魔王の居城にて
鞄からぶーちゃんだけをだしておく。イッヌとメルヴは危険なので、鞄の中にいたほうが安全だろう。
ぶーちゃんは私を振り返り、勇ましく『ぴい!』と鳴く。
まるで、守るから心配するな、と言ってくれているように思ってしまった。
三人以上でパーティーを組むのははじめてだ。
勇者様から「大噴火は使うな」と禁止令を受けてしまう。
魔法使いとしての役割を奪われてしまったので、私はアイテム係になろうと心に決めた。
公爵は私に贈ってくれた鞄の中に、大量のアイテムを忍ばせてくれていた。
レイズ点薬やキュア丸薬だけでなく、ドラゴンやゴーレムなどを召喚できる召喚札や転移の魔法巻物など、豊富なラインナップが用意されていた。
どれも魔王との戦いの役に立つだろう。
薄暗く不気味な廊下を歩いていく。
大きな扉の前に行き着くと、左右に置かれた翼を生やしたモンスター像が突然動きだす。
賢者がハッとなり、叫んだ。
「あれは、ガーゴイルだわ!!」
二体のガーゴイルは翼をはためかせ、襲いかかってくる。
回復師はすぐさま勇者様の攻撃力と防御力を上げる魔法を唱えた。
戦闘能力と防御力が大幅に上がった勇者様は、ガーゴイルの攻撃を金ぴか剣で防いだ。
賢者も得意の無詠唱で魔法を発動させる。
「――氷の旋風!」
氷を含んだ風が巻き上がり、ガーゴイルの翼を凍らせ、地に落とした。
すかさず、勇者様(本物)が首を刎ねる。ガーゴイルは動かなくなった。
勇者様のほうも、回復師と力を合わせてガーゴイルを倒したらしい。
私は見事だった、と心の中で拍手をするばかりだった。
「やはり、パーティーの人員が多いと、戦闘も楽だな」
勇者様(本物)の言葉に、賢者は不服そうな顔を浮かべつつも頷いていた。
「回復師があんなふうにサポート魔法を使うのを、初めて見たわ」
どうやら勇者様(本物)には使っていなかったらしい。勇者様に対する贔屓がとんでもないと思ってしまった。
階段を昇り、どんどん上層部へと進んでいく。
上に上がれば上がるほど、モンスターは強くなっていった。
けれどもさすが勇者様(本物)と言うべきなのか。
苦戦することなく、モンスターを倒してしまった。
勇者様も回復師のサポートのおかげで、なかなかの活躍を見せていた。
私はアイテム係としても活躍する場はなく、ただただ「すごい!」と絶賛するばかりであった。
とうとう、最上階に行き着く。
この先に魔王がいるわけだ。
私の願いは叶うのか。まさか、本物の勇者様ご一行と一緒に魔王討伐に行くなんて、想像もしていなかったのだが……。
一歩、一歩と近付くにつれて、緊張が高まっていく。
私は本当に、死ねるのだろうか?
怖い。
そんな感情が私の心に渦巻いていた。
少し前までは、迷いなく死にたいと思っていたのに。
魔王を前にした今、私は死んだらどうなるんだろう、などと考えても仕方がないことをうだうだ考えていた。
いったいどうしてしまったと言うのか?
『ぴいい?』
ぶーちゃんが私を振り返り、どうかしたのか? と聞かんばかりの鳴き声をあげる。
メルヴも鞄からひょっこり顔を覗かせ、話しかけてきた。
『魔法使イサン、元気ナイナラ、メルヴノ葉ッパ、食ベル?』
イッヌも『きゅうううん』と鳴きながら、うるうるの目で見上げてきた。
なんて優しい子達なのか。
私がこの子達に返せる優しさなんてないのに。
それについて考えると、涙がでそうになる。
「魔法使いさん、どうかした?」
回復師も私が普通ではないように見えたようだ。
勇者様(本物)や賢者も立ち止まる。
「少し休憩しようか?」
「それがいいかもしれないわ。なんだか顔色が悪いし」
皆の意見は一致していた。
ただひとり、勇者様を除いて。
「魔法使いは戦っていないから、休憩などせずとも問題ないだろうが! 休まず歩け!」
力強く、活気に溢れたクズ発言――安定安心の勇者様である。
そんな勇者様を咎めるような視線が一気に集まる。
「なんだ? 私はおかしなことを言ったか?」
「おかしなことだらけよ、この人でなし!」
「勇者よ、他人が自分と同じように動けるというのは大きな勘違いだろう」
「さすがに、今の発言は酷いよ」
女性三名から責められ、さすがの勇者様も返す言葉がないようだ。
何も言わずにその場にどっかり座り、「これでいいんだろうが!」と言ってのける。
賢者は魔物避けの結界を展開させ、回復師は食事の用意をしてくれる。
勇者様(本物)は私に「大丈夫か?」と優しく声をかけてくれた。
「ええ、平気です。魔王を前に、少し感傷的になってしまったようです」
「奇遇だな。私もだ」
勇者様(本物)はミレイ村出身だと話していた。
王都の北部にある、痩せた土地だと聞いたことがある。
「勇者様(本物)は、勇者になる前、何をされていたんですか?」
「私か? 私はモンスターを倒して日銭を稼いで暮らす、どこにでもいる村人だったよ」
母親が病弱だったようで、薬代を稼ぐために日夜モンスターと戦っていたようだ。
「ただ、母が死んでからというもの、無気力状態になっていた」
そんな彼女のもとに、聖司祭が訪れる。
「私は勇者の唯一の才能を持っていて、魔王を倒してほしいと頼まれたんだ」
そこから、勇者様(本物)の旅が始まったらしい。
「魔王を倒すという目標ができて、私は生きる気力を取り戻したような気がする。きっかけが魔王だったというのは、なんとも言えないものであるが」
「魔王を倒したあとは、何をするのか考えているのですか?」
「そうだな。騎士にでもなろうかと考えていたのだが、イーゼンブルク猊下の騒動を聞いていたら、騎士も信用ならないな」
何をしようか――そう呟いた勇者様(本物)の横顔は、少し楽しげだった。
「魔王を倒したら生きる気力をまた失ってしまう、とは考えなかったのですか?」
「思ったよ。けれども今の私は母しか大切な存在がいなかった頃とは違い、仲間がいるからな」
「仲間……」
そう口にすると、ぶーちゃんやメルヴ、イッヌが私の傍に寄り、体をすり寄せてくれた。
温もりを感じた瞬間、私は涙してしまった。




