ラストバトル
空に突然現れた邪悪竜は、急降下し、広場にいた人々のすぐ上を通過する。
風圧で数名が吹き飛ばされていたが、回復師が作った結界により保護されていた。
ケガ人はいないようだが、その様子をあざ笑うように、邪悪竜は不気味な咆哮をあげる。
邪悪竜は全身に鋭い棘を生やしており、鋭い目で私達を睨んでいた。その姿を目にしただけで、ゾッとしてしまう。
ワイバーンに跨がる竜騎兵相手に戦うだけでも大変な状況だというのに。
いくらぶーちゃんでも、五人も抱えた状態で素早く移動することなど不可能だろう。
竜騎兵達の攻撃は上手く回避しているが、邪悪竜の攻撃は避けきれない。
なんて考えていたところに、邪悪竜の口元に魔法陣が浮かび上がる。
すかさず、賢者が叫んだ。
「あれは猛毒のブレスよ! 魔法では防ぎきれないわ!」
耳にした瞬間、胃の辺りがスーッと冷えるような感覚に陥る。
私達はもうダメなのか。
イーゼンブルク猊下はなんてものを召喚してくれたのか。
絶対に許さない。
と思ったところで、ふと思い出す。
そういえば、と鞄の中を探った。そこには、公爵が持たせてくれた召喚札があった。
すぐさまそれを、勇者様(本物)、回復師、賢者へメルヴの蔓を使って渡してもらう。
彼女達は手にした瞬間、すぐに召喚札を破って発動させた。
魔法陣の中から現れたのは、純白のドラゴン。
公爵は伝説級モンスターの召喚札を用意してくれていたのだ。
勇者様(本物)と回復師、賢者はドラゴンに跨がり、大きく旋回して邪悪竜と距離を取る。
ぶーちゃんも同じように、目にも止まらぬ速さで空を駆けた。
邪悪竜は猛毒のブレスを吐きだす。
同時に、賢者が魔法を展開させた。
「――暴風!!」
猛毒のブレスを打ち消すように、風魔法が放たれる。
まっすぐ放たれるはずだった猛毒のブレスは、ワイバーンに跨がる竜騎兵のほうへ飛んでいった。
猛毒にやられたワイバーンと竜騎兵は、まっさかさまになって落ちていく。
無事だったワイバーンと竜騎兵は、仲間を助けるために動いた。
上空に残されたのは、邪悪竜とイーゼンブルク猊下を乗せたワイバーンだけである。
勇者様(本物)が剣を振り上げ、邪悪竜に攻撃する。
とっておきの才能を使うようだ。
「――隕石撃!!」
勇者様(本物)が斬りつけるのと同時に、炎をまとった石が降り注ぐ。
『ギャウウウウウウウ!!』
隕石に打たれて蜂の巣のようになった邪悪竜は、地上へ落ちていく。
このままだと、地上にいる人達が危ない。すぐさま賢者が炎魔法で邪悪竜の体を灼き尽くした。
そして――空にはイーゼンブルク猊下とワイバーンのみが残される。
勇者様はぶーちゃんに命令し、イーゼンブルク猊下のもとへ接近する。
急に立ち上がったかと思えば、イーゼンブルク猊下が跨がるワイバーンへ跳び乗った。
「お、おい!! お前、何を――」
「クソ野郎、悔い改めろ!!」
そう言って、勇者様は拳を掲げる。
手加減なんて言葉は知らないのだろう。力いっぱい振り上げた拳を、イーゼンブルク猊下の頬へ叩き込んだ。
「へぶっ!!」
イーゼンブルク猊下は鼻血を噴き、前歯を折ったようで血を吐く。
ワイバーンから落ちそうになったものの、勇者様が胸ぐらを掴んで引き上げる。
「ひ、ひいいいいいい!!」
「私はいつでも手を離し、お前を落とすことができる」
「た、助けてくれ! 頼む! なんでもするから!」
「言っておくが、お前はこういうことを、全国民にしていたのだぞ!?」
国民の命を握り、自分は安全な場所にいて、いいように利用していた。
他人の人生なんて知ったことではない、と思っていたに違いない。
「こ、これからは、国民のために生きる! だから、だから、手を離さないでくれ!」
「知るか!」
そう言って、勇者様はイーゼンブルク猊下を掴んでいた手を離し、胸を突き飛ばした。
あっけなく、イーゼンブルク猊下の体は宙に投げ出される。
「うわああああああああああああ!!!!!」
落下していくイーゼンブルク猊下の存在は、高いところから見たら実にちっぽけだ。
取るに足らない存在のように思える。
このような目に遭ったら、自分の罪に気付くだろう。
そう思っていたものの、考えが変わってぶーちゃんにお願いする。
「ぶーちゃん、イーゼンブルク猊下を捕まえてください」
『ぴい』
ぶーちゃんは素早く空を駆け、イーゼンブルク猊下の首根っこを咥えた。
「うううう、ひいいいいいい……!!」
イーゼンブルク猊下は子どものように泣きじゃくり、ひたすら謝っていた。
続けて、私はぶーちゃんにお願いする。
「イーゼンブルク猊下を広場に下ろしてください」
「なっ!?」
別に、私はイーゼンブルク猊下を助けようとは思っていなかった。
心の奥底から、痛い目に遭ってほしいと思っていたのである。
邪悪竜の出現に、人々は混乱状態にあった。
けれども、下ろされたイーゼンブルク猊下を指差し、誰かが叫ぶ。
「あ、あいつが、邪悪竜を召喚したんだ!!」
すぐにそれが、イーゼンブルク猊下だと気付いたらしい。
イーゼンブルク猊下の周囲には人々が押しかけ――そのあと、どうなったかわからない。
結局、私が一番残酷なことをしてしまったようだ。
心の中で、イーゼンブルク猊下に謝罪する。




