第九話 おっさん、家に帰る
「この短い時間でよくそこまでゼクトさんの事がわかりましたね」
「それほどでもない。経験だ」
「? 長命種の方ですか? 妖精族にも魔族、龍人族にも見えませんが」
呼ばれたオレは網籠を手に取り受付に行った。
するとまた話し始めていた。
……種族について注意しておくの、忘れていたぁ!
ホムラは見た目は人族のそれだ!
龍人族や魔族のように角が生えているわけでもないし妖精族のように特徴ある耳や姿をしているわけでもない。
しかし彼女は悠久の時を生きる精霊。特殊な人間にしか見えない存在。人を傍で見ている存在だったはずだ。
様々なことを見てきただろう。
しかし今はそれが話をややこしくする。
彼女の見聞きしてきたものの多さは人のそれを遥かに上回る!
それをホムラが披露すればどうなるかわかったもんじゃない。
少なくとも話が大きくなり、目立ち、おかしな方向へ行くのは必須だ!
どうにかしなければ!
聞こえてくる声に冷や汗を流しながら受付に着くと少し強引に網籠を台に置いた。
「ダ、ダリア。これ依頼完了」
少し強引過ぎただろうか。少し疑わしいような表情でこちらを見ながらもダリアはホムラとの話をいったん中断し、完了の手続きに入った。
その間にホムラを少し横に寄せて小声で話す。
「……ホムラは種族、どう説明するつもりだったんだ? 」
「普通に人族だが? 」
「いやまて。それはまずい」
「どうしてだ? 見た目も人族のそれだろ? 」
「それが逆にまずい。良いか。人族だけは名乗るな」
「何故だ? 」
「……ホムラは今まで色々なものを見聞きしてきただろ? 」
「ああ」
「だが人族の寿命じゃ説明できないレベルの知識を披露したら「おかしい」と思わないか? 」
そう言うと「なるほど」と言い頷いた。
どうやら分かってくれたようだ。よかった。
……。というかオレはいつの間にホムラの世話係になったんだ?
「ゼクトさん。終わりましたよ」
後ろから冷たい声が聞こえる。
振り向くとそこには冷たい笑顔のダリアが。そしてオレは呼ばれるままに、またもや体を震わせつつ依頼料を取りに行く。
受け取るとダリアがニコリと笑顔を作り口を開いた。
「私が受付処理をしている間にどんどんと仲を進展させているようで」
「それは誤解だ。彼女——ホムラはあくまで友人。それ以上でもなんでもない」
「本当にそうでしょうか」
ニタァと笑顔を歪ませながらそう言うダリア。
が、そこでふと考えが頭を過る。
何故オレは弁明しなければならないんだ?
よくよく考えればダリアも「友人枠」だ。
多少面倒を見ているが、それ以上に発展した覚えはない。
告白はされるが全て断っているし、なにより恋人でもない。
もっと若い頃ならば恋人になっていた可能性もあるが、あの時は大変だったからな。そんな余裕はなかったわけで。
よって、そもそも無いに等しい「誤解」を解く必要はないわけで。
あれ? オレ自分で自分を苦しめてる?
オレ、自己弁護しなくていいんじゃ?
「まぁいいです。お友達のホムラさんにはこれからもお世話になるでしょうし、今回は見逃しましょう」
「いや。なんでオレは罪人扱いなんだ? 」
「早朝の告白からホムラさんとの出会いまで、よくよく考えてください」
ぐぅ!
そう言われると痛い。
確かにダリアに対して無神経ではあった。
しかしホムラを放っておくわけにはいかなかったわけで。
「で、ホムラさん」
「どうした? 」
「どこに泊る予定なのですか? ご相談したいことがまだあるのですが」
あ、ちょっ!
「ゼクトの家だ」
「!!! 」
目の前のダリアが後ろに倒れかけ——踏ん張り、両手で机を掴み勢いよく受付台まで体を引き寄せた。
「……ふぅぅぅ。なにやら幻聴が聞こえたようです。確認のため……コホン。ホムラさん。どこに泊る予定なのですか? 」
「幻聴じゃないぞ? ゼクトの家だ」
またもや倒れかけ、踏ん張るダリア。
ここまで彼女が取り乱したのは初めてかもしれないな。
「な、なるほど。ゼクトさんの家ですか。ゼクトさんの家。ゼクトさんの家。ゼクトさん! 」
「はい! 」
「私も泊まります! 」
「ダメです! 」
勢い良く言うダリアに勢いよく断るオレ。
人形を泊めるのとダリアを泊めるのとでは訳が違う。
今まで、確かに泊めたことはあるがあれもやむを得ずだった。
時折ダリアが来ることはあるが、ただそれだけ。
「くぅ……。なんでホムラさんが良くて、私がダメなんですか」
人と人形では意味合いが違うからです。
「こうなれば強引にでも……。いえ、やはり……。くぅっ! 」
何か決断したのか唇を噛み血の涙を流している。
そんなに羨ましいのか!?
と、言うよりも時々来ているだろうが。
「わ、わかり……ました。が、が、が、が、我慢します。し、仕方ありません。身寄りがないのですから」
「あ、ありがとう。だが……大丈夫か? 」
「大丈夫、です。お気になさらず」
そ、そうか、とだけ言い別れの挨拶をし、ギルムさんとエリック助祭に手を振ってホムラと一緒に冒険者ギルドを出た。
★
「なぁ。ダリアと何を話していたんだ? 」
「貴君についてだ」
「いや、確かにダリアならばその話題になるだろうが、具体的に何を? 」
「それは言えない」
冒険者ギルドからオレの家に行く途中、ホムラにオレは聞いてみた。
あまりにも敵意から親密になる過程が急展開過ぎる。
そして最後の血の涙を流すダリア。
絶対に何かあったはずなのだが答えてくれない。
「まぁ無理に答えろとは言わないが」
「聞かない方が良い事もあるというわけだ」
そう言われると余計に聞きたくなるだろぅ!
「はぁぁぁぁ。それはオレに実害があるものか? 」
「それに関しては大丈夫だ。安心してくれ」
「本当にだな? 」
「本当に、だ」
繰り返し、聞く。
ダリアが何か企んでいるのは明白。
これまでにも様々な手段を取ってオレの気を引こうとしてきた彼女だ。
そこから推察するにホムラを通してアピール、という所か。
しかし実害がない。
ならば方法は限られてくる。少なくとも数年前までやられていた物理的にアタックされる方法ではないだろう。
今回はホムラを使った揺さぶりか?
いや、彼女は案外慎重なところがあるし、今まで村全体のコミュニティを崩すようなことはしなかった。
過去からの傾向を考えるとオレ、ホムラ、ダリアの三人で接触機会を増やすのが目的、と言ったところか。
「ま、考えても仕方ないか。ついたぞ」
「ここがゼクトの家か」
足を止めて家を見上げてホムラが言った。
ここまで如何だったでしょうか?
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