秘密の場所、景色が凄く綺麗で、朝日も見られて……行きませんか?」

「もう悠人ってば、ふふっ。朝の会議もズル休みってことね!」

「えっ、あーっと、はい!!」

「ふふ。ズル休み、いいわね。早速行きましょ」


 納屋に立て掛けた箒に再び跨がり、悠人の手を取り力強くたぐり寄せる。二人を乗せた箒は夜空へ舞い上がる。 振り落とされぬよう魔女の背に密着する。風を切って飛ぶ感覚は確かに気持ちが良い、二人だけの夜空の散歩。


 

 ただあっという間、集落を見下ろす山の山道に舞い降りた。 

 鬱蒼と茂る山の中腹。ここだけせり出した岩壁と木々の重なりが丁度良く、満天の星と眼下に広がる集落、その遙か遠方の山々まで見下ろすことができる場所だ。


 飛んでいるだけでは気づかない場所。何処からともなく清水が流れる音も熱さを忘れさせてくれる。


 一族以外の人前へ出ることを嫌う魔女のために、歩き探した誰にも邪魔されない場所。


「私の為に探してくれたのでしょ?」

「それは……はい」


 全てお見通しだった。

 照れくさそうに頷く悠人の顔は、暗闇の中でもハッキリ魔女には見えていた。


「で本当に良い場所ねここ」

「星空も街の明かりと景色も、風も気持ちいいわ」

「でも良いのかしらね、こんな秘密の場所を私の為に教えて」


 彼女の澄んだ青く光る目、その美しい眼で時折寂しげに空を見上げる視線。

 過ぎ去った過去を考えていた。


「僕は貴方の一番にはなれないのは分かってます。でもは貴方が一番好きです。だからーー」

「悠人、あなたは勘違いしているわ。私はあなたのような優しく清廉な魔女ではないの」

「大好きだった人に拒絶されたくない一心で、心を操る魔法を研究して、添い遂げようとした愚かな魔女なの」

「でも使う事は出来なかった、そうですよね?」

「それは……そうだけれど」

「優秀で強かったご先祖様には僕は勝てないけど、気持ちだけなら負けませんから!!」


 二人の間を冷たい強風が吹き抜ける。


 嘗て魔女が好きなった悠人の先祖にあたる少年。『好きになる魔法』を完成させ一八歳の誕生日に使うとしたが、少年はその日の朝に亡くなった。悠久を生きる魔女にとっては、ほんの一瞬の出来事である筈だけれど。


 小さい頃に聞いたその話をずっと忘れずにいた。大切な人の忘れられない過去の記憶。



「僕だって今は体を鍛えて……へっくしゅん」


  夏とは言え、山の上は気温が下がる。


「もう悠人ってば。告白の練習もいいけど、実戦経験はもっと積んでおくべきね」

「思い通りに行かないのが恋、らしいわよ?」

「見てた……のですか?」

「使用人の女子達と一緒にね? みんな応援してたわよ、ふふッ」


  暗闇でも目が利く魔女だと分かる、真横に顔をそらす悠人だが全身が熱く真っ赤に染まるのが分かった。


「だ、誰にも見られて無いと思……ううッ」


 恥ずかしさの余り、膝を抱えて蹲る。

 広い屋敷の隅にある古びた物置蔵、普段は誰も近づかず一人になれる場所。そこでこっそり悠人は告白の練習をしていた、つもりだったが。


「ねえ悠人」


 小さくなっている悠人の頭をポンポンと二度優しく叩く。そして優しく「ほら立って」と声をかける。


「でもね悠人に告白されたのは本当に嬉しいわ。今まで誰からも『好きです』て告白されたこと無いもの」

「あの人も……本当に私の事を好きだったのか、今では自信がないの。笑っちゃうでしょ?」

「好きに、好きに決まってますよッ!!」


 感情がぐちゃぐちゃになって、半べそで涙をためながら言い返してくる姿に思わず笑う魔女。


「人のこという前に、自覚持った方が良いですよ!! 家のみんなも好きだって思ってますから!!」

「美人で優しくて、時々可愛くて好きにならない人いるわけないですよ」

「えっ……あーえっと、まって。そこまで面と向かって言われると恥ずかしい」


 誰もいない山の中で言い争いという痴話喧嘩。初めてお互いの気持ちをここまでぶつけ合った事は今まで無かった。何処かお互い遠慮し、触れてはいけない部分を察して一歩引いた関係だった。けれどその居心地の良さから一歩踏み出す事を選んだ。


 すっかり魔女の頬も赤らめていた。

 魔女は大きく「ふーうぅ」と息をついた。


「そうね……」

「私も魔女の誇りに賭けて誓うわ。悠人、あなたを好きになるよう、努力してみせなさい」

「何時まででも、何時まででも待ってあげる」

「もしそれでも僕の事を好きに、一番好きにならなかったら?」

「その時は、私は私自身に『人を好きになる魔法』をかけて、悠人を好きになってあげる。一生最期まで好きでいてあげる」

 

 悠人はやれやれといった具合にため息をつく。


「大丈夫ですよ!」

「そんな魔法はもう忘れても! ご先祖様には負けませんから」

「あら、随分頼もしいわね、フフっ」


 涙は消えていつもの幼げで優しい表情から、強気なカッコイイ少年を思わせる悠人がそこにいた。

 悠人の手を力強く握り、互いに伝わる熱い肌の感触。


「魔女って束縛するタイプなのよ?」

「嫌いじゃないですよ」


  ニッコリと微笑んで返す悠人。

 並んで見上げる星空は、一層輝きを増して美しく見えた。

 

 恋に不慣れな二人は、 シャッターを切るのも忘れ静かにこの景色を見つめ続ける。

 いつか本当の恋人同士になるその日を思って。









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