お食事会(※毒入り)
夕食の時間が近づいてきた。
私はドクター・セルジュと会ったのは今日が初めてだったものの、相手はどうかわからない。
もしかしたら、ここに連れてきた者達の顔は覚えている可能性もある。
そのため、顔は絶対に見せるわけにはいかない。
「食事の席で頭巾を取れと言われたらどうするんだ?」
「対策は考えています」
「そうか」
今回の作戦はチームをふたつにわける。
ひとつは勇者様とイッヌの、天井裏でドクター・セルジュを捕まえる係。
もうひとつは私とぶーちゃんによる、食堂でドクター・セルジュの悪事を暴く係だ。
おそらくドクター・セルジュはここを空っぽの者達を集めた、研究施設だなんて言わないはずだ。
ただ、遠回しに聞くことはできるだろう。
「そろそろ向かうか」
「ええ、よろしくお願いします」
勇者様は部屋にある本棚の上に乗り、天井を一枚剥がす。
布に包んだイッヌを首からぶら下げた状態で、天井裏へと登っていった。
食堂までの道のりを一時間ほど前に案内し、目印である発光石も置いているのだ。勇者様は天井裏で迷いそうだが、賢いイッヌが食堂の上まで導いてくれるだろう。
しばらく待っていると、先ほどの老人がやってきて、食事の時間だと教えてくれた。
「おや、おひとりですかな?」
「はい。勇者様はまだ眠っているようで」
老人は部屋をちらりと覗き込む。寝台にある膨らみは、布団を丸めて作ったものである。我ながらいい出来だと思っていた。
老人は「なるほど」と小さく呟き、踵を返した。
「承知しました。では、ご案内します」
老人は勇者様が毒草ジュースを飲み、死んでいることを知っているようだ。さほど追及せずに確認は終わる。
「食堂はこちらです」
何やら料理のいい匂いが漂ってきた。
先ほど携帯食のパンやスープを飲んだのに、食べられそうな気がしてならない。
「どうぞ中へ」
食堂にはドクター・セルジュが待ち構えていた。
「まだ、お兄さんは目覚めていないのかな?」
「ええ、疲れているようで」
「それはそれは。のちほどサンドイッチか何かを部屋に運ばせましょう」
「ありがとうございます」
老人が椅子を引き、座らせてくれた。
椅子にはイッヌの毛玉が落とされている。これは事前に打ち合わせていた目印だ。すでに、天井裏に到着しているのだろう。
準備は整っているので、作戦開始となる。
食事が運ばれてくる前に、ドクター・セルジュが優しく言葉をかけてきた。
「ああ、そうだ。頭巾は取っていいですよ」
それは提案というよりも、今すぐ外せ、という意味が滲んでいるように思えた。
ドクター・セルジュはいつでもにこやかで、柔和な印象を受ける。けれどもその中身はどろどろに腹黒いのだろう。
「あ、あの、私、顔に火傷があって……。見たら具合が悪くなると思います」
「構いませんよ。気にしないでください」
「で、では……」
ドキドキしながら、頭巾を下ろす。
私の顔を見たドクター・セルジュは、「ヒイ!!」と悲鳴をあげた。
「私の顔、恐ろしいですか?」
「いや、その、うげええええええ!!」
食事の前だと言うのに、ドクター・セルジュは盛大に吐いてくれた。
まあ、それも無理はないだろう。
私は自身に、不死者が使っていた腐死への誘いを使ったのだ。
肌はドロドロに溶け、目は落ちかけ、頬の肉は削げている。
現在、私は腐死者状態なわけだ。
作戦が終わったら、レイズ点薬で治す予定だが、上手くいくものなのか。
天井裏から様子を窺っている勇者様には、私のつむじしか見えないので、何を見たのかわからないはずだ。
まあ、バレても腐死者化できる魔法薬を使った、と適当にはぐらかすつもりだが。
ぶーちゃんは私を見て驚いているようだが、大人しくしてくれた。
内心、ごめん! と謝罪する。
「ず、頭巾は被っていても、問題ないですよ」
「わあ、ありがとうございます」
頭巾を被り直している間に、部屋がきれいに清掃されていく。
どうやらこのまま食事を続けるつもりらしい。
給仕によって料理が運ばれてくる。おいしそうなポタージュであった。
千里眼で確認すると、料理名が〝毒サソリのポタージュ〟と表示される。
毒サソリは猛毒の尾を持つモンスターである。
やはり、即死ではなく緩やかに殺す方向へ持っていきたいらしい。
腐死者の状態では毒は無効化なので、普通にいただく。
毒サソリのポタージュの舌触りはなめらかで、濃厚な味わいだ。味に違和感はなく、普通においしいポタージュであった。
「とってもおいしいですう」
「そ、そうですか」
腐死者化しているからか、舌先が上手く回らず、幼児みたいな喋り方になってしまう。
一刻も早く元に戻りたい。
他にも、さまざまな毒入り料理が運ばれてきた。
猛毒魚の蒸し煮に、フォレスト・ボアの赤ワイン煮、毒草入りパンに、毒イチゴのムースなどなど。
ドクター・セルジュに用意されたのは毒入り料理に似せた、毒なし料理である。
「たくさん食べてくださいね」
「ありがとうございますう」
私がしっかり食べているか、ドクター・セルジュは気になるのだろう。たまにチラチラとこちらを見ていた。
大きく切りわけたフォレスト・ボアの肉を、ドクター・セルジュのほうへ差し向ける。
「一口食べますかあ?」
「ヒッ! な、なぜ!?」
「さっきから、羨ましそうに、私を、見ているのでえ」
「あ、いいえ、おいしそうに食べているな、と思って見ていただけです。君が食べてください」
「は~い」
先ほどの焦った表情は見物だった。内心ほくそ笑んでしまう。
毒入り料理はどれも案外おいしくて、ペロリと完食してしまった。
「ぜんぶ、最高でしたあ」
「お口に合ったようで、何よりです」
先ほどから、ドクター・セルジュの顔が引きつっていた。
腐死者化した姿を見せたからだろうか。
食後の紅茶が運ばれてくる。これも毒草茶らしい。ここまで徹底しているとは、逆に感嘆してしまう。
料理や紅茶を味わっている場合ではなかった。そろそろ本題へと移ろう。




