第二十五話 おっさん冒険者と人形冒険者 三 イノシシ狩り
「じゃ、頼むぞ」
そう言いつつ大盾を持ち構える。
前からドドドと木を薙倒しながら向かってくる巨大な何かが来るのがわかる。
しかしそれから魔力は感じ取れない。
「硬化」
腰を落とし踏ん張り盾を強化する。
すると大盾のスリットから敵——巨大な茶色いイノシシの姿が見えてきた。
「ふしゅぅぅぅ!!! 」
向こうはこちらを見て威嚇している。
だがそれに動じることなく盾を前に突き出す。
「挑発」
武技を発動させた瞬間「ブモォォォォォ!!! 」という咆哮をあげてこちらに突進してきた。
「ガン!!! 」
大盾とイノシシがぶつかる瞬間少し引き、相手の勢いを削ぐ。
しかし音が鳴り、吸収しきれなかった衝撃が体中を伝わる。
必死に押しているのか途轍もない圧力が加わってくる。
やり方を変えたのか口から伸びる巨大な牙でオレから大盾を外そうとするがそうはいかない。
「シッ!!! 」
気合いの入った声と共に前からの圧力が無くなった。
どうやら横で構えていたホムラが一撃で仕留めたようだ。
盾を横に避けて声の方をみる。
そこには返り血一つ浴びていないホムラがいた。
「さ、血抜きしよう」
そう言いながら巨大なイノシシを木につるして血抜きを始めた。
血抜きをしている間、ホムラが熱感知で見張りをしながらオレは一先ずの作業。
「……この大量の血、落ちるのか? 」
大盾にべっとりと着いたイノシシの血。
濃い血の匂いと獣臭さに顔を顰めながらも盾を見る。
錆びない間にどうにかしたい。
いつもなら水生成で洗い流すのだが帰りの魔力量の事もある。
ホムラに戦闘を任せるか?
それもいいな。適材適所。
盾から目を離し、見事に切断されたイノシシの頭を見る。
いつもならば急所を一撃でやるからな、これほどに血を浴びないんだが。
同時にホムラの弱点を考える。
彼女の悪いところはおおよそ加減が出来ない事だろうか。
元より超高性能な人形。そもそも加減が出来るのか怪しい。
しかし冒険者として、少しでも働くのならば加減を覚えさせなければならない。
慣れ、だな。これは。
ふぅ、と息を吐きながらいつもよりも多めに水を流すことに。
「水生成」
ホムラが踏み込み少し陥没した地面めがけて盾にへばりつく血を生成した水で流していく。
「うわぁ……。これだけでも悲惨だ」
思った以上の血が流れていく。
まるで盾が血を流しているようだ。
しかし大量に水で流したせいか綺麗になる大盾。
流し終えたことを確認するとアイテムバックから布を取り出し綺麗に水を拭きとった。
「こっちは終わった」
「ああ。すまないな。加減が厳しくて」
少し申し訳なさそうに言うホムラ。
「その内慣れればいいさ。イノシシは……」
「もう血が流れてこなくなっているな。しかしここのイノシシは凶暴だな」
吊るされたイノシシの方をみてそう言うホムラ。
「オレもそう思うよ」
「下手なモンスターよりも強そうだぞ? 」
「実際ゴブリン程度じゃこの近辺のイノシシの方が強い」
「……モンスターも顔無しだな」
「ああ。そのせいかリリの村はゴブリンによる被害よりもイノシシによる被害の方が多い」
「道理でこの周辺にモンスターがいないわけだ」
「因みに外から冒険者がやってきてまず最初に痛い目を見るのがイノシシだ。たかがイノシシと見くびって大怪我をしてくる」
血抜きを終えたイノシシをおろしながら説明する。
実際問題繁殖周期の短いイノシシは厄介だ。
そしてこのクラス……ほどではないがこれよりも一回りか二回りほど小さめのイノシシが田畑を蹂躙しようとしていることはよくある。
それを事前に潰すのがオレ達の役目の一つになるのだが、甘く見て逆に被害を拡大させる冒険者もちらほら。
その点ホムラは一撃で仕留めた。
これは褒められることだろう。
どのくらい滞在するのかはわからないが、このまま住むのなら一任したいほどだ。
力加減を覚えてもらって、になるが。
「さ、戻ろう」
こうしてオレ達は下山した。
★
「これはまた大きなイノシシですね」
「はぁ……。すげぇな、ゼクト」
冒険者ギルドの解体所。
そこに持ってきたイノシシを降ろして見せてみた。
他の動物の解体をしている職人がこちらを向いて
「大きいが……なんだこの切断面。まるで一撃で仕留めたかのように綺麗に切れてやがる」
「その言葉とおり彼女が一撃でやったんですよ」
そう言いながらホムラを指さした。
職人が差した方向を向くとホムラが軽く一礼。
「あの別嬪さんが。人は見かけによらないってことだな」
「その通りで」
「だが、まぁ納得だ。ゼクトならこんな仕留め方はしないし、出来ないだろう? 」
「暗にオレが非力だと言ってます? 」
「非力とは言ってないさ。だがお前さんなら首ごと斬るんじゃなくて首に穴開けるだろ? 」
そう言われ、頷く。
「ま、後は任せな。受付で報酬を受け取ってこい」
「では、頼みます」
返事をしつつホムラを連れて受付に戻った。
★
受付で報酬を受け取った後オレとホムラは空いている椅子に座り机を囲っていた。
「まずはご苦労さん」
「いや。これも貴君のおかげだ」
「実際働いたのはホムラだからな。謙遜はいい」
そう言いつつアイテムバックから水筒とコップを二つ出し、水を注ぐ。
一つに軽く口をつけつつ、ホムラに渡す。
彼女は少し戸惑う様子を見せたがこちらの考えがわかったのだろう。
軽く口を付けた。
ホムラは人形だから飲まないだろうが外聞というものがある。
一応飲まないにしても渡しておくべきだろう。
「で、今後の講習なんだが」
口から茶色いコップを外してホムラの方をみる。
ホムラもコップから口を外し、真剣な顔をした。
「一先ず冒険者として、は置いておいて村で何か職を探さないか? 」
「職? 前に言っていたやつか」
「あぁ。何がいいかはわからないが、短期でやる仕事があると良いんだが」
「? それは冒険者の仕事と何が違うんだ? 」
鋭い。
「まず……そうだな、拘束時間が違う」
「時間か」
「で、期間も長くとるから冒険者のように一回一回受けるんじゃなくて長期の依頼、と考えてもいいかもな」
「要は冒険者業の副業のようなものか? 」
「冒険者を本業とするなら副業だろうな。冒険者を副業とするのなら、本業はそっちになるが。ま、何かしら働いて、人と交流をして、役割を持たないとこの村では厳しいってことだ」
実際、子供ならまだ知らず女男だれもがこの村では何かしら手に職はある。
例えば小物造り。オレも最初はこれだった。
そこから派生して、素材を無駄にしないための工夫をしていたら修復を覚えて、何故か大工の方へ回されたんだったな。
この村の人達は器用な人が多い。リリの村に来るまでは知らなかったが、この村で作られる小物は中々に外では人気らしい。
オレは木彫り系だったが女性だと手芸をする人が多いようだ。
「手芸なら力加減の訓練にもなるだろう。確か定期的に集まって手芸をしているはず。行ってみるか? 」
「行ってみる! 」
良い返事を聞けたことで、今日の所は終わりとなった。
ここまで如何だったでしょうか?
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