第四十九話 何気ない朝
「起きろ、ゴミ虫! 訓練の時間だ」
罵声が聞こえ、体に痛みが走る。
ベットから飛び起き「何をする! 」と怒った。
「お姉様から聞いた。貴様は朝から訓練をしているようだな。ならばワタシが手伝ってやろう。ありがたく思え! 」
ギランと威圧の籠った瞳でオレを見降ろす、小さな同居人。
すぐさまベットから降りて彼女を見下ろす。
「……まだ時間じゃないんだが? 」
「訓練に時間など関係ない。ワタシがやると言った時間が訓練の時間だ」
なにその理論、と思いつつも溜息をついて、まだ暗い部屋に風を通す。
後ろから「早くしろ! 」と声が聞こえてくるが気にせず外を見る。
誰もいないはずなのだが後ろが騒がしい。
周りに家が無くて本当に良かったと思うな。
「わかった。わかった。今行く」
「全く、ワタシを待たせるなど、どういうことだ」
「オレ達人間はお前達とは違うんだ。時間の感覚も違えば、疲労度合いも違う」
バタンと締めて壁際に行く。
訓練の支度をすると、早くしろというミズチの声に促され、オレはそのまま訓練場へと向かった。
★
「ぜひぃ……ぜひぃ……ぜ、ひぃ……。お前加減が無さすぎだろ」
「この程度で根を上げるとは軟弱者め! 」
細剣を軽く払ってオレに言う。
太陽も少し上がっており、彼女の青い髪がキラキラと輝いている。
魔力さえあればほぼ無尽蔵に動ける精霊人形とは違うんだ。
体力勝負に持っていかれたら勝ち目がない。
「さぁ。これで訓練とやらは終了だな」
そう言いながらミズチが細剣をしまう。
「これから朝食をしろ! お姉様に貢ぐのだ! 」
オレを見降ろし指さしながらミズチがそう言った。
こ、こいつ何様だ?
というかもしかして朝の訓練を早めたのはホムラに早く朝食を届けるためか?
有り得る……。ホムラのことになると異常な反応を示す彼女だ。ホムラが朝食を早めに食べたいとでもこぼしたのならば、彼女は実行に移すだろ。
加えるのならば訓練は毎日ホムラと一緒にやっていた。もしかしたらホムラと二人っきりで訓練というのが彼女の癇に障ったのかもしれない。
が、ホムラがそれを許すとは思えない。
ミズチが代わりとしてやってきたということは、どうにかしてホムラを言いくるめたのだろう。
そう推論するも、首を振る。
結局の所、彼女の行動を読もうとしても無駄なのだ。
ここ一週間でそれがよくわかった。
ホムラのことになるとすぐ暴走するし、意味不明な行動をすることも多々あった。
結局の所彼女を抑えつつ、穏便な所で妥協点を見出すのが最善。
「分かったよ」
と、だけ言いオレは立ち上がる。
調理場へ向かった時にはもう日が上がっていた。
「ふぅ……。食べた、食べた」
「お姉様。お口が少し汚れています」
オレの前で茶色い布でホムラの口元を拭くミズチ。
だが口元を拭く彼女の顔はだらしない。
ミズチに限ったことではないが、彼女達が持っている道具はどれも見たことがないような一級品だ。
この茶色い布でさえ布を外枠が金糸で縫られており、素材も神々しく光っている。
正直口を拭くためのものじゃないと思いつつも、オレを含めた三人分の食器を調理場へ運ぼうと席を立つ。
「ゼクト殿。私も手伝おう」
「お姉様はここでお待ちになってください。ワタシが、行きます」
「そうか? いや、そうだな。私よりもミズチの方が手加減がうまい。私がやったら壊しかねないからな」
「お、落ち込まないでください。ワタシはそのようなことを言うために代わりを申し出たわけではありません。お姉様はここで休んでいてください! 」
「……不本意だが、ミズチに頼むよ」
「ワタシとお姉様の会話に入ってくるな! ゴミ虫が!!! 」
軽く殺気を飛ばされながらもそれを受け流して場所を移動。
「お姉様が口に入れるものはワタシがやろう」
「はいはい」
軽く頷きながらも彼女に一つ桶を渡す。
するとオレが机に置いた皿やお椀を彼女が手に取っていた。
ミズチの分とホムラの分。
彼女は渡された桶に「水の精霊よ」と唱えて水を張る。そしてそこに食器を入れた。
「本当に便利だな……」
「この家が不便なだけだ」
「そんなことはないと思うが……」
そう言いながらもオレは自分の桶に食器を入れる。
沈めて、作業を終えようとすると隣から声が聞こえてきた。
「水流操作」
声の方を向くと片手をかざすミズチが。
彼女から桶に目を移し、覗くと水がぐるぐると回転している。
心なしか汚れが落ちているように見えた。
「それは魔法か? 」
「馬鹿を言え。水を動かすように小精霊を操作しただけだ」
それを聞いて「確かに」と思いつつも、相も変わらず言葉が汚いと感じた。
彼女達は精霊だ。
精霊や精霊術師というのは小精霊を操作して精霊魔法を発動させる、とホムラから聞いた。これには魔力は介在しない。本当に『精霊の力』のみでおこなうようだ。
もし水流操作を魔力操作の延長で使っていたのならば、彼女の今日の残存魔力量が気になる所。彼女達の保有魔力量は一日で尽きる程ではないとは思うが、慎重なオレからすれば勿体ない使い方だと感じてしまう。
「なんだこっちを見て。気持ち悪いな! 」
侮蔑の言葉と冷めた瞳を向けてくる彼女を見て、「慣れてきたオレが怖い」と思う。
苦笑い浮かべながらもオレは作業を一段落させる。
調理場を出ようとすると、玄関の方から声が聞こえてきた。
「ゼークートーさーーん! 朝ですよ! 」
何故にダリアが?
★
「今日は珍しい事が起こるな」
「私だって毎日寝坊助ではありません! 」
広間でオレの横に座るダリアが顔を近づけてきながら抗議してきた。
しかし信じられない。朝早くにこうしてオレの家に来るとは。
オレが向かい起こしに行くのが殆どなだけに今日の事は天変地異を予想させる。
「確かに、毎日寝坊助なら仕事にならないしな。オレの知らない所で奇跡のようなことが起こっていてもおかしくない」
「そうです、そうです……って何気に私、貶められていませんか? 」
聞き返すダリアを軽くスルーしながら「で、今日はどうしたんだ? 」と尋ねた。
近づけようとする顔を——物理的に——離しながら、ダリアは軽く咳払いをしてオレの方を向いた。
「今日、私休みなので村でも見て周りませんか? 」
「村、を? 」
「ええ。デートです! 」
そう言いながら彼女が立ち上がる。
えぇ……。
ここまで如何だったでしょうか?
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