魔法使いの本当の才能
もう涙なんて涸れ果てていたと思っていたのに、恥ずかしいくらい泣いてしまう。
勇者様(本物)は私を抱きしめ、赤子をあやすように背中を撫でてくれた。
「私、私、ずっと、嘘を吐いて生きてきたんです!」
「その嘘は、魔法使い殿を守るための嘘だったんだろう?」
そうだ。
私は何よりも自分自身が大事で、誰かに利用されることを嫌った。
本当に死を望んでいるのならば、利用されてでも目的を遂行できるはずなのに。
死を望んでいるというのは思い込みで、私はきっと誰よりも生きたかったのだ。
もう隠し事なんて止めよう。そう思って、私の才能について打ち明ける。
「あの、私はこれまで、大噴火しか使えないと言っていたのですが、本当は別の才能を持っていまして……」
因果応報について説明すると、皆驚いた顔で私の話を聞いていた。
「もともと私は才能を持たない空っぽだったんです。けれどもドクター・セルジュの施設で才能を人工的に付与され、因果応報を得ました」
そこから私はこの才能を使い、魔王を倒す計画を立てた。
「一緒に旅を続けてきた勇者様ならば、私を殺してくれると思っていたので」
「君は、なんてバカな計画を考えていたんだ!」
「ええ……自分でもそう思います」
そうでもしない限り、私は役立たず者なのだと信じて疑わなかったのだ。
しばし考え事をしていたような様子を見せていた回復師が、挙手をしたのちに物申す。
「そういえば、施設について報じられていた新聞では、才能を付与する実験は行われておらず、暴行だけが目的だった、と書かれていたような気がしたんだけれど」
回復師に指摘され、そういえばそんな話を聞いていたな、と思い出す。
「それがどうかしたのですか?」
「才能を付与していないのであれば、魔法使いさんの才能はもともと持っていたものじゃないの?」
「いいえ、ありえません」
物心ついたことから、私は空っぽだった。
それに、私が生まれたときに両親が教会に足を運び、聖司祭から才能を聞きだしている。
もしも因果応報の才能を持っていたら、事前に知らされているだろう。
「魔法使いさん、私、魔法学校時代に、才能についての研究をしていたんだけれど――」
才能というのは、神様より与えられる能力である。
回復師の研究によると、例外があったようだ。
「それ以外に、生まれたときから独自の才能を持つ人を、〝天賦の才能〟と呼んでいたみたいなんだ」
天賦の才能は神より与えられた能力でないため、聖司祭が見抜けるわけがないものだと言う。
「たぶん、この世に存在するすべての空っぽの人達は、天賦の才能の持ち主なんだよ」
この世に役立たずなんていない。皆、自分の可能性に気付いていないだけなんだ、と回復師は言ってくれる。
そんなことがありうるのだろうか?
因果応報はもともと私が持って生まれたものだったなんて。
「まさか、魔法使いさんが才能のことで悩んでいたなんて、まったく気づいてなかった。知っていたら、いろいろお話しできたのに」
「ええ……」
あのときの私は死ぬ覚悟でいたし、回復師とも別れるつもりだった。
心を開かないようにしていたのだろう。
勇者様(本物)はまっすぐ私を見つめ、提案してくれる。
「自らの命と引き換えに、魔王を倒そうだなんて考えないでほしい。奇しくも、勇者はふたりもいる。力を合わせて、一緒に倒そう」
力強い勇者様(本物)の言葉に、こくんと頷く。
私はあっさりと、ずっと胸に抱いていた願望を手放した。
「今さら死を恐ろしく思うなんて、愚かとしか言いようがないのですが」
「愚かではない。私は魔法使い殿が楽しく生きることができるよう、手を貸そう」
「ありがとうございます」
勇者様(本物)はなんていい人なのか。
私みたいなろくでなしに優しくしてくれるなんて。
回復師や賢者も、大丈夫だと声をかけてくれた。
唯一、勇者様だけが静かに私へ視線を向けるばかりだった。
無表情だったので、何を思っているかはわからない。
「あの、勇者様……これまで利用しようと考えていて、すみませんでした」
「そんなバカげたことを考えていたなんて、まったく気付かなかった」
「本当に申し訳ないです」
頭を深々と下げて謝罪する。
無言だったので、許してもらえたのか。
顔を上げると、勇者様は腕組みをし、干したエイのような表情で私を見下ろしていた。
怒っている。
勇者様はわかりやすいくらい、私に怒っていた。
「魔法使いめ! この私を使って死のうと考えていたなど、絶対に許さんぞ!」
「どうすれば許してもらえるのですか?」
「すべてが解決したら、私がいいと言うまで、実家の庭の草むしりをしてもらおうか!」
それは、魔王を倒したあとも居場所を提供してくれる、ということなのか。
勇者様は他の空っぽの者達と同じように、救いの手を差し伸べてくれた。
それは彼なりの優しさなのだろう。
初めて勇者様の言葉が胸に響いた。
「勇者様、ありがとうございます」
「お礼を言うようなことは言っていないのだが」
照れたのか、勇者様はぷいっと顔を背ける。
耳がほんの少しだけ赤くなっていたので、ぜんぜん隠せていなかったが。
◇◇◇
私は因果応報で使える魔法や技のすべてを皆に打ち明ける。
「なるほど……。もしや、世界樹の蔓を倒したのは、魔法使い殿だったのか?」
「ええ、まあ、そうですね」
イッヌ以外皆死んでいたので、存分に能力を発揮できたのだ。
勇者様(本物)はずっと引っかかっていたようで、すっきりしたと言っていた。
「魔王との戦いで、魔法使い殿の力はきっと役に立つだろう」
勇者が二名に賢者、回復師、ぶーちゃんにメルヴ、イッヌ、それに天賦の才能を持つ私がいる。
珍しく、負けるという気がしない。
休憩を挟んだのちに、先へ進んでいく。
強力なモンスターと遭遇したものの、力を合わせて倒すことができた。
そしてついに、魔王がいる部屋の前に辿り着く。
勇者様は先頭に立ち、金ぴか剣を引き抜いた。
「魔王め! 滅多打ちにしてくれる!」
勇者らしくない、悪役のような台詞である。
まあ、らしいと言えばらしいのだが。
勇者様(本物)も銀色の剣を引き抜き、魔王がいる部屋の扉に刃先を向けて言った。
「すべてを終わらせよう」
その言葉に、皆頷く。
ようやく、長い旅に終わりが訪れたようだ。




