犬との旅立ち
テイムしている魔物を街中で連れ歩く場合は、首輪を付けて繋いでおかなければならない。
首輪や鎖もおまけで貰っていたようだ。
イッヌには革の首輪が装着され、鎖で繋がれる。正しいテイムの在り方なのだが、遠くから見たら散歩される小型犬にしか見えなかった。
ちなみに餌は必要ないらしい。契約者から供給される魔力のみで充分生きていけるようだ。餌代がかからないのは地味に助かる。
「イッヌ、お前が大きくなったら、私を背中に乗せてくれるか?」
『きゅうん!』
「そうか、そうか。楽しみにしているぞ」
何やら楽しげに会話しているようだが、イッヌはこれ以上大きくならない。
仮に奇跡が起きて大きくなったとしても、フェンリルの体毛は針のように鋭いので、騎乗は不可能だろう。
人生には夢や希望があったほうがいいので、指摘しないでおくが。
「さて、と。戦闘力の補充はこんなものでいいか」
明日に備えて眠りたい。その前に、腐死者討伐に備えてアイテムを買い集めておいたほうがいいだろう。
「勇者様、道具屋で魔法薬や装備を揃えましょう」
「そんなもの、これまで必要なかったが?」
「これまでアイテムを必要としなかったのは、回復師さんが魔法で毒や傷を治してくれたからなんです」
「そうだったのか!」
いつも知らぬ間に回復していたので、助けてもらっていた意識がないのだろう。
おそらく腐死者がいる村にも道具屋はあるので、アイテムは最低限にしよう。
中央街にある道具屋へ一歩足を踏み入れた瞬間、店主に注意される。
「お客さん、犬の入店はお断りだよ」
「イッヌは犬ではない。誇り高きフェンリルの仔犬だ!」
「フェンリルでもケルベロスでも、犬に違いないんだ」
「むむう……!」
苦渋の判断として、イッヌは道具屋の前にある魔石街灯に繋がれた。
まるで、飼い主が買い物する間だけ外に繋がれた犬のようだ。
「イッヌ、そこで少しの間だけ待っているんだぞ」
『きゅううううん!』
イッヌは手足をばたつかせ、潤んだ瞳で勇者様を見つめる。一秒たりとも別れたくない、と訴えているようだった。
「そんなふうに鳴いても、イッヌは店内に入れないんだ!」
『きゅううう……!』
「勇者様はイッヌとそこで待っていてください。買い物は私がしますので」
どうせ、何が必要かとかわかっていないだろう。
勇者様とイッヌを外に待たせ、私は道具屋へ戻る。
「いらっしゃい。彼氏と犬は置いてきたのかい」
「彼氏ではありません」
犬のほうは否定しないでおく。おそらく、その辺の愛玩犬以下の戦闘能力だろうから。
ひとまず、基本的な魔法薬(ヒール丸薬、解毒丸薬、気付け薬、傷薬軟膏、眠気覚まし、酔い止め)を購入した。
「あと、魔物避けはありますか?」
「あるよ」
道具屋には聖水と魔物避けが販売されている。
中身はどちらも一緒なのだが、なぜか聖水のほうが少し高価なのだ。
聖水は教会の井戸水を貰いにいけば無償なのだが、寄付をせずに拝借したら聖司祭はあまりいい顔をしない。いろいろ面倒なので、買ったほうがマシなのだ。
最後に携帯食を購入する。
陳列棚に並んであるのは、干し肉、堅固パン、干し果物、ナッツ、板状チョコレートなどなど。
なるべく軽い物がいいだろうと思い、干し肉を購入した。
会計は銀貨五枚ほど。勇者様のご実家のツケで購入させていただいた。
アイテムを鞄に詰めたら、パンパンになってしまう。こんなにたくさんのアイテムを持ち運ぶなんて初めてだ。
これまでアイテムは回復師が収納魔法で運んでいたので、不在が悔やまれる。
道具屋の外に出ると、勇者様が楽しげな様子でイッヌと戯れていた。
「おい、魔法使い! 私のイッヌは非常に賢いぞ! 見てくれ!」
そう言って、勇者様はイッヌのお手を披露してくれた。
ドッと疲労が押し寄せたものの、これから食事を奢ってもらう予定なので、拍手を送っておいた。
「さて、次はどうしようか」
「食事です!!」
