作家になるのは諦めました〜妹よ、あとは良きにはからえ〜
高校2年の冬、俺は受験に専念することにした。
今まであわよくばと、趣味で書いていたweb小説をやめて、受験勉強に集中しよう。
「えっ、お兄ちゃん、あの評価ポイント100も入ってないやつ、まだ書いてたの」
仕方ない。妹に、第一の読者の白羽の矢を立ててしまったから。断じて友達がいないから妹に査読をさせたわけではない。妹は読書家だし国語や英語の成績もいいし、文章に対する洞察力も高いと判断したからだ。断じて、小説を読んでくれる友達がいないわけではないのだ。
まぁ、途中からあまりにも辛辣な妹の批評に見せることをやめたわけだが。感想にはオブラートが欲しいです。お兄ちゃん、筆を折って、キーボードをカチ割るところでしたよ。
「ちょっと読んでみるね」
「好きにしろ。暇だったら続きを書いていいぞ」
エタるのは、申し訳ないし。まぁ、数名しか読んでない弱小小説だけど。
そして批評より創作の方が難しいんだということに、妹よ、気づくがよい。ざまぁしてやろう、口ほどにもないと。
「わたしが書いたら、月間一位ぐらいになっちゃうよ」
ははっ、大言壮語。
後で、今までの辛辣すぎる批評を倍返しでしてやろう。
ま、とにかく、今は受験勉強です。小説の儚き夢のことは忘れます。
しばらくして、受験の天王山である夏休みに入りかけていた。
俺は少しの気晴らしと、web小説サイトを開いた。
「ん、俺が書いていた小説と同じ名前で、しかも同じペンネームの作者のが、ランキング一位になっているだとっ」
『言い訳クリエイティブ 俺はまだ本気出してないだけ』
『あらすじ
全面改訂、書き直しました』
ぜ、全面改訂だとっ。
俺の努力の結晶が、改稿の嵐。
いやいやいや、全面改訂と言っても、元の素材が良かったから、これだけ伸びてるんだよな。
ちょっと読んでみよ。ランキング上位になったからって調子に乗るなよ、俺だって本気を出せば、それぐらい。俺は、読者に媚びないクリエイティブな創作をしていたからな。
「………………………………………………」
お、面白いじゃないか。げ、原型を留めてないけどな。
もう別の小説です。
地味に、書籍化決定とか報告してあるし。
歯磨きをしている音がする。もう寝る時間か。
洗面台の方に俺は歩いて行った。
「妹よ、兄のアイデアのおかげだな」
「ん、はにが?」
シャカシャカと磨く手を少し止めて、また再開する。
「web小説、大人気みたいじゃないか」
「ほうだね。ほうでもいいけど」
なに、書籍化ざまぁされないだと。わたしの実力を思い知ったか、もう遅いじゃないのか。舐めた口をきいてきた兄をフルボッコしました、じゃないのか。
「多少は、文才があったみたいじゃないか」
上から目線で、もっと押してみよう。
妹は歯磨きを終えて、コップの水を含みうがいをした。
「なーに、お兄ちゃん、やっぱり書きたくなったの。続き、書いてもいいよ」
我が妹、手柄を自慢する気がないだと。それどころか、ポンと投げ渡しそうなレベル。
「いやぁ、つい調子にのって、いっぱい書いちゃったけど、もう飽きたっていうか。もともとお兄ちゃんの作品だし、好きにしていいよ」
「全ワナビーに謝れ」
「ワナビー? ワラビーじゃなくて」
妹、web小説界隈に疎いまま。
いや、すごいんだぞ、あのサイトで月間一位っていうのは。俺だったら、自慢しまくる。いや、言わずに内心で俺は本当はすごい人間だとほくそ笑む。
「ごめんごめん。好き勝手書いちゃって。あとは任せた。あっ、編集者さんとのやり取りもめんどいから、あとよろしく」
おい、妹は。後で後悔しても知らないぞ。二つ目当てるのが難しいんだ。一作目で終わる作家の墓場を知らないのか。
「作者、体調悪い。展開、つまんない」
「『ーーーー』ここって伏線じゃなかったんですか」
「十話前から単調すぎる。やる気なくなった」
「感想欄荒れてますね。でも信じてます。ここから面白くなると」
「作者、半年前の文章力に戻る。改訂前を知っているツウ」
絶望した。妹よ、プロットどうなっているか、見せてもらえないだろうか。ここからどうすればいいんですか。展開が思いつかない。才能が枯渇しています。というか、受験勉強しないといけないんですけど。
「ゴミ」
あっ、妹から誹謗中傷を浴びました。
「あそこから、ここまで持っていくとか。まともにストーリー考えた経験がないんじゃない。大丈夫、お兄ちゃん、ずっと帰宅部で小説書いてきて、これなの?」
