腐死者討伐へ!
夜になるまで、私達は村長から丁重なおもてなしを受けた。
食事は村で採れた新鮮な野菜を使った料理の数々が振る舞われる。
さらに村には非火山性の温泉があり、じっくり温かいお湯に浸かることができた。
夜まで眠るといいと言われ、ふかふかの布団も用意してもらう。
至れり尽くせりというやつだった。
夜になり、のろのろと起き上がる。
村長は私達に精を付けさせようと、鶏を捌いてくれたらしい。
栄養たっぷりの丸鶏のスープをいただき、腐死者との戦闘に備えた。
手には魔石灯を握り、もう片方の手には魔物避けを握る。
「どうかお気を付けくださいね」
「村長様も、腐死者がやってきたら、全力で逃げてくださいね」
「魔法使い様、お心遣い、痛み入ります」
なんでも村人達は、腐死者の攻撃から守る術はないようだ。
「ご安心くださいませ。もしものときは、塩を振りますので」
なんでもこの辺りでは、百年に一度くらいの頻度で腐死者が姿を現していたらしい。
もしも遭遇したさいは、塩を振りかけたら怯むという言い伝えがあるようだ。
正直な話、塩なんかで腐死者を怯ませることなどできないだろう。ナメクジじゃあるまいし……。
「村長様、よろしければこちらをお使いください」
「なんでしょうか?」
村長様は小首を傾げながら聞いてくる。
「魔物避け――中身は聖水です」
「おっと!」
手渡した瞬間、村長様は魔物避けを掴み損ねたようで、地面に零れてしまった。
「ああ、申し訳ありません!」
「大丈夫ですよ。まだありますから」
「いえいえ! 貴重な聖水をいただくわけにはいきません。どうせ老い先短い身です。残りの聖水はどうか皆さんがお使いになってください」
そこまで言うのならば、お言葉に甘えさせていただく。
先ほど勇者様が魔物避けを三本もイッヌにかけてしまったので、残りは三本しかないのだ。
全身魔物避けでびしょ濡れになり、少しだけほっそりとした体になったイッヌを、勇者様は「勇敢そのものだ」と評していた。
イッヌは腐死者討伐を、夜の散歩だと勘違いしているようで、嬉しそうに跳びはねている。勇敢なフェンリルにはとても見えなかった。
身なりを整えた勇者様が登場した。
夜の暗い中でも、鎧が金ぴかに輝いている。
敵に見つかりやすい盲点があるものの、はぐれにくいという利点もあるのだろう。
「どうした?」
「あ、いえ。村長様が魔物避けを零してしまいまして」
「別に、まだ在庫はあるだろうが」
「ええ」
勇者様が魔物避けをあげようとしたものの、村長は丁重に断っていた。
時間がもったいないと思い、早く行こうと勇者様を促す。
「では、いってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
村長の見送りを受けながら、腐死者が目撃されたという墓地へ移動した。
ヒューヒューと風が不気味な音を鳴らしながら吹いている。
「勇者様は腐死者との戦闘経験はあるのですか?」
「いいや、ないな。魔法学校に通っていた時代に授業で習ったが、眠っていてまったく聞いていなかった」
さすが、魔法学校の学年最下層の実力である。
勇者様がきちんと授業を聞いていたら、戦闘が有利になったかもしれないのに。
「それにしても、腐死者はどうして墓地に出現するのでしょうか?」
「墓地の土は掘り返しやすいのかもしれないな」
「あーー……なるほど」
とぼとぼ歩いていたら、突然勇者様が勢いよく転んだ。
「どわ!!」
「勇者様、足元が見えにくいので、気を付けてくださ――」
そう言いかけて、勇者様の足元に何かしがみついている影があることに気付いた。
『きゃん! きゃん!』
「な、なんだ、こいつは!」
すぐに、その正体に気付く。
「勇者様、腐死者です!!」
「クソ! いきなりか!」
勇者様は金ぴかの剣を引き抜き、足元にしがみついていた腐死者を斬りつけた。
すぐ目の前を、勇者様が斬り飛ばした腐死者の腕が弧を描いて飛んでいった。
腐死者は不気味な叫びをあげる。
『オオオオオオオ!!!!』
魔石灯の灯りを最大出力にすると、腐死者の姿を捉える。
全身が赤黒く腐敗しており、眼窩から目玉が垂れていた。
酷い臭いで、すぐさま嗅覚を止める。
イッヌも腐死者に噛みつこうとしていたが、飛び出して行く寸前で首根っこを掴む。
あのような腐敗したモンスターを口に含まないでほしい。痛覚がない腐死者に物理攻撃をしても無駄だろう。
現に、腕を切り落とされたのに、まったくダメージを受けた様子はなかった。
「勇者様、火魔法で焼くので、少し離れてください」
「待て。ここでお前の魔法を放ったら、私まで巻き込まれる。少し開けた場所まで行くぞ」
勇者様は私の魔法の制御を信じていないらしい。
まあ、実際に何度か勇者様を巻き込んでいるので、絶対に大丈夫だとは言えないのだが。
逃げようと一歩踏み出した瞬間、足元をぐっと強く引っ張られた。
「なっ――!?」
土の中から新たな腐死者が顔を覗かせる。すさまじい速さで地上に這いでて、私のふくらはぎに噛みついてきた。
すさまじい痛みに襲われる。
「ううっ!!」
「魔法使い!!」
勇者様がすぐに駆けつけ、腐死者の首を跳ねる。
けれども頭部だけになった腐死者は私に噛みついたまま、離れようとしない。
「な、なんなんだ、こいつは!」
腐死者は人と同じように、血を通わせて生きているわけではない。
そのため、急所を攻撃しても絶命しないのだ。
勇者様は腐死者の頭を踏みつけ、私から放そうとした。
しかしながら――。
「勇者様!!」
いつの間にか腐死者の大群に囲まれていた。
勇者様は羽交い締めにされ、押し倒される。
「うわああああ!!」
勇者様の悲鳴と、びちゃ、びちゃと肉を噛み千切り、血を啜る音が暗闇の中に響き渡っていく。
私は噛まれたふくらはぎから燃えるように熱を発し、血を吐いて意識を失う。
パーティー全滅の瞬間であった。
敵:腐死者
死因:魔法使い→才能〝毒の牙〟による毒死
勇者→腐死者に体を食べられたことによる出血死
概要:毒の牙・・・噛みついただけで敵を戦闘不能にする必殺毒