回復師を追放する!
私は勇者様に頼みこみ、パーティーメンバーの一員にしてもらった。
勇者様は難色を示したものの、回復師が仲間はひとりでも多いほうがいいと言ってくれたのだ。
勇者様は優秀な魔法使いに会うまで、と条件を付け、旅の同行を許可してくれた。
彼らには私が大噴火のみ使える魔法使いだと伝えてある。
これまでさんざん利用されてきたので、自分自身について詳しく語って聞かせるつもりはなかった。
逆に、彼らを利用してやる。
そういう心積もりで、魔王討伐の旅に同行することになった。
旅をする中で、勇者様の人となりを知る。
生まれたときから裕福で、衣食住、困ったことなど一度もないからか、態度に余裕があった。その様子は時に、傲慢にも見える。
おそらく「ありがとう」なんて言葉は教えてもらわなかったのだろう。
回復師が何をしても当然、とばかりの表情で受け入れているのだ。
物語に登場する勇者は皆心優しく、パーティーメンバーを大切にしていた。
目の前の勇者様とは真逆の人格者だったのだ。
彼は補欠勇者なので、お人柄とやらは期待しないほうがいいのかもしれない。
実力はそこそこあるようだが、それも回復師のサポート魔法ありきのような気がする。
聖女である彼女の魔法はどれも強力で、中でも回復魔法はレベルが高い。
彼女と旅をしている限り、勇者様は安泰なのだろう。
回復師は勇者様だけでなく、私にまでよくしてくれた。
私の歩みが遅れているのに気付くと休憩を提案してくれたり、好物を聞いて夕食に作ってくれたり、寒い夜は体を温めてくれたり……。
回復師は聖女に相応しい、慈愛に満ちた人物だった。
彼女と過ごすうちに、私自身が穏やかになっていくのを感じていた。
この世界も悪くない、と思うようになっていったのだ。
回復師に一度だけ質問したことがある。
なぜ、他人にそこまで優しくできるのか、と。
回復師はやわらかな微笑みを浮かべ、答えてくれた。
「これまで人から優しくしてもらった分を、同じように返しているだけだよ。みんながそうしていたら、すてきな世界になると思わない?」
他人に優しくしよう、だなんて思ったことなど一度もない私にとって、衝撃的な話であった。
私も彼女みたいに誰かに手を差し伸べることなんてできるのか。
そんな疑問を投げかけると、回復師は「できるよ、きっと」と言ってくれた。
回復師の存在は、私に大きな影響をもたらす。
彼女と過ごすうちに、いつの間にか死について考えなくなっていたのだ。
もしかしたら、死を選ぶ以外の未来があるのかもしれない。
そんな希望が、私の中に生まれていた。
勇者様や回復師と魔王を倒したあとは、英雄のひとりとして認められるだろうか?
価値のない存在だと、囁かれることもなくなるだろうか?
魔王さえ倒せば――。
前向きな私に、後ろ向きな私が低い声で囁く。
魔王なんて倒せるわけがない。
封印するのがやっとだろう。
今はよくても、数百年後にまた魔王は復活するのだ。
それでは意味がない。
命と引き換えに、私にしかできないことをやるべきなのだろう。
このままではいけない。
回復師と一緒にいたら、私の決意が揺らいでしまう。
勇者様のパーティーから離れたらいいだけの話だが、それだと魔王に会える気がしない。
悩みに悩んだ結果、私は回復師をパーティーから追放させる計画を立てた。
それは赤子の手をひねるよりも簡単なことである。
勇者様に回復師の悪口を言うだけだったのだ。
回復師とずっと旅を続けていた勇者様だったが、私の言う話をあっさり信じてしまった。
もちろん、回復師についての悪口は嘘である。
チクチクと心が痛んだが、魔王を倒すためだと自分自身に何度も言い聞かせた。
そうとは知らず、回復師は私に優しかった。
彼女が私の様子がおかしいと気付いたときには泣きそうになる。
もう涙なんて、枯れ果てていたと思っていたのに。
回復師が少し休憩しようと提案した先で、勇者様が行動を起こした。
「役に立たん回復師よ! お前を私のパーティーから追放する!!」
ついに、ついに勇者様は言ってしまった。
回復師の追放を宣言してしまったのだ。
ここから逃げ出したくなるが、しっかりと見届けないといけない。
私が計画したことだから。
すぐに頭の中を切り替える。
私は何も知らない、勇者様のことを「バカだな」と思っている魔法使いだ。
計画については一時的に頭の中から消しておく。
あとは勇者様の決定に呆れながらも、彼に助けてもらった恩返しのためだと言い聞かせ、旅に付き合うばかりだ。
そんなことを考えているうちに、勇者様は回復師を追放してしまう。
彼女は転移の魔法巻物を使ってどこかへ飛ばされてしまった。
回復師に対して、恩を仇で返してしまった。
私は受け取った優しさを、返すことはできなかったのだ。
良心はここで捨ててしまおう。これからは世界に必要な歯車のひとつとして、生きる決意を固めたのだった。
勇者様は私を振り返る。回復師の不在がいかに大変なことなのか、気付いていない表情であった。
本当に、人の心がない……。だからこそ、補欠勇者としての適正があったのかもしれないが。
勇者様は私に向かって、尊大な様子で言った。
「さあ、魔法使いよ。魔王討伐の旅を再開しようか」
勇者様は始まりの言葉を口にしたが、私は終わったな、と思う。
これから先、回復師なしで旅が続けられるわけがないのに。
そんなわけで、勇者様とのふたり旅が始まってしまう。
泥船に乗った気持ちで、一歩、一歩と前に進んだのだった。