すみませんすみませんすみません。
文才の欠片もない兄ですみません。
ダメなお兄ちゃん、ですみません。
「とりあえず、今書いた分は、全部改稿するね。展開とかセリフとか書き出して……めんどい。自分で書いた方が早い気がしてきた」
「そこを、そこを、なんとか」
「はぁ、めんど。もう打ち切りで良くない。俺たちの戦いはこれからだで」
「読者も編集もブチ切れそうですけど」
「そんなの、わたし知らないし。怒らせとけば」
妹が、自分の小説の価値を分かってない件について。
そんないきなり伏線投げっぱなしエンドなんてできるわけないじゃん。
「仕方ない。妹に兄として説教しないといけない時もある」
「さっきまで謝罪してた口で」
「わかってるか。この小説はチャンスなんだ。次はあると思わないほうがいい。運が良かったんだ。次の作品も、こんなに人気が出てヒットするとは限らないんだ。だから、この作品をすばらしい作品にしないといけないんだ」
「ふむ。じゃあ、もう一個、月間一位に載せたら、そっちの小説は適当でもいいという……」
おい、妹よ。
さすがにそれは無理だぜ。ビギナーズラックで調子にのっているところ悪いが。
「じゃあ、そっちは、適当に展開書き出して渡すから。わたしは、うーん、なんかお兄ちゃん、他にもエタってたの、あるよね。それを全面改訂しようかな」
数ヶ月後、出版社さんとのやり取りをしに、喫茶店へ。
「ツチノコ出版のモチノキです」
とりあえず、注文して適当な挨拶のやり取りをした。
それから。
「とりあえず、出版時期は、来年の冬あたりになっているのですが、その、大変言いづらいのですが、最近のストーリーはいったいどうなっているのでしょうか」
「えっと……」
「いえ責めているわけではなくてですね。こちらとしてはシリーズ化して、何巻も出したいと思っているんです。ですが、いや、その、書籍で改訂するという手もありますしね」
妹よ、僕はプロットをもらったぐらいじゃ、どうにもならないようですよ。
「いや分かってます。新作の方に力を入れすぎているというのは。よければ新作の方もウチで出して欲しいんです。でもですね、その二兎を追うもの一兎をも得ずというふうに、こう片方の作品の魅力が落ちてしまうと、もったいないなと」
一兎はしっかりしてますよ。妹が書いてますから。
「すみません。受験勉強もあって、ちょっと難しくて」
言いわけ言いわけ。無難な言い訳。
「あー、そうですよね今年受験生ですよね。うーん、一度、一作に絞りませんか。その、出版は約束するので、受験が終わるまでは無理をせずいい作品を書いてもらえたら」
妹よ、ごめん。
「えーっ。こっちも書籍化するの。めんどうすぎるんだけど。それに、やっぱり、そっちも適当じゃダメなんじゃん。」
ごめんなさい。兄は役立たずです。
ごめんなさい。兄は文章力がない。
「全部、書籍化の打診断ってたのに。なにしてくれてるの」
「って来てたのかよ」
「めんどいめんどい、めんどーい。友達と遊ぶ時間なくなるじゃん」
なぜ神は妹に文才をお与えになったのか。
「お兄ちゃん、あとは任せていいかな。全部好きにしていいよ」
「妹よ、もはや後戻りはできない。お前が始めた物語だろう」
「いや、お兄ちゃんが書き始めた物語だよね」
「とにかく、お前には才能がある」
「いやいや、周りがなさすぎるだけでしょ」
だから、妹よ、そんな軽口言ってると敵が湧きまくるぞ。
「読者がお前の小説を待っているんだ。書くしかない。終わらせないといけない」
「でもさ、お兄ちゃんが作者ってことになってるし、わたしが逃げたって大丈夫だよねー」
「さて、女子高生作家として、学校中に喧伝しようかな」
「や、やめてよ。恥ずかしいでしょ。てか、そんなことしたら、マジで書かない。一文字も書かない」
脅迫返しされた。
「兄の全面バックアップで小説を書いてください。なんでもします」
「ふむ。よろしい。まずは、肩揉んで。疲れてるから」
「ははっー」
「えっ、作家ってこんなに儲かるの」
「いや儲からないから。大人気作品だからだから」
「ごめん、お兄ちゃん。わたしが間違ってたよ。これは食える」
「やめておけ。専業作家なんて狭き門を叩こうとするな」
「兄に生活の大半を任せて、キーボードで文字を打つだけで暮らせる」
お兄ちゃん、妹が心配だよ。才能に驕ってると、ざまぁ味噌漬けされるのに。
「よーし、一生働かなくていいような小説を書くぞー」
「そんなモチベーションを持つなっ!」