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クズ勇者が優秀な回復師を追放したので、私達のパーティはもう終わりです  作者: 江本マシメサ
第七章 敵は誰なのか?

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お目覚め勇者様

 勇者様の部屋は白に統一されており、案外落ち着いていた。金ぴかだったらどうしようかと思っていたが、私室はまともだった。

 キョロキョロ見渡す中で、メルヴが高級そうな花瓶の中に収まっているのに気付く。

 目が合うと、片手を挙げて挨拶してくれた。


『魔法使イサン、オハヨー』

「おはようございます」


 花瓶の水には蜂蜜が垂らされており、メルヴにとって心地よい状態のようだ。

 イッヌは今日も勇者様の足元を忙しなく動き回っている。私だったら確実に踏んでいるだろう。


「勇者様、お加減はいかがですか?」

「いいも悪いもあるものか! 世界のどこに、実の息子に催眠薬を嗅がせる親がいるのだ!」

「まあまあ、落ち着いて」


 手がつけられないほどカッカしているので、迅速に大人しくさせるために必要な処置なのだろう。


「お前も、父上の味方をしやがって」

「それは仕方がない話です。私はこれまで、公爵様の支援のおかげで旅を続けてこられたので」

「私のおかげだろうが!」

「いいえ、公爵様の財産あっての旅路でした」


 世の中は思いやりの心や情けだけで動いているわけではない。どうしてもお金が必要なのだ。


「もちろん、旅の道中で死んでいた私を助けてくださった勇者様には、格別の感謝をしておりますが」

「怪しいな」


 まあ、勇者様が助けずとも、私には反回復魔法アンチ・ヒールがある。

 勇者様への感謝の気持ちは、ミジンコウキクサの種ほどの大きさしかなかった。


「感謝なんてしていないだろうが!」

「いいえ、一応、感謝しております」

「あってないようなものに違いない!」


 私を疑うことに関しては勘が鋭い勇者様である。

 その感覚は私以外の他人に向けてほしいのだが。


「魔法使い。あのあと、父と何を話していた?」

「勇者様の幼少期の肖像画を見せられました」


 嘘ではない。会話が途切れたタイミングで、勇者様の幼少期が猛烈にかわいいという自慢が始まったのだ。


「父上は何をしているんだ……!」

「ちなみに、今の勇者様も負けず劣らず、かわいいと思っているらしいですよ」

「ゾッとする話だ」


 勇者様はこんなにクソ生意気なのに、父親から愛してもらえるなんて奇跡のようなものだろう。


「なんだか意外でした。公爵様は威厳があって、勇者様に厳しく接していると思っていましたから」


 厳しく躾けていたら、今の勇者様みたいに育っていなかっただろう。

 あの親にしてこの子あり、というわけなのだ。


 そんなことはさておき、これから勇者様はどうするつもりなのか。

 疑問を投げかけてみる。


「勇者様、公爵様は勇者様を助けることはできないそうです」

「だろうな」

「イーゼンブルク猊下を糾弾しても、絶対に勝てないだろうと言っていました」


 勇者様は拳をぎゅっと握り、眉間に皺を寄せて険しい表情になる。

 

「イーゼンブルク猊下が諦めるまで、耐えろと言うのか?」

「いいえ。公爵様は私に教えてくださいました」


 勇者様に見せるために書いたメモを差しだす。

 そこには王族が恐れる者がいる、と書いてあるのだ。


「これは、なんなのだ?」

「私にもよくわかりません。けれども、勝てる手段というものがあるようです」


 魔王の討伐はひとまず勇者様(本物)に任せ、私達は私達の敵と対峙しなければならない。

 もちろん、どうするかの決定権は勇者様にある。

 解決せずに、魔王討伐に集中するのであれば、私もそれに従うだろう。


「いかがなさいますか?」


 珍しく、本当に珍しく、勇者様は迷っているようだ。

 勇者としての責任を果たすか、それとも自らの命を守るか、考えているのだろう。


「魔法使い、お前はどうしたい?」


 初めて勇者様が私に意見を求めた。

 またとない機会なので、率直に答える。


「正直、イーゼンブルク猊下をボコボコにしたいです」

「わかった。ならば、そちらを優先しよう」

「いいのですか?」

「ああ。偶然なのだが、私もイーゼンブルク猊下をボコボコにしたいと考えていたのだ」


 どうやら私は、勇者様に物騒なお言葉を教えてしまったらしい。

 公爵ならば、笑って許してくれそうな気もするが。


 これから調査をする上で、ひとつだけ物申したいことがあった。


「あの、勇者様の金ぴかの鎧は目立ち過ぎると思うのです」


 暗殺対象にされまくったのも、あの金ぴかの鎧が目印になっていたのだろう。

 

「今後、暗殺者達に見つからずに調査するには、変装が必要だと思います」


 ただ問題は勇者様である。

 彼がいくら使用人や商人の恰好をしていても、美貌や育ちは隠せない。

 ただ佇んでいるだけで、育ちのいい男だとバレてしまうだろう。


「勇者様がどのような変装をするのかが鍵ですね」

「別に、恰好を変えればなんとでもなるのではないのか?」

「なりませんよ」


 女装も考えたものの、勇者様は背が高いし筋肉質だ。女性物の服を着せても、女性には見えないだろう。


 ガタン、と物音がする。振り返ると、ぶーちゃんが一冊の本を咥えていた。

 本棚からチョイスした本らしい。いったい何を持ってきたのか。

 手に取って、題名を読んでみる。


「これは――〝わかりやすい、夫婦の在り方〟?」

『ぴい!』


 ぶーちゃんが主張していることに気付いてしまう。

 おそらくだが、夫婦に変装すればいいのだ、と言いたいのだろう。


「勇者様、ぶーちゃんがいいアイデアを提供してくれました」

「なんだ?」

「私達は夫婦となって、調査をすればいいようです」


 夫婦設定ならば、勇者様がいくら美しく、育ちがよくても目立たない。

 周囲の視線はすべて勇者様にいくだろうから、私の粗も隠せる。

 これ以上ない、変装だと思った。


「いかがでしょうか?」

「お前と夫婦の振りをするなんて、ゾッとするな」

「奇遇ですね。私もです」


 ただ、変装をするだけで暗殺から逃れるのであれば、積極的にやるしかない。

 偶然にも、勇者様も同じ気持ちだったようだ。


「それしかないと言うのであれば、仕方がないな」

「ええ」


 ただ、夫婦の在り方というのは謎に包まれている。

 ちょうど、手元に技術情報ノウハウが書かれた本があるのだ。

 一ページ目を開いてみる。


「――夫婦というのは、相手に期待しないことが重要」


 なんだか為になりそうなことが書いてある。


「周囲へ夫婦仲が良好だとアピールするのも、大事なことです。具体的にどうやって示すのか。もっとも簡単なのは、お互いの呼び方です」


 勇者様などと呼びかけたら目立ってしまうだろう。

 夫婦の呼び方があるというのはありがたい。


 妻へは〝ハニー〟や〝キティ〟。

 夫へは〝ダーリン〟や〝スイートハート〟などなど。


「勇者様、読んでいて吐きそうになりました」

「同じく」


 私達に夫婦の振りをするなんて、無理なのではないか、と絶望してしまった。

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