勇者様を返せ!
連れ去られていく勇者様のあとを、イッヌが追いかける。
信じがたい光景を前にしばし呆然としていたが、ぶーちゃんの『ぴいい!』という鳴き声で我に返った。
「勇者様を取り返さないと!」
ただ、小娘にしか見えない私が追いかけても、勇者様と同じように捕らえられてしまう可能性がある。
「ぶーちゃん、大きくなって、背中に乗せてくれますか?」
『ぴい!』
ぶーちゃんは任せろ! と言わんばかりに鳴いてから、くるりと一回転する。
すると、愛らしい姿から勇ましい巨大猪へと変化した。
身をかがめ、乗るようにと示してくれた。
ぶーちゃんに跨がると、風のような速さで犯人を追いかける。
下町は通路が狭く、露店が多く並んだ雑多とした様子だった。人も多く、追跡は難しい。
けれどもぶーちゃんは跳び上がって屋根に登り、地上を見下ろしながら走ってくれた。
大勢の人々が行き交っていたものの、金ぴかの鎧をまとう勇者様は目立ちまくっていた。
「ぶーちゃん、勇者様を発見しました!」
『ぴいいいいい!』
開けた場所に出るまで追走し、人が少ない路地へ曲がった瞬間、ぶーちゃんは大跳躍を見せる。
勇者様を担ぐ男の前に立ちはだかるように下り立った。
「うわ! なんだこの化け物は!」
『ぴいいいいいいいい!!』
毛を逆立てさせて威嚇する様子を見せると、男は悲鳴をあげ、勇者様を投げ捨てる。
そのまま回れ右をして走り去った。
「あの男め! この私を誘拐するとは!」
恨み言は立ち上がってから言ってほしい。地面に這いつくばった状態で言っても、迫力なんかありやしない。
私達の到着に少し遅れる形で、イッヌも追いついた。
勇者様を発見するなり、嬉しそうに駆け寄って顔をペロペロ舐め始める。
『きゅうううん!! きゅううううううん!!』
「わかった、わかったから!」
相変わらず勇者様は顔を舐められても嫌がらない。今日もイッヌと勇者様は相思相愛だった。
「あの、勇者様は下町では金目の物のようですので、外套をまとって鎧を隠したほうがいいかもしれません」
「バカな! そんなわけあるか!」
なんて言っているうちに、勇者様は再度誘拐されそうになる。
ぶーちゃんが威嚇をしたので、連れ去られずに済んだようだ。
「自分が金目の物だと理解しましたか?」
「気に食わん!!」
口では認めなかったものの、勇者様はすぐ近くにあった露店で外套を買うことにしたようだ。
「この外套は金貨三枚だよ」
さっそく、勇者様はぼったくりに遭う。
どうやら下町と金ぴかの勇者様は相性が最悪らしい。
勇者様はなんの疑問を持たずに金貨三枚をだそうとしていたが、寸前で止めた。
「勇者様、そのボロボロの外套はよくて銅貨一枚くらいの価値しかありません」
「こういう意匠ではないのか?」
「そんなわけないでしょう!」
貴族の服装の中には、あえてボロボロにしたものをオシャレとして着こなすことがあるらしい。下町にそんなものがあるわけないだろう、と指摘しておく。
勇者様から財布を取り上げ、「金貨三枚では買いません!」と宣言すると、元の金額を提示してくれた。
ちなみに価格は半銅貨一枚だった。
勇者様は信じがたい、という表情で露店の店主と受け取った外套を見比べていた。
そんな勇者様の手から外套を奪い、すばやく着せてあげる。その後も呆然としていたので、腕を引っ張って露店の前から離れる。
「お、おい、魔法使い! あの露店の店主はどうして、私に外套を金貨三枚で売ろうとしたのだ?」
「勇者様が見るからにお金持ちだったからですよ」
「金持ちには高値で売りつける決まりでもあるのか?」
「ありません。ぼったくられただけですよ」
「ぼった、くり? なんだ、それは?」
どうやらぼったくられるという言葉すら知らなかったらしい。
これまでよく旅を続けられたな、と思ってしまう。
「ぼったくりというのは、法外な値段を付けて商売をしようとする、悪辣な商売のことです。物価についてよく理解していないと、うっかり引っかかってしまいます」
「なるほど、許さん!!」
騎士隊に突きだしてやると言っていたが、全力で引き留める。
「下町でぼったくりなんて日常茶飯事なんです。騎士隊も取り合ってくれませんよ!」
「職務怠慢だ」
「そういう世界もあるんです」
このお坊ちゃんは世間というものを知らなすぎる。
長いものには巻かれろ、という言葉を知らないようだ。
「調査を続けるならば、目立たないほうが得策です。ぐっと我慢してください」
「どうかしている!!」
そう。皆、このどうかしている世の中でなんとか生きているのだ。
勇者様も我慢を覚えてほしい。犬ですらできるのだから、そこまで難しくないだろう。
下町で調査を始めたが、話しかけても反応すらしてもらえない。
お金を情報料として求める者も多かったが、払ってもたいした情報は得られなかった。
どうしたものか、と途方にくれる。
そんな私達に声をかけてくる者が現れた。
「お兄さん達、何か困っているのかい?」
水晶を片手に持った、いかにもインチキ占い師臭いお婆さんが声をかけてきた。




