才能(ギフト)
勇者様は扉を蹴破る。
悪役のようなムーブは最後までぶれないのだろう。
ついに、魔王と対峙するわけである。
ドクン、ドクンと胸が激しく脈打っていた。
先に勇者様が入り、勇者様(本物)が続く。
ぶーちゃん、賢者、回復師のあとに私も中へと足を踏み入れる。
「なんだ、これは――?」
勇者様は呆気にとられたような声をあげる。
勇者様(本物)も、困惑した様子が背中から伝わった。
「なんなのよ、これ」
「いったいどういうことなの?」
皆、口々に疑問を口にしていた。
彼らは何を目にしたと言うのか。
間を分け入るようにして覗き込む。
玉座のような椅子には――誰も座っていなかった。
代わりに、大きな魔石が置かれている。
魔王の姿はどこにもない。
「ここは魔王の居城ではないのか?」
「そんなはずないわ。ここから強力なモンスター達の反応と、魔王の魔力を感じたんだから。今もその玉座のほうから、とてつもない魔力反応があるのに」
勇者様(本物)がものすごく言いにくそうな表情で、賢者に指摘した。
「その、なんだ。賢者よ、強い魔力反応というのは、あの魔石から発せられたものではないのか?」
「そんなわけ――!!」
賢者は魔石を睨むように凝視したあと、消え入りそうな声で「あ!」と言って口元を押さえる。
「どういうことなの? こんな多くの魔力を持つ魔石なんて、存在しないはずなのに」
「それはそうだな」
玉座には魔法陣が描かれており、魔石に魔力が集まるような術式が展開されているらしい。
「これだけの魔力を有していたら、これは魔石どころじゃないわ。ちょっとした世界樹みたいなものよ」
「世界樹だと?」
勇者様は訝しげな声で繰り返し、私のもとへズンズン接近する。
勝手に鞄の中を探り、メルヴの葉っぱの部分をむんずと掴む。
「勇者様、そんなに乱暴に持たないでください」
そう訴えると、勇者様は私の胸にメルヴを押しつけ、私の腕を掴んで玉座へ近付く。
「おい、メルヴよ。この魔石の中に、世界樹の魔力を感じるか?」
メルヴはしばし小首を傾げていたが、すぐにハッとなる。
『ウン! 世界樹ノ魔力ヲ、感ジルヨ!』
ということは、世界樹から奪った魔力を、誰かがこの魔石の中に封じたことになる。
「いったい誰なんでしょうか?」
「それは――」
勇者様が言いかけた瞬間、パチパチパチと手拍子が聞こえた。
音がしたほうを振り向くと、赤い法衣に身を包むシルエットが浮かび上がってきた。
年頃は五十代半ばくらいだろうか。
眼鏡をかけた、威厳をびしばし感じる男性である。
勇者様は目を見開き、その人物の名を口にした。
「――イーゼンブルク猊下!?」
「さよう。見事だ、勇者よ。ここに辿り着くとは」
なぜ、聖都の枢機卿がこんなところにいるのか。
理解が追いつかず、混乱状態になる。
勇者様(本物)が一歩前にでて、頭を垂れた。
「イーゼンブルク猊下、はじめてお目にかかる。私は勇者のひとり」
「ほう、そなたがひとり目の勇者か」
ひとり目の勇者という言葉に、勇者様は引っかかったようだ。
すぐさま疑問を投げかける。
「イーゼンブルク猊下、私は幼少期に、勇者の適正があるという神託を受けた者です。どうしてふたりも勇者が存在するのでしょうか?」
もっともな疑問である。
それは神のみぞ知ることだと思っていたが――。
「それは簡単な話だ。ここ何代か前の無能な勇者が魔王討伐の途中で命を落とし、我々を落胆させたからだよ」
イーゼンブルク猊下はまるで、自分が神のように語る。
「どちらか片方の勇者が死んでも問題ないように、ふたりの勇者を立てていたわけだ」
初めて耳にする真実に、勇者様は驚いているようだった。
「それも、神のご意思だったのですか?」
「いいや、神の意向ではない。我々王族が話し合い、決めたことだ」
「なっ――!?」
才能は神より授かりし祝福である。
それをなぜ、王家の意思で行っているように語るのか。
「どうだっただろうか? 十九年間、勇者を務めた気分は? さぞかし気持ちがよかっただろう? そなたは特別な子だから、勇者にしたのだ」
「イーゼンブルク猊下、意味がわかりません。どうして、そのように才能を与える行為を我が物のように語るのでしょうか?」
「才能を捧げる行為は、我が物だからだよ」
後頭部を金槌で殴られたような衝撃に襲われる。
才能を与える能力を、イーゼンブルク猊下が所持していると?
「いったいなぜ?」
「私だけではない。王家に生まれた中で優秀な者達は、その能力を有しているのだ」
その歴史について、イーゼンブルク猊下が語り始める。
「もともと、才能を捧げるのは神の仕事だった。けれどもある年、革命が起こり、王族は追い詰められてしまう。そのさいに、王族は神に祈った」
民衆を掌握し、彼らが反乱を起こさないようにする力がほしい――!
神は王族の願いを叶え、才能を与える力を授けた。
「それからというもの、王家は国民ひとりひとりに才能を与えながら、正しく管理していたのだ」
衝撃の事実に、誰もが言葉を失っていた。




