勇者様のお父上
公爵はご存じだったのだろう。「ふーん」という言葉を返すばかりだった。
「騎士隊に伝えたにもかかわらず、イーゼンブルク猊下は現在も聖都の枢機卿の座に納まったまま。騒ぎにもなっていない。空っぽの者達を誘拐し、行っていた人体実験については、ドクター・セルジュが諸悪の根源とされている」
「うんうん、酷い話だよねー。あるある! よくある話だよー」
軽い言葉が返され、勇者様は信じがたい、という目で公爵を見つめた。
「父上、この件について、イーゼンブルク猊下は断罪されるべきだと思っている」
「息子ちゃん、それは無理な話なんだよ」
公爵は口元に弧を描いたものの、目が笑っていなかった。
「この国で王族というのは、神にも等しい存在だ。そんな人達を罪に問うなんて、できないんだよ」
「そんな! ありえない!」
「まあまあ、落ち着いて。こういうの、息子ちゃんは初めてだよねえ」
公爵は立ち上がって怒りを露わにしようとする勇者様の腕を掴み、眼力だけで動きを止めた。
勇者様の暴走はああやって止めるのか、と勉強になる。
「まずね、息子ちゃん。私の妻であり、君の母親である女性は元王女だ。その関係で、我が家は問答無用で王族に従わなければならない存在なんだよ」
なんと、勇者様は王家の血筋でもあったらしい。
顔立ちだけは高貴なわけだ。
「それは、イーゼンブルク猊下の罪とはまったく関係ない!」
「いいや、深い関係があるんだよ」
公爵は勇者様にずっと黙っていたことがあるらしい。
それについては、魔王を倒したあとに話して聞かせようと思っていたのだとか。
「イーゼンブルク猊下はね、息子ちゃん、君のお祖父ちゃんなんだよ」
「なんだって!?」
つまり、イーゼンブルク猊下と勇者様の母親は親子関係にあるということだ。
教会に勤める者は皆独身のはず。
それなのになぜ、イーゼンブルク猊下に子どもがいるのか。
「イーゼンブルク猊下は十代の頃から、教会に身を寄せていた。けれども若気の至りなのか、十代半ばくらいに、親しくしていた女性との間に子どもを作ってしまったんだよ」
神に仕える王族に子どもができたなんて、醜聞にしかならない。
けれども相手の女性がイーゼンブルク猊下との間に生まれた子だと主張すると言って聞かなかったようだ。
「困り果てたイーゼンブルク猊下は、兄である国王陛下にどうにかするよう懇願したらしい」
国王は悩んだ挙げ句、イーゼンブルク猊下の子を自分の娘として引き取り、子どもを産んだ女性を別の王族に嫁がせたようだ。
「そんなわけで、イーゼンブルク猊下は君のお祖父さんだから、陥れるようなことをしたらいけないんだよ。妻だって父親が残酷な行為を指示していたなんて知ったら、悲しむだろうしね!」
イーゼンブルク猊下にとって勇者様は孫だったのだ。
以前、勇者様がイーゼンブルク猊下からベタベタ触られた、なんて話をしていたのを思い出す。
きっと、唯一の孫である勇者様と仲良くしたかったのだろう。
勇者様は絶望の淵に立たされたような表情で、公爵を見つめていた。
せっかく事件について解決するために実家に戻ってきたのに、イーゼンブルク猊下が祖父だと知ってしまったのだ。衝撃を受けるのも無理はない。
「父上、私は、イーゼンブルク猊下と施設の関係について報告してからというもの、暗殺者に狙われるようになった」
「うんうん、酷い話だよねえ」
「イーゼンブルク猊下が私を殺すよう命じて、口封じをするつもりだったんだ」
「うーん、そうかもしれない」
「父上は、この件についても知っていたのか?」
「いいや、知らなかった。でも、私がイーゼンブルク猊下だったら、そうするだろうなーって思ったけどね!」
今度こそ、勇者様は勢いよく立ち上がる。
公爵は目を細めながら、勇者様を見上げていた。
「息子ちゃん、これからどうするの?」
「父上と縁を切る!!」
「そんな寂しいことを言わないでよ。せっかく親子として生きてきたんだし」
この先勇者様がご実家の支援なしに旅を続けるなんて無理な話だろう。
私も公爵と一緒になって止める。
「勇者様、一時的な短気で絶縁なんてしないほうがいいですよ」
「ほら! 魔法使いちゃんもこう言っているじゃない!」
勇者様は干したエイのような表情を勢いよく私に向け、プリプリ怒り始める。
「魔法使い! お前はなぜ、父上の味方になっているんだ! さっきまでの話を聞いていたのか!? 私達の命が狙われると知っていたのに、平然としていたんだぞ!? 父親のすることとはとても思えない!!」
「まあまあ、この冷めた紅茶でも飲んで落ち着いてください」
「そうそう! あ、息子ちゃんが生まれた年に造らせたワインでも飲む? 二十歳になったら開けようと思っていたんだけれど、縁が切れそうだから今飲んでおく?」
「う、うるさーーーーーい!!!!」
そう叫んだ勇者様に、執事が素早い動作で何かを嗅がせていた。
勇者様は「ウッ!!」と叫んだのちに、意識を失う。
これまでのほほんとしていたイッヌがハッとなり、ぶーちゃんも警戒を露わにする。
メルヴは勇者様のもとに行き、葉っぱを食べるか聞いていた。
「あの、これはいったい?」
「大丈夫だよ、お嬢さん。息子には強制入眠の薬を使っただけだから」
「はあ」
興奮していたので、眠らせたほうがいいと判断したらしい。
息子の扱いが、街中で暴れる馬と同じであった。
使用人の手によって、勇者様が運ばれていく。イッヌは勇者のあとについていっていた。
メルヴは勇者の上に乗っていたからか、そのまま一緒につれて行かれてしまう。
まあ、心配ないだろう。たぶん。
私はどうしようか、と思っていたところに、公爵が話しかけてきた。
「少し話したいんだけれど、いいかな」
「あ、はい」
先ほどまでのふざけた様子は鳴りを秘め、公爵は真面目な様子で話しかけてくる。
「まずは、これまで息子と一緒に旅を続けてくれて、心から感謝するよ。本当にありがとう」
「いえいえ、どうかお気になさらず」
私は勇者様に殺してもらうために一緒にいるだけだ。
別に、情で行動を共にしているわけではない。感謝されても、困ってしまう。
「最初に旅をしていた子、回復師だったかな。彼女と一緒にいても、旅は上手くいかないだろうって、ずっと思っていたんだよね」
勇者様と回復師は幼なじみで、物心がつくころから傍にいたらしい。
公爵は旅立つ勇者様を見送る場でもよくないのでは、と思ったものの、そのまま送りだしてしまったようだ。
「あの子は一から十まで、なんでもやってしまうからね。彼女の働きは息子がそれを自分の力だと勘違いするくらい、さりげないものなんだ」
「はあ」
その勘違い息子と私はずっと旅を続けてきた。
とんでもなく大変だったので、あまり詳しく思い出したくない。
「追放したと聞いて、安心したんだよ」
回復師と勇者様の結婚話も浮上していたようだが、やはり相性がよくないと断っていたらしい。
「いやー、婚約していたご令嬢はいい子だったんだけどねー。縁結びをするのにも苦労したのに、婚約解消されるなんて悲しいなあ」
育て方を間違ったかなーなんて言っていたので、きっとそうだと思いますと答えたら、公爵は腹を抱えて笑っていた。




