世界樹の根元にて
世界樹は回復師が治癒魔法をかけたようで、だいぶ復活していた。
そのおかげで、メルヴが三頭も生まれたらしい。
メルヴ達は回復師によく懐いているようだった。
座布団に腰を下ろし、あつあつのメルヴ茶とできたてのメルヴ草餅をいただく。
メルヴ茶は香ばしく、メルヴ草餅は葉っぱのいい匂いが鼻を抜けていく。
どちらもメルヴの葉っぱを材料に作られているらしく、体の疲れがきれいさっぱり消えてなくなった。
勇者様は先ほど気付いた、王族が恐れる存在について勇者様(本物)一行に語って聞かせた。
「なるほど。たしかに暴徒と化した民衆ほど恐ろしいものはないな」
「まあ、モンスターと違って、討伐すればいい、という話ではないでしょうし」
「国民がいない国は衰退するだろうし」
問題はどうやって国民達に真実を告げるか。
「王家が神様から才能を授ける能力を手にする前に、革命が起きているんです。そのことについて探りたいのですが、賢者様は何かご存じでしょうか?」
「人間達が罪深き人々であることは知っているけれど、具体的に何をしたのかはわからないわ」
詳しく知らずに人間を嫌っていたのか……。
それとなく非難するような視線が、賢者に集まる。
「だって、仕方がないじゃない! 大人達の全員が全員、人間は悪しき存在だから、人里には近づかないようにって、ざっくりとしか言わなかったのだから!」
「では、賢者様の村にいるハイエルフは、人間が犯した罪を知っている可能性がある、ということですか?」
「ええ」
なんでもハイエルフの村には、世界の生き字引と呼ばれている高齢のハイエルフがいるらしい。
「おばば様だったら、何かご存じのはずよ」
「では、案内していただけますか?」
「いいけれど、村のみんなは人間が嫌いだから、温かく歓迎されるなんて、思わないでね」
皆の顔を見ると、こくりと頷いていた。
勇者様(本物)はキリリとした表情で、覚悟を語る。
「矢が飛んできても、どうにか受け止めてみせよう」
「そこまで野蛮じゃないから!!」
そんなわけで、すぐに世界樹のもとから経つことになった。
出発前に、メルヴに問いかける。
「メルヴ、仲間達と一緒にいてもいいんですよ」
すると、メルヴは首を横に振る。
『ウウン、大丈夫。メルヴハ、魔法使イサン達ト、一緒ニイク!』
そう言って、両手を掲げる。抱っこしてくれとせがんでいるのだろう。
メルヴを抱き上げ、感謝の気持ちを伝える。
「ありがとうございます」
『ウン!』
そして、これからもよろしくと改めて言ったのだった。
メルヴ達が並んで見送ってくれる。
『ジャアネ~』
『マタ、遊ビニキテネ~』
『イッテラッシャ~イ!』
メルヴ達はメルヴ茶の茶葉とメルヴ草餅をお土産に持たせてくれた。
それらを持って、ハイエルフの村に転移する。
一瞬にして、景色が別のものへと変わった。
大森林とは雰囲気が異なる深い森――そこに、小さな集落があった。
茅葺き屋根の家が並び、ささやかな畑や家畜小屋がある。
小さな子ども達が走り回り、賢者に気付くと駆け寄ってきた。
「わあ、お姉ちゃん、帰ってきたんだ!」
「おかえりなさい」
「ただいま」
嬉しそうにしている子ども達だったが、私達に気付くとハッとなる。
表情を引きつらせ、賢者の背後に隠れた。
「この人間達は悪い人達じゃないわ」
「で、でも」
「人間は全員悪い奴らだって、祖父ちゃんが言ってたから」
なんという極端な教育なのか。
まあ、人間を無条件に信じるよりはいいのかもしれないが。
子ども達の緊張を和らげようと、イッヌやメルヴを鞄からだしてみる。
『きゅうううん!』
『メルヴダヨ~』
愛嬌者の才能を持つイッヌは、秒で子ども達の心を鷲づかみしていた。
メルヴも世界樹を守護する大精霊なので、尊敬を集める。
「遊んできなさい」
「いいの?」
「わ~い!」
エルフの子ども達は、イッヌやメルヴと遊び始めた。なんとも平和な光景である。
「まずは村長のところに行きましょう。魔王について、報告しなきゃいけないわ」
「ああ、そうだな」
魔王の正体について知ったら、ハイエルフ達はますます人間を忌み嫌うだろう。
村長の家に立ち寄ると、賢者だけは温かく迎えられた。
私達に気付くと、ジロリと睨まれる。
「村長、この人達はいい人間なの。信じて!」
「まあ、お前が村に連れてきたということは、そういうことなのだろうが」
ひとまず、家に上がることを許された。
なるべく存在を主張しないよう、影を薄くしておく。さすがの勇者様も、村長の前では大人しかった。
魔王の正体について賢者が語って聞かせると、村長は拳を握っていた。
「愚かな人間共め……! 一度、滅びたほうがいいのではないのか?」
村長は物騒なことを口にする。
まあ、そう思われてしまうのも無理はないだろう。
襲撃事件のすべてを魔王のせいにしていたなんて、狂気の沙汰でしかない。
千年以上生きる村長でも、この国の正しい歴史について詳しく知っているわけではないようだ。
「おばば様であれば、何か知っているだろう」
ただ、おばば様は一日のほとんどを寝て過ごしているらしい。冬眠した熊のように、一ヶ月ほど眠り続けるときもあると言う。
今、聞ける状態かどうか、わからないようだ。




