第四十三話 おっさんの悲劇
「大丈夫ですか、ゼクトさん! 息をしてますか、ゼクトさん! 苦しいところはないですか、ゼクトさん! 」
ガタガタガタ……。
「……ダリア。心配してくれるのは嬉しいんだが、恥ずかしい」
「なにを言いますか! ゼクトさんの体調を心配するのは友人の役目! これだけは譲れません! 」
「何か変な単語が聞こえたような気がするが……。そうじゃなくてな。幾ら閑散としているとはいえ荷台に載せられた状態で大声で叫ばれたら、普通に恥ずかしいんだが」
でも! というダリアから軽く目をそらして空を見上げる。
背中からは「ガタゴト」と音がし、振動が伝わってきていた。
少し顔を動かすと、そこにはホムラのスカートが見える。
中が見えそうで軽く顔を逸らすとそこにはミズチの顔が。
「変態ゴミ虫がっ! 」
「まだ見てない! 」
「なにをだ? 」
「気にするな」
そうか、とだけ聞こえてきてホムラが再度正面を見た。
ミズチとの戦闘後、不覚にも腰をやられたオレはホムラが急いで持ってきた荷台に載せられて家に向かっている。
何故か今日オレの家に来ていたダリアがついてきて、大袈裟に心配した。
ダリアはミズチの存在に気付くと今にもとびかかりそうな雰囲気だったが、オレの怪我の治癒を優先したらしい。
オレの手を取り「カタコト」と音を鳴らす荷台に並走している。
「全く、情けない。人間はひ弱だな」
「魔力が不足したら声も出ないお前にだけは言われたくない」
「人間? 」
「そう言えばダリアはオレに用事があったんじゃないのか? 」
ミズチの言葉に頭に疑問符を浮かべるダリア。
すぐさま話題を変えて注意を逸らす。
「私ですか? 特に用事は無かったのですが……」
「ですが? 」
「「来ちゃった♪」というのをやりたくて」
と、顔を赤らめ、もじもじしながらダリアはそう言った。
あ~つまるところ用事はなく遊びに来ただけか。
彼女らしいと言えば、彼女らしい。
目線を彼女から外して空を見た。
「着いたぞ」
頭の方からホムラの声が聞こえてきた。
どうやらオレの家についたようだ。
★
「ふん! 小汚い家だ」
「……そんなことを言っていると部屋を別にするぞ? 」
「ミズチ。家主にそんなことを言うもんじゃない」
「ごめんなさい。お姉様! 」
「ものすごい豹変っぷりですね」
ミズチの急激な態度の変化に困惑気味のダリア。
彼女に肩を借りながら自室へ向かっているが、ミズチはホムラに甘々だ。
「ホムラ。そのままミズチをお前の部屋に連れて行ってくれ」
「……周りに迷惑を掛けるわけにはいけないしな。了解した」
同じ精霊というのにこの差。
同一種であっても個性が違うというのは人間も精霊も同じようだ。
だがホムラがオレ達の事を気にかけてくれるのは嬉しい。
もし最初にホムラではなくミズチに出会っていたらと思うと気が気でない。
彼女を制御できる自信がオレにはないからな。
最初に出会ったのがホムラで本当によかった。
そう思いつつも、自室の扉をダリアが開けた。
「ではここに横になってください」
「悪いな。ダリア」
「いえ。怪我ですもの。仕方ありません」
笑みを浮かべながらベットにオレを降ろすダリア。
いてっ!
「大丈夫ですか?! 」
「大丈夫だ。腰を曲げた時に痛みが走っただけ。これは本格的に歳だな」
「それは困ります。まだ前線で頑張ってもらわないと冒険者ギルドが持ちませんよ」
そう言いながらダリアは一旦部屋の外に出た。
扉を開けて、入ってくると手には桶と布が見える。
「人材育成が進んでいないのが問題だな。あと数」
「そうですね。せめてゼクトさんの半分くらいの仕事量が出来る人がいればいいのですけれど」
話しながらダリアは水生成で桶に水を張った。
布に水を含ませてオレの方へやって来る。
そしてオレのズボンを脱がそうとズボンに手を付けてきた。
「お、おい。それは大丈夫だ。というよりもオレの怪我は腰だ! 」
「ええ。分かっていますとも、分かっていますとも。ですので邪魔な物は全て除けましょう」
「いや。少なくともズボンは邪魔じゃないだろう?! って引っ張るな! 」
「良いじゃないですか。減るものでもないですし」
必死に抵抗しながらオレはズボンを死守した。
どうにか言いくるめて彼女を引き剥がしたが、油断ならない。
何せ今のオレは怪我をした兎で、ダリアは飢えた獣状態。
気を抜けば——捕食られる!!!
こういった過激なことを除けば、彼女の厚意は嬉しいものだ。
だがオレの自制心を振り切らせる行為はやめて欲しい。
「では始めますね」
オレは顔をうつ伏せ状態になり彼女の介護を受けることに。
……ん? ちょっと待て。何をする気だ?
いや普通に体を拭いたり、治療を受けたりするような流れになっているがそもそもダリアは腰痛の治療をしたことがあるのか?
冷や汗が流れる。
それと同時に冷たい感触が体に伝わる。
背中を拭いてくれているようだ。
よ、よし。
下手なことをされなければ、大丈夫だろう。
後で荷台に載って治療院へ行けばなんとかなるだろう。
「お客さん、凝ってますね~」
「いや何をしている?! 」
体を拭き終えたのか手の平の温かい感触が直にオレの背中に伝わる。
そして何を思ったか体に重さを感じた。
そして背中中に温かい感触が。
「へへへへ……。ゼクトさんの背中ぁ~」
体中をまさぐり逆クハラをするダリア。
へ、変態だぁ!!!
背中のあちこちで手の平が這う感触がする。
気持ちいいが、これはまずい。
赤面している間にもダリアはマッサージのつもりなのかあちこちを指で押してきた。
いてててててて!!!
背中に女性特有のふくらみを感じる。
彼女の両腕がオレの胸板に回って来るが、今はそれどころじゃない。
どうにかしてこの状態を切り抜けなければ!
「へへへ……。お客さん。今から治してあげますよ。なぁに。痛いのは一瞬です」
「ま、待て! なにをするつもりだ?! 」
そう言い彼女を振りほどこうとしたら——
ゴキ!
「あ“!!! 」
腰が……、死んだ。
★
「呆れてものが言えない」
「「……申し開きもございません」」
オレとダリアはホムラに連れられルック院長の所へやってきていた。
治療院についた時オレの様子を見て看護師と村人が大層驚いていたが「腰をやりまして」と言い、一先ず落ち着いてもらった。
オレの番が来てルック院長に事情を話すと案の定呆れられた。
今回オレは悪くないと思うのだが、それは口にしない方が良いだろう。
「はぁ……。と言ってもゼクト。君は働きすぎな所もある。それが重なって今回の事を引き起こしたのだろう。これを機に、少し休み給え」
「……はい」
「一先ず施術を行い、薬を出す。それとダリア。幾ら好きだからと言ってもやっていい事と悪いことがある。自重し給え」
「……わかりました」
ルック院長の言葉を受け、治療を施してもらった後オレは荷台に載せられて家に帰った。
尚ルック院長の施術は本物で、帰る時には腰を壊したことを感じさせない程に腰が良くなった。
しかし帰る時に「仕事は休むように」と念押しされてしまった。
ここまで如何だったでしょうか?
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