怒りの勇者様
「どうして勇者である私の命を狙っているのだ!? 私が死んだら、誰が魔王を倒す!?」
それは勇者様(本物)が倒します……という残酷な真実はまだ言わないでおく。
「街に立ち寄るごとに命を狙われては、体が休まらない!」
「ええ」
せっかく街に立ち寄ったのに、命の危機にさらされ続けていたのだ。
おいしそうな料理、ふかふかの布団、洗濯された清潔な服――街でもたらされるすばらしい物の数々に、暗殺が絡んでくる。
冗談ではないと言いたい。
この先、野宿のみで魔王討伐の旅を続けるというのも難しい話だろう。
回復師がいたら可能だったかもしれないが。
「そういえば勇者様、大森林で回復師様と再会したとき、気まずかったり、ケンカにならなかったりしなかったのですか?」
「なぜ?」
「いやだって、追放したことに対して、回復師様が何も思わないわけがないと思いまして」
「別に、私が追放したことに対して、文句は言われなかったぞ。むしろ、パーティーに復帰したいと言ってきたくらいだ。すぐに断ったがな」
「なっ……!?」
信じがたい情報を耳にしてしまった。
回復師は勇者様から追放されたことを怒るどころか、パーティーに復活したいと言っていたらしい。
我が耳を疑うような言葉である。
「もともと、魔王討伐の旅だって、回復師が勝手についてきたのだ。私が同行するように頼んだ覚えなど一度もない」
「しかし、どうして断ってしまったのですか?」
回復師がパーティーにいないほうが都合がいいのだが、それは私の個人的な事情があるからだ。それを抜きにしたら、パーティーにいてほしい存在である。
「これまでうっかり死んだり、まずい料理に悶絶したり、野営で眠れなかったりしたでしょう?」
「それはそうだが、私は自分が一度決めたことは、何があっても曲げたくないのだ」
たとえ間違っていたとしても、自らの発言に責任を持っているようだ。
勇者様はとてつもなくまっすぐな人物で、信じがたいくらいの頑固者なのだろう。
まさか回復師が勇者様のパーティーに戻りたかったなんて。
どうやら追放されても、勇者様を愛する気持ちに変わりはないらしい。
勇者様のどこが好きなのか、一度聞いてみたいものである。
ずっと一緒に旅をしていたが、好感を抱く瞬間なんてなかったような気がした
顔がよく、実家が太いというのは魅力的な要素なのかもしれないが、私の胸にはまったく響かない。
勇者様の自分勝手な様子や考えなしの言動を前にすると、神から授かった物の何もかもが台無しになっているのだろう。
「おい、魔法使い。お前、今失礼なことを考えていないだろうな?」
「いいえ。街で食べ損ねたドーナツのことについて考えていました」
「あれは毒入りだったではないか!」
粉砂糖がたっぷりまぶされた、揚げたてのドーナツだったのに、暗殺者が私達を殺すために毒を仕込んでいたのだ。
かぶりつこうとした途端に空から鳥が飛んできて、私の手からドーナツを奪った。
手を伸ばした瞬間、鳥は羽ばたくのを止めて、落下していったのだ。
動かなくなった鳥を調べたところ、泡を噴いて死んでいた。
ドーナツには毒が混入してあったのだ。
鳥が毒味をしてくれたおかげで、私達は死なずに済んだわけである。
「でも、あのドーナツは限定品で、一時間も並んだんですよ!」
「今思い出しても、バカなことをしたと思っている」
あまりにもおいしいという話だったので、うっかり行列に並んでしまったのだ。
ちなみに、毒混入事件についてはすぐさま騎士隊に通報し、後処理は勇者様のご実家に任せた。
そこまで騒ぎにならずに、翌日から営業再開されたと聞いた。
私達はドーナツ店を出入り禁止にされてしまい、二度と食べられなくなったのである。
「ドーナツくらい、実家に行ったら山のように食べられる!」
「いいですねえ」
「だったら、私の実家に行くぞ!」
「え!?」
勇者様が懐から転移の魔法巻物を取りだす。それはご実家に繋がっている物らしい。
「ちょっと待ってください。せっかくここまで来たのに、ドーナツを食べるためだけに王都に戻るなんて!」
「目的はドーナツだけではない! 暗殺について、王家に抗議する!」
「いやいやいや!!」
王家が暗殺者を仕向けたという証拠はどこにもない。
命を狙うとしたら、王家しかないだろうと勝手に推測したことだ。
「魔法使い、どうして止める!?」
「だって、暗殺者に襲われた記録もなければ、王家の差し金だという確かな証なんてないので。そんな状態で王族相手に糾弾したら、殺されるに決まっているでしょう!」
勇者様のご実家だって、庇いきれないだろう。
きっと王都に私達の味方なんていない。そんな残酷な現実を、勇者様に告げる。
「それでも、私は我慢できない!」
そう言って、魔法巻物を破る。
勇者様は私を担ぎ上げ、メルヴを鞄の中へ詰め込む。
ぶーちゃんは勇者様の足にしがみつき、イッヌは勇者様の空いている腕に飛び込んだ。
転移魔法が展開され、景色がくるりと回転する。
鬱蒼とした森から、ふかふかの絨毯がある部屋へ着地した。




