彼らの罪
ドクター・セルジュは私に対する恐怖を和らげたいのか。ワインを飲み始める。
酔いが回ったら、まともな判断もできなくなるだろう。
どんどん飲ませて、耳まで真っ赤になったところで問いかける。
「ドクター・セルジュはあ、魔物使いだと、お聞きしましたあ」
「ええ、そうなんですよ」
「他の部屋からモンスターの鳴き声がたくさん聞こえてきたのですが、室内で飼っているのですかあ?」
「その通り」
会話に付き合ってくれなかったらどうしよう、と思っていたのだが、ドクター・セルジュは話し相手になってくれるらしい。
どんどん質問をぶつける。
「何か、調べるような話し声が聞こえたんだけれど、それはどうして、ですかあ?」
「ここがね、研究施設だからなんですよ」
「何について、調べているんですかあ?」
「それはね、才能を持たない者について、研究しているんですよ」
「へえ、そうなんですねえ」
だんだんと舌が回らなくなってくる。とてつもない速さで腐食が進んでいるのだろう。
まだまだ聞きたいことはたくさんあるのに。
なるべく早口で問いかけてみた。
「具体的にはあ、どんなことを、しているんですかあ?」
「空っぽの者達に、才能を付与する研究ですよ」
すでに酔いが回ったのか。
ドクター・セルジュが魔物使いで、ここにいるのがモンスターだという設定を忘れているようだ。
「どうしてえ、そのようなことを、しているんですかあ?」
「それはね、〝リサイクル〟っていう異世界の言葉を知っていますか?」
「りさいくる? いいええ、初めて聞きましたあ」
ドクター・セルジュの瞳が怪しく光る。実にあくどい表情を浮かべていた。
「リサイクルっていうのは、不要な物や廃棄物を再利用するという意味があるんです。つまり、この世界に必要ないとされている空っぽの者達を賢く利用し、世の中の役に立てることをしているのですよ!!」
「空っぽの者達が才能を手にしたら、社会復帰になる、という意味ですかあ?」
「いいえ、違います。始めから、そのような研究などしていません。ここにいる者達は、無条件に人を痛めつける、すばらしい趣味を持つ者ばかりなんです!!」
最悪だ、吐き気がする。
ここにいる施設の者達は全員、人間のクズというわけだ。
まさか、研究すら始めから行われていなかったなんて……。
まだ、情報が足りない。あと少しだけドクター・セルジュから引きださなければならないだろう。
「ドクター・セルジュがあ、ここのお、責任者、なのですか?」
「ここではそうですね」
ここでは、という言葉が引っかかる。
別に指示をだしている者がいるような口ぶりであった。
「ドクター・セルジュよりも偉い、ここの責任者って、誰なんですかあ?」
「うーーん」
そこまでは喋らないか。
ただ、ここで引き下がるつもりはない。
手と手を合わせ、神に祈るように問いかける。
「お願いしますう、教えてくださいいい」
床の上に這いつくばり、平伏してみた。すると、ドクター・セルジュは気分をよくしたようで、施設の総責任者について話してくれた。
「そこまでするのであれば、わかりました。内緒ですよ」
緊張で胸がドクドクと激しく鼓動しているような気がした。
腐死者化しているので、心臓はとうの昔に止まっている。完全に勘違いだった。
「――枢機卿、アイゲングラフォ・フォン・イーゼンブルク閣下です」
それは国王の甥であり、聖都のトップに立つ男の名であった。
いったいなぜ、イーゼンブルク猊下が空っぽの者達を集め、研究するように命令していたのか。
ドクター・セルジュは小物臭がしていたので、上に立つ者がいるだろうと思っていたのだが……。
まさかの人物に、言葉を失う。
というより、舌が腐り落ちて喋れなくなっていた。
私の体は腐るのが早すぎる。
ただ、ここまで聞けたら十分だろう。
ドクター・セルジュを始めとする、ここの施設にいる者達の罪は明らかになった。
「ふふ、驚いて、言葉もでないようですね」
いいえ、舌がないので喋れないだけです。
勇者様に合図を出さなければならないのだが、腐死者のように叫ぶしかないようだ。
サッと立ち上がると、頭巾を外して声をあげた。
「ううううう!! ああああああああ!!」
腐死者はなぜ、不気味な叫びをあげているのか、ずっと疑問だった。
今、腐死者になって理解する。
声帯や舌が腐り落ちたので、言語を口にすることができないのだろう。
お気の毒に、と腐死者になって初めて同情してしまった。
ドクター・セルジュは私のご乱心を前に、悲鳴をあげていた。
「うわああああ!!」
同時に、勇者様が天井裏から飛び下りてくる。
「お、お前は、死んだはずでは!?」
「喋るな!!」
そう言ってドクター・セルジュの首に腕を回す。空いた手はナイフを握り、首筋に当てていた。
ドクター・セルジュは信じがたい、という表情のまま凍り付いている。
毒草ジュースで仕留めたはずの勇者様が元気よく現れたので、驚いているのだろう。
イッヌはドクター・セルジュの股間の前に立ち、ぐるるるると唸りながら牙を剥き出しにする。妙な動きを見せたら噛みつく、という姿勢を見せていた。
それに気付いたドクター・セルジュは、涙を流しながら「やめてくれ」と懇願する。
ここに連れてこられた者達は、股間に噛みつかれるよりも痛い思いをしているのだ。
勇者様も同じように思っていたのだろう。イッヌに噛むように命令していた。
「待て! 待って! そこだけは」
『きゅん!』
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
そうこうしている間に、私はレイズ点薬を自ら打つ。
すると、全身に痛みが走り、立っていられなくなった。
腐死者にとって、治癒の力を持つ魔法薬は毒なのだろう。
勇者様の大捕物を邪魔してはいけないので、静かに苦しんでおく。
しばらく我慢していたら、痛みは治まるだろう。そう思っていたのに、なかなか回復しない。
もしや、腐死者化はレイズ点薬では治らないというのか。
他の魔法薬を試したものの、まるで効果はなし。
もしかして、毒入りの料理を口にしたことが、私の体に悪影響を及ぼしているのだろうか?
