フェンリルをテイムしよう!
フェンリルというのはテイム――手懐けることが可能な中でも強力な部類の使役獣だ。
才能持ちの個体がほとんどで、魔物使いの中でも人気が高いと聞いた覚えがある。
「しかしながら勇者様、使役は才能がないと使えないのでは?」
「いいや、可能だ。あれは魔物屋といって、魔物使いが捕らえた使役獣を売り、契約まで面倒を見てくれる店なのだ」
なんでも魔物屋で購入した使役獣は、魔物使いでなくても従えることが可能だと言う。
「少々高価だが、回復師が欠けた穴を補ってくれるだろう」
勇者様は決まったとばかりのキメ顔で言ったものの、どこをどう考えたら、回復師の代わりにフェンリルを入れようと思いつくのか。
私の言うことなんて勇者様は聞かないだろうが、一度止めてみよう。なんて考えている隙に、勇者様の姿は魔物屋の前まで移動している。
慌てて追いつくと、すでに店主と会話を交わしていた。
魔物屋にはさまざまな魔物が檻の中に閉じ込められていた。
さすがに、見た目が不気味なゴブリンや虫系のモンスターはいない。
ウサギに角が生えたキラー・ラビットや、背中に毒針を生やしたポイズン・ラットなど、それとなくかわいい要素があるモンスターが取りそろえられている。
奥にある瓶詰めされた色とりどりの液体はスライムらしい。才能付きの個体は高値で販売されているようだ。
他にも、モンスターの卵もいくつか置かれていた。値札には、何が生まれるかお楽しみに、という怖すぎる一言が書かれている。
なんだこの店は……という感想しかでてこなかった。
店主は勇者様に向かって前のめりで、フェンリルについて説明し始めた。
「このフェンリルはあの、ミノ雪山で捕獲した個体で、おそらく氷属性の才能があるのではないか、と予想しております」
非常に強力なフェンリルの仔犬ではないか、と店主は自慢げな様子で言う。
ただ、その物言いにどこか焦りと胡散臭さを感じてしまった。
もしも強力なフェンリルの仔犬ならば、母犬が近くにいて、捕獲なんぞ困難だろう。
おそらくうっかり捕まってしまった、ドジな個体に違いない。
檻の中に閉じ込められたフェンリルの仔犬は、ウルウルとした瞳で勇者様を見つめていた。
「ふむ。言われてみれば、強い眼差しを浮かべているように見える」
「そうでしょう、そうでしょう!」
どこが強い眼差しなのか。当てはめるとしたら、雨の日に散歩に行けないと飼い主から言われ、悲しくなった犬の表情だろう。
「フェンリルと言ったら、大きさも魅力です。成獣になると、馬よりも大きくなるんです。さらにその体毛は針のように鋭く、モンスターの攻撃も防ぎます。盾役も可能とするほどの高い防御力があるそうです!」
フェンリルの仔犬の体毛は、綿毛のようにフワフワだった。高い防御力があるようには見えない。
「さらに、フェンリルは高い知能を持っていると言われています。人間の言葉を正しく理解し、命令することも可能です!」
「たしかに、全身から知性を感じるぞ!」
フェンリルの仔犬は檻の中から片足を上げ、店主の足におしっこをかけている。この仔犬のどこから知性を感じているのか。理解不能であった。
「この特別なフェンリルですが、今日は特別セール期間中で、通常、フェンリルは金貨百枚ほどで取引されるのですが、なんと、こちらのフェンリルの仔犬は金貨五枚!! 金貨五枚で販売します!!」
フェンリルが金貨五枚で販売される不思議……。絶対に何かワケアリなのだろう。
フェンリルの仔犬の才能について、店主が把握していないのも引っかかった。
果たしてどの程度の能力を秘めているのか。
千里眼を使って調べてみた。目を眇めると、フェンリルの仔犬の頭上に文字が浮かんできた。そこで、信じがたい情報を目にしてしまう。
「なっ、こ、これは――!?」
種族:ミニチュア・フェンリル
年齢:55
才能:愛嬌者
補足:五年前にうっかり捕まる。成獣になってから販売する予定だったが、なかなか大きくならず、仔犬のまま販売することを決意。
このフェンリルは一般的なフェンリルではない。たしかミニチュアというのは古代語で、〝小さき者〟を意味する言葉だ。
年齢も五十五歳とでているので、この状態が成獣なのだろう。
「勇者様、お待ちください。このフェンリルの仔犬は――!」
「よし、では名前は〝イッヌ〟にしよう」
「契約成立ですね!!」
注意を呼びかけようとした瞬間、フェンリルの仔犬の頭上に魔法陣が浮かんだ。中心には勇者様が命名した、〝イッヌ〟という名がしっかり刻まれている。
『きゅうううううん!!』
さらにフェンリルの仔犬は契約を受け入れ、高く鳴いた。
「これでイッヌは私に従うというわけだ」
「え、ええ!!」
店主の額には汗がびっしりと浮かんでいる。詐欺を計画していたのに、案外小心者だ。 勇者様がフェンリルの仔犬改め、イッヌを檻からだしてやる。
すると、イッヌは尻尾が千切れそうなほどにぶんぶん振りながら、勇者様にしがみつく。
勇者様がイッヌを抱き上げると、顔をペロペロ舐め始めた。
そういうのは嫌がるかと思いきや、「ははは!」と笑いながら受け入れていた。
私は内心、雑菌が口の中に入りそうだな、と思ってしまう。
「ありがとうございました!!」
店主は代金を受け取ると、大急ぎで閉店作業に取りかかる。あっという間に店じまいをしてしまった。
勇者様は上機嫌な様子でイッヌに声をかける。
「イッヌ! これから立派なフェンリルになるんだぞ!」
『きゅうん!!』
イッヌはキラキラな瞳で、かわいらしく鳴く。
愛嬌だけは無駄にある、中年フェンリルが仲間になった瞬間であった。