勇者、騙される!
足早に老婆のもとから去ろうとしていたのに、勇者様は微動だにしていなかった。
「老婆よ、どうして私が困っていると気付いたのだ!?」
勇者様は目を見開き、驚愕した様子でいた。
私達が下町で何かしらの調査をしているというのは、周知の事実だ。行動を見ていたら、赤子にでもわかることである。
けれども世間知らずで箱入り息子な勇者様は、老婆が不思議な力によって見抜いたのではないのか、と思ったようだ。
「よくわかったな」
勇者様の感嘆するような言葉を聞いた途端に、老婆は瞳を輝かせる。
手にしていた水晶を掲げ、理由について語った。
「それはね、このあたしが〝占い師〟の才能を持っているからさ!」
嘘である。千里眼で調べたところ、彼女の才能には〝詐欺師〟と記してあった。
「視える! 視えるよ! あんた達は、人を捜しているね?」
「ああ、そうだ。このピアニーの街で、いなくなった子ども達の行方を捜している!」
「そうだ! 子どもだ!」
勇者様は私を振り返り、とっておきの情報を手にした、とばかりの表情で見つめてくる。
「一生懸命探したんだけれど、まったく見つかっていないね?」
「そうなんだ! よくわかったな!」
勇者様は気持ちがいいくらい、すがすがしく騙されていた。
ここまで盛り上がったら、詐欺師のお婆さんも気持ちがいいだろう。
「子ども達はいったいどこにいるんだ!?」
「今からそれを占ってあげよう」
そう言って、お婆さんは勇者様に手を差し伸べる。
「ん、なんだ?」
勇者様に抱かれていたイッヌが、老婆の手のひらに前足をぽん! と置いた。
「犬っころ、これはお手じゃないよ!!」
『きゅううん?』
イッヌはかわいらしく小首を傾げる。けれども老婆は「けっ! あたしに愛嬌を振りまいても無駄だよ!」と悪態を吐くばかりであった。
「あたしの占いは有料なんだ。一回、金貨十枚いただこうか」
「なるほど!」
勇者様は私に財布をだすように急かす。
そういえば、あまりにも騙されるので、財布を取り上げていたんだった。
「おい、子ども達の行方が金貨十枚でわかるそうだ。早くだせ」
「だすわけないでしょうが! 勇者様、その占いはインチキです」
「なんだと!? そんなわけあるか!!」
勇者様は憤りつつ、老婆に「そうだよな!?」と詰め寄るように聞く。
その勢いに老婆は圧されていて、カクカクと頷くばかりであった。
「この老婆の占いがインチキである証拠を示せ!」
「そうですね。では、勇者様がこの先魔法学校に入学したさいの、成績について占っていただきましょうか」
「は、何を言って――むが!」
勇者様はすでに魔法学校を成績最下位で卒業している。
もしも彼女の占いが本物ならば、それを見抜くだろう。
「な、なんであたしが無償で占いをしなければならないんだよ!」
「結果次第では、子ども達の行方についての占いの報酬と含めて、金貨二十枚お支払いしますよ」
金貨二十枚という言葉に、老婆は目の色を変える。
すぐさま水晶を掲げ、占いを始めた。
「――ああ、視える! 視えるよ! あんたは魔法学校を成績優秀者として入学し、学年一番の秀才として卒業する未来が!」
「ですって」
老婆の適当にもほどがある占いを前に、勇者様は絶句していた。
「どうだい?」
「老婆よ、私はすでに魔法学校を卒業している。成績は最悪だった」
「へ!?」
「紛うかたなきインチキだな」
そう言って、勇者様は踵を返す。
「あ、ちょっと! 占ったのに、金は!?」
「偽物にだす金などない。失せろ!」
勇者様はモンスター相手にも見せたことがないくらいの怖い顔で言い放つ。
その迫力を前にした老婆は、それ以上食い下がろうとはしなかった。
勇者様は下町をずんずん、ずんずんと歩き、中央街の平和な通りでピタリと止まった。
「魔法使いよ」
「はい?」
「ああいう詐欺師は、どうやって見抜くのだ?」
「そうですねえ、雰囲気、でしょうか?」
勇者様は頭を抱え、「そんなやんわりとした情報で、見抜けるはずがない!」と叫ぶ。
犯罪者の見本市みたいな下町で騙され続けたことは、勇者様にとって大きな衝撃だったらしい。珍しくショックを受けているようだ。
「勇者様がわからないのも無理はないです。私達は育った環境が天と地ほども違いますから」
勇者様は裕福な家庭に生まれ、善意の塊みたいな両親に育てられ、他人から軽んじられることがない中で育った。
一方、私は貧しい家庭に生まれ、悪意の塊みたいな両親から育てられ、他人から軽んじられる中で育ったのだ。
勇者様は親切にしてくれる人を、純粋な心で信じている。よくしてくれるのは当たり前だ、と決めつけているのだろう。
その一方で、私は親切にしてくる人にはまず、疑いの目を向ける。悪いことを考えているに違いないと、決めつけているのだ。
「まずは、自分以外のすべての人を疑ってください。そうしたら、無条件に騙されることもなくなるでしょう」
私のアドバイスを聞いた勇者様は、小さな声で「難しいな」と呟いた。