「――!!!!」
歯を食いしばって耐えようとしたのに、体に力が入らない。
『ぴいいい?』
ぶーちゃんが私を心配して傍にきてくれたが、今はドクター・セルジュ以外の者達を警戒してほしい。
そう願ったら、どうしてかぶーちゃんは理解してくれたようだ。
私を庇うように立ち、扉の向こうをジッと見つめていた。
だんだんと視界がぼやけてくる。ぶーちゃんの姿も、黒い塊にしか見えなくなってしまった。
施設の行く末について、この目で見ておきたい。死ぬわけにはいかないのだ。
何かいい薬がないものか。
鞄の中を探っていたら、わさわさとした葉っぱに触れる。
これはいったいなんのか、と引き抜いてみた。
『ワ~~~~!』
幼い子どものような、気の抜けた声が聞こえた。
「……え?」
私は今、小さな大根のような生き物を掴んでいる。
葉っぱの形は、世界樹で手にした大粒の種から発芽していたものに酷似していた。
よく目が見えないのだが、その大根はワサワサ動き、生きているように見えるのだ。
これはいったい……?
殺意のようなものはいっさい感じない。それどころか、私を心配するように覗き込んでいるように思えてならなかった。
『ドウカシタノ?』
そう問いかけられ、声なき声で伝えてみる。
辛い、苦しい、息ができない。
大根は理解したのか、大きく頷いたように見えた。
『ダッタラ、メルヴノ葉ッパ、食ベルト、イイヨオ』
今、メルヴと聞こえたのは気のせいだろうか?
聞き返そうとしていたのに、大根は私の手からするりと落ちて着地する。
頭部に生えている葉っぱを引き抜き、私の口元へと運んだのだ。
『ハイ、ドウゾ!』
口に含んだそれは、とても甘くておいしかった。
それだけでなく、全身の痛みがきれいさっぱり消えてなくなる。
「え……嘘!?」
ありとあらゆる不調が回復し、視界もクリアになっていく。
『モウ、元気?』
そんなふうに問いかける大根に、私は頷いたのだった。
「あなたはいったい――!?」
大根の答えを聞く前に、ドクター・セルジュの叫び声を聞いた職員達が集まってくる。
「いったいどうしたのですか!?」
「何事だ!?」
勇者様はドクター・セルジュにナイフを当てた状態で叫んだ。
「皆の者、動くな! 動いたらこの者の命はないぞ!」
まるで悪役のように宣言してから、勇者様が職員達の動きを止める。
職員達はぐったりして動かないドクター・セルジュを心配しているようだ。
背後にいた職員が、ボソボソ詠唱しているのに気付く。
「あいつ――!」
私が声をあげるのと同時に、巨大化したぶーちゃんが職員達に突進する。魔法は完成せず、暴発したようだ。
ぶーちゃんは魔法で防いだようだが、他の職員達は魔法の暴発に巻き込まれたらしい。
腕や足が千切れ、のたうち回るように苦しんでいた。
これが、これまで私達が感じていた痛みである。
存分に味わってほしい。
その後、勇者様はドクター・セルジュを始めとする、施設の職員達を騎士隊に突きだした。
囚われていた空っぽの者達も保護し、ケガを治療させた。
それだけでなく、宣言していたとおり、勇者様のご実家に連れて行くよう命令したらしい。
転移魔法で移動する彼らに、勇者様は言葉をかけた。
「立派に草むしりをするのだぞ!!」
勇者様は空っぽの者達に大きく手を振り、別れたのだった。