「そうだったな。言われてみたら空腹だ」
喜び勇んで高級レストランに足を運んだのだが――。
「犬の入店はお断りしております」
「なんだと!?」
ここでも、イッヌのせいでお店に入ることができないと言われてしまった。
「勇者様、イッヌは店の外に繋げておきましょう」
「嫌だ! このように賢くかわいいイッヌを外に繋いでいたら、誰かに誘拐されてしまうだろうが!」
飼育一日目にして、過保護すぎる飼い主と化しているらしい。
犬連れは基本的にどこの店もお断りなのだろう。
ならば、選択権はひとつしかない。
「屋台街に行きますか」
「なんだ、それは?」
お坊ちゃん育ちの勇者様は、屋台街をご存じでないらしい。
「屋外で食べ物を販売している区画があるんです。そこならば、イッヌを連れて食事ができるでしょう」
「ああ、なるほど。そのような場所があるのだな!」
そんなわけで、お腹の虫がぐーぐー鳴く音を聞きながら屋台街へ向かったのだった。
太陽が傾き、夜の帳が下りていく。
屋台街の店先に吊してあった魔石灯の明かりが灯され、辺りは幻想的な雰囲気になっていった。
屋台街では肉が焼ける音や、いい匂いが漂っている。
「勇者様は何を食べますか?」
「前菜は鴨のテリーヌがよい」
「そのような上品な料理は屋台街にはありません」
「なんだと!?」
「鴨がお好きならば、あちらに焼いたものがございます」
私が指をさしたのは、鴨の丸焼きだった。
ちょうど顔が勇者様のほうを向いていたようで、驚きの表情を浮かべる。
「あの鴨はそのまま丸かじりするのか!?」
「いいえ。注文したら、身を解してもらえるようですよ」
「そ、そうか。安心した」
「買いますか?」
「いや、今日はいい」
どうやら鴨と目があったようで、食べたい気持ちが失せてしまったようだ。
他にも、豚の頭部がどかんと置かれた店や、魚の踊り食い、トカゲの丸焼きなど、ありとあらゆる料理が売られていた。
どの料理も勇者様のお眼鏡にかなう物ではなかったようで、ひたすらいらないと首を横に振っていた。
「ひとまず、魔法使いと同じ物を購入してくれ」
「わかりました」
屋台の定番である串焼き肉に、ひき肉パン、魚の丸焼きに、揚げ芋、ベリーの飴絡めに蜜炭酸ジュースを購入した。
屋台街にはテーブルと椅子が用意されていて、自由に利用できる。
買ってきたものを広げ、どっかりと腰かけた。勇者様はイッヌを膝に置いた状態で座る。
お腹が空いたので、さっそくいただこう。
串焼き肉を握り、頬張ろうとした瞬間、ふと気付く。
勇者様は料理を前に、食前の祈りを神へ捧げていた。こういうところを見ると、育ちがいい人なんだな、と思ってしまう。
私は神なんているわけがないと思っているので、何もせずに串焼き肉をいただく。
香ばしく焼かれた肉には濃い目の香辛料が振られていて、疲れた体に沁み入るよう。
ひき肉パンは肉汁たっぷりで、揚げたてだったのでパンはカリカリだった。
塩をたっぷり振った揚げ芋は、ホクホクしていておいしい。
ベリーの飴絡めは薄く絡めてある飴が、ベリーの甘さを引き立ててくれるようだった。
喉の渇きを蜜炭酸ジュースで癒やす。
勇者様はナイフやフォークがない食事は初めてだったようで、戸惑っている様子を見せていた。
カトラリー類も、回復師が毎回勇者様のために用意していたのだろう。
これからはこういう食事にも慣れてほしい。
お腹が満たされた私達は、宿に向かう。
ここでも、問題が起きてしまった。
「その、犬はちょっと……」
さすがに、街中で野宿はない。どうしようかと困り果てていたら、勇者様が解決してくれた。
「ならば、イッヌの宿泊料として、金貨三枚払おう」
そんなふうに言ったら、あっさり宿泊が許可された。
勇者様はキリッとした様子でいたものの、支払いをするのはご実家の父君である。
実家が太いというのは最強の切り札だな、としみじみ思ってしまった。