調査開始!
夫婦の在り方についてはひとまず考えないようにして、王家が恐れる存在について考えたい。
「勇者様はなんだと思いますか?」
「魔王ではないのか? 長年、悩みの種となっているだろう」
たしかに、国を揺るがす魔王は王家にとって脅威と言えるだろう。
しかしながら、魔王を仲間にイーゼンブルク猊下をボコボコにするなんてことは不可能に違いない。
「他に何かありますか?」
「そうだな……。予知できない厄災も、恐れているような気がする」
「それは王家だけでなく、私達にとっても恐ろしいものです」
おそらくだが、公爵は正体について知っているのだろう。
けれども私達が発見しないと意味がないものなのか。その辺の事情はよくわからない。
「うーーーん、よくわからないのですが、もしも仮説を立てるとしたら、王家のもうひとつの血筋を持つ者とか?」
「それか、他国からの侵攻か」
はたまた、裏社会で勢力を伸ばしている者達なのか。
「ひとまず、現在の王家についての噂話を聞き回るしかないな」
「そうですね」
会員制の酒場があると言うので、情報収集するならばそこがいいようだ。
「出発する前に、変装ですね」
「急に頭が痛くなってきた」
「私もです」
イヤイヤ、しぶしぶ話し合った結果、私達は富豪の若夫婦というテーマで変装することになった。
勇者様は自慢の金髪を黒く染め、眼鏡をかけた。たったそれだけでイメージが変わるものだから不思議なものである。
私もわりと珍しい薄紅色の髪を茶色く染めて、これまで以上に地味になった。
化粧を施し、髪を結い上げると、少し大人っぽく見える。
とは言っても、十四歳程度の見た目から、十六歳から十七歳くらいに見える程度だが。
まあ、結婚適齢期がそれくらいなので、問題ないだろう。
お互いの呼び方は〝ハニー〟と〝ダーリン〟で統一。
移動は基本的に腕組み。無表情だと悪目立ちしてしまうので、にこやかにいるよう努力しようという話になる。
ぶーちゃんやイッヌ、メルヴを連れていたら、注目を集めてしまう。
そのため、彼らは収納魔法がかかった鞄の中で待機していただくことになった。
「では行こうか、魔法使い」
「魔法使いではありませんよ、〝ダーリン〟」
「そうだったな、〝ハニー〟」
私と勇者様は互いにこみ上げる気持ち悪さに耐えながら、公爵邸を出発したのだった。
◇◇◇
会員制の酒場は、お金さえあれば誰でも入会できる。
そのため、あまり品がいい場所ではないらしい。
なぜ、勇者様が会員証を持っているのかと言うと、魔王討伐の旅にでかける前に、勧誘に引っかかってしまったらしい。
「回復師が大げさに反対するものだから、反抗するように入会してしまった」
「ああ、なるほど……」
入会方法も実に適当で、入会費である金貨一枚さえ払えば、偽名でも問題ないらしい。本人確認というものはしないようだ。
勇者様もその場のノリで考えた名前で入会したと言う。
しかしそのおかげで、私達は身分を隠した状態で酒場に入れるというわけだ。
店内に入ると、昼間だと言うのに薄暗いのに驚く。
客の顔がはっきり見えないようにしているのか。
テーブルでは皆カードゲームをしたり、お酒を飲み明かしたり、と雰囲気は街の酒場と変わらない。
私達も案内された席に腰かけ、適当にお酒を注文する。
店内は思いのほか広く、テーブル同士が離れているので、余所の会話は聞こえない。
勇者様は偉そうに腕組みしながら、私に話しかけてくる。
「おい、こういうところでは、どうやって他人同士が知り合いになるのだ?」
「そうですねえ。私もよくわからないのですが、ひとまず隣のテーブルにお酒でも振る舞ったらいかがですか?」
「なるほど。承知した」
勇者様が高級ワインを注文し、隣のテーブルに運ぶよう頼む。
すると、ふたり組のおじさん達が嬉しそうにこちらへとやってきた。
「いやはや、いいもんをありがとう」
「貰っていいのか?」
「ああ、存分に味わってくれ」
おじさん達は一緒に飲もうと言い、椅子にどっかりと腰かける。
思いのほか、奢り作戦は上手くいった。
おじさん達は商人で、月に数回、王都を訪れているらしい。
「いやはや、最近魔王のせいで不景気でねえ」
「品物もぜんぜん入荷できないんだよ」
彼らが取り引きする商店の中に、王室御用達店があったらしい。
すかさず、勇者様は口を挟む。
「王家との繋がりもあるのか?」
「ああ、そうだよ」
「よくしてもらっているようで、こっちもありがたい話さ」
困っているだろうから、と商品を普段よりも高く買い取ってくれるらしい。
話を聞く限り、商人と王家の関係は良好のようだ。
他にも、同じような作戦で、たくさんの人々と話を聞いた。
王都と地方を行き来している船の船長や、モンスターを討伐する傭兵団の団長、騎士隊の小隊長からも、さりげなく王家の評判について質問を投げかけた。
けれども不満がないどころか、皆、王家に感謝しているようだった。
結局、有力情報は得られないまま、莫大な酒代だけを払うこととなった。
「脅威は人ではないのか」
「目に見えるようなものではないんですかねえ」
いきなり壁にぶち当たってしまう。




