第七十二話 Dear my fairy
水の都から帰宅して数か月。
俺達はいつも通りに過ごしている。
「お帰りなさいゼクトさん」
「ああ。ただいま」
家に帰ると浴衣を着たダリアが迎えた。
結局の所水の都で彼女は浴衣を買った。
それなりに値が張ったがここは大人二人。長らく独身が続いた二人の貯蓄を舐めてはいけない。
買った彼女は時々こうして家で浴衣を着て楽しんでいる。
楽しむのは良いが洗うのは俺だから、出来ればもっと慎重に着て欲しい。
この浴衣。洗うのが大変なのだ。
「今日はスープです」
「! ダリアが夕食を作っただと?! 」
「何を驚いているのですか? 私とて日々成長しているのです! 出来ない道理はありません」
俺が心配しているのはそれ以前の問題だ。
ダリアの料理は壊滅的。
本当に、食べた人の、お腹を壊滅させるほどに。
ヤバい。嫌な汗が出て来た。
「お、帰って来たのかゼクト」
「早く椅子に座りなさい。ゴミ虫」
「ゴミ虫呼ばわりは変わらない、か」
ホムラとミズチは今日ギルドを休んで村の仕事。
二人は帰って来たみたいで椅子に座っていた。
この二人は知らない。
その席が死地であることを。
「さ。ゼクトさん。座ってください」
ニコリと笑みを浮かべながらダリアは台所へ行った。
料理を取りに行ったのだろう。
いつもは美しい彼女の笑顔が今日は死神の笑顔にしか見えない。
俺は寿命を待たずに死ぬのかっ!
「どうした? 座らないのか? 」
「いつもに増して気持ち悪いですね。これだから人間は」
ミズチの罵詈雑言も今日はマイルドに聞こえるから不思議だ。
「まだ座ってなかったのですか? 」
ダリアが料理を運びながらそう言った。
答えないわけにもいかずに「今座る」と言い、移動。
荷物を下に置いて料理を前に……あれ?
「……普通だ」
「これでも頑張ったのですから当たり前です」
その言葉に俺は感動した。
溢れようとする涙を拭いながら「頑張ったんだな」とダリアに言う。
「……少し大げさすぎやしませんか? 」
「決して大げさではない。ダリアが普通の料理を作れるようになった。これは我が家の重大案件だ」
はぁ、と少し呆れているダリアから離れて机に向く。
ダリアも席に着き祈りの言葉を言い食事にした。
俺の意識はそこで途絶えた。
★
死の縁から蘇り更に数日、俺は机についていた。
木の机の上には白い見開きの冊子が一つと羽ペンが一つ。
この前の事もあってか「死」というものを身近に感じるようになってきた。
いつ訪れるかわからないそれ。
冒険者をやっていたこともあり多くの「死」を見てきたが、いざ自分に降りかかるとなると残していく者の事を考える訳で。
なにを書いたらいいか……。
椅子に背もたれ少し唸る。
日記調にするか、手紙長にするか。
ダリアは——不慮の事故が無ければこの先何百年と生きるだろう。
まぁここには数百年生きる魔族がいるから不思議ではない。
しかし俺の寿命はあと少し。
生きても三十年、いや二十年が限界と思う。
その内容を書いても良いが……、味気なさすぎる。
この白いページと同じで薄すぎる。
ならば……そうだな。
書こうか。
ダリアとの楽しい日々を。
これからの事を、皆との思い出を。
そして彼女がこれを見た時泣かないように書いておこう。
見守っていると。
笑って過ごしてくれと。
そうだ。
この日記に添えておこうか。
俺達が手を取っている木彫りの人形を。
「さて書いてみるか。俺の愛する妖精へ」
<完>
最後まで読んでいただきありがとうございました。
本作はこれで以上になります。
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では他作でお会いしましょう。




