正義とは
勇者様はイーゼンブルク猊下に対して敬うような言葉を使っていたものの、だんだんと気持ちに変化があったのか、いつもの尊大な物言いに変わっていた。
イーゼンブルク猊下はそんな勇者様の異変に気付くことなく、腕を広げて話を続ける。
「まさか、勇者がふたり揃ってここに到達するとは思わなかったぞ! とても誇らしい気持ちだ!」
これまで魔王の仕業と称し、さまざまな村や施設、組織を壊滅状態に追い込んだらしい。
ひとまず計画していた排除は完了したようで、勇者が見事、魔王を倒したということにしても問題ないようだ。
「そなた達には、この先遊んで暮らせるような報酬を与えよう」
さらに、勇者様には英雄として生涯国民から崇められる名誉が与えられると言う。
「もうひとりの勇者には、男性王族との結婚を約束しよう。生涯暮らしに困らないよう、夫となった者には宰相の職務を与える」
なぜか、勇者様(本物)の夫が得をするような褒美であった。
「ああ、そうだ。そなたを指名手配していたが、それもすぐに撤回しようではないか! どうだ、嬉しいだろう? 二度と、犯罪者のように追いかけ回されることもなくな――」
勇者様はこれまで見せたことがないくらいの素早い動きでイーゼンブルク猊下に接近し、大きく腕を振り上げる。
そして、強く握った拳をイーゼンブルク猊下の頬にぶちこんだ。
「げぼっ!!」
イーゼンブルク猊下は潰されたカエルのような叫びをあげ、吹き飛ばされる。
あろうことか、勇者様は褒美の数々を与えられる名誉のお礼として、拳から繰りだされる一撃をお返ししたようだ。
イーゼンブルク猊下はポカンとしていたものの、勇者様が舌打ちしたのと同時に我に返ったようだ。
「なっ、なっ、なっ――そなたは、今、何をしたのかわかっているのか!?」
「クソ野郎の見本みたいな奴がいたので、殴っただけだ」
「なんだと!?」
イーゼンブルク猊下が「誰ぞ!!」と声をあげると、聖騎士達が集ってくる。
「こやつらをひとり残らず捕らえろ!! 生死は問わない!!」
聖騎士達がいっせいに襲いかかってくる。
まさか、ここで魔王と戦わずに聖騎士とのバトルが開始されるなんて。
人間相手に戦いたくないが、殺される前に殺さなければならないだろう。
どうせ、この世界は死んでも生き返れるし。
ふたりの勇者様もそう思ったのだろう。
金と銀の剣を引き抜き、聖騎士達と戦う。
賢者も魔法を展開させ、応戦していた。回復師は勇者様の戦闘能力を向上させる魔法を唱える。
『ピイイ!』
私は巨大化したぶーちゃんに跨がり、聖騎士達の攻撃から逃れる。
イーゼンブルク猊下は聖司祭達に囲まれていた。
頬は青紫に染まり、鼻と口から血を流している。勇者様はかなり強烈な一撃をお見舞いしたようだ。
回復魔法をかけてもらっていたので、すぐに治るだろう。
聖騎士達はあっという間に倒されていた。
イーゼンブルク猊下はこんなにもあっさり聖騎士達が倒されるとは思っていなかったのだろう。明らかに焦った様子でいる。
「そ、そなたら、自分が何をしているのか、わかっているのか!?」
「同じ言葉を返そう。このクソ野郎が!」
勇者様が剣を振り上げた瞬間、聖司祭が魔法を展開する。
それは、転移魔法であった。
対象は自分達ではなく、私達である。
「――へっ!?」
大人数を飛ばす大がかりなものであった。
一瞬にして景色が入れ替わる。魔王の居城から、街のど真ん中に着地した。
奇しくも、そこは勇者様の指名手配書がでかでかと張られている広場だった。
周囲にいた者達は、すぐに勇者様の顔を見て叫んだ。
「おい、手配犯がいるぞ!」
「捕まえろ!」
私はすぐさま勇者様に手を伸ばす。すると、すぐにぶーちゃんの背中に跳び乗ってくれた。
「二手にわかれよう!!」
勇者様(本物)はそう叫び、賢者や回復師を引き連れて別の方向へと走って逃げて行く。
私達はぶーちゃんと共にこの場から去る。
波のように人々が迫ってくる。
殺意をもって襲いかかってきた聖騎士達のように殺すわけにはいかないので、対処に困る存在だろう。
「クソ! いったいどうしてこんなことに!」
ぶーちゃんは屋根に飛びあがり、風のように駆けて行く。
一瞬にして撒くことに成功した。
しかしながら、勇者様(本物)のほうには大勢の人達が追いかけていた。
「勇者様(本物)達は大丈夫でしょうか?」
「賢者が転移魔法を使えるのだろう? ならば心配はいらないのでは?」
勇者様の言葉のとおり、途中で勇者様(本物)一行の姿が忽然と消えた。
おそらく賢者が転移魔法を使ったのだろう。
「勇者様、これからどうします?」
「……」
勇者様は険しい表情で、地上を見下ろす。
先ほどまで私達を追いかけ回していた人々は、消えていなくなった手配犯を探しているようだ。
普段は皆、それぞれ暮らしているというのに、共通の敵がいるときだけは息を合わせるのだろう。
街を見つめていた勇者様がハッとなる。どうかしたのだろうか?
「おい、魔法使い」
「なんですか?」
「王家が恐れる存在について、気付いたぞ」
「な、なんですって!?」
どうやら勇者様は勝利への手がかりを発見したらしい。




