魔王出現!
それから私は生きることに対して後ろ向きになってしまった。
あれだけ楽しみだった一日三回の食事も、おいしく感じなくなったのだ。
眠れない夜が続き、モンスターの討伐にも失敗する。
旦那さんから貰ったお金も尽きかけ、自暴自棄になった。
モンスターの襲撃を受け、首筋を噛みつかれた瞬間、もういいや、と思ってしまう。
これ以上頑張っても、意味なんてない。
死んだほうがマシだ。
そんなふうに考えていた。
死んだら何も考えずに済む。
死こそ私にとっては救いなのだ。
ただ、私の才能、因果応報が死なせてくれなかった。
望んでいないのに反回復魔法が発動し、私の傷はきれいさっぱり治ってしまうのだ。
それでも、私の命が尽きれば反回復魔法は使えないはずだ。
確信を持って私は挑んだが、何度死んでも傷は回復してしまう。
私の心はあっさり折れた。
多くの痛みを知るにつれて、自ら死を選ぶことを恐ろしく感じるようになってしまったのだ。
死すら選べないなんて、私の人生は本当に惨めである。
どうしたものか、と考える私の耳に、ある噂が流れてきた。
それは、魔王の出現である。
ここ最近、モンスターが多くなっているな、と不思議に思っているところだったのだ。
まさか、魔王が復活していたなんて。
数百年に一度しか現れないのに、同じ時代に生まれてしまうとは、なんとも不幸であった。
おそらく勇者がいるだろうから、魔王の討伐は任せよう。
このときの私はのんきに考えていたのである。
日に日に、魔王の存在は人々の中で濃くなりつつあった。
今日も隣国から輸入した食品を運ぶ貿易船がモンスターの群れに襲われ、市場の野菜の価格が上がった、なんて話を食堂で耳にする。
その影響で、食堂の日替わり定食の価格が上がっていたのだ。
魔王の襲撃を受けた街から民が押しかけ、宿はどこも満室。
あったとしても、貴族が利用するような高級宿ばかりだ。
衣服もモンスターの討伐を行う騎士や傭兵団の者達へ優先して提供しているため、商店に並ぶ品は粗悪品が溢れているという。
こんなふうに、生活にも魔王の影響が及んでいた。
早く勇者がどうにかしてくれないか。
などと他人事のように考えていたのがよくなかったのだろう。
うっかり死んでしまった先で、私は勇者様に出会ってしまった。
彼は道行く先で気まぐれに私を助け、教会へ連れて行ってくれたのだ。
勇者様は眩いばかりの金ぴかの鎧に、それに負けないくらいの美しく華やかな容貌を持っていた。
そんな彼は千里眼を使わずとも、自らを勇者様だと名乗った。
同じく一緒に行動していた回復師ともここで出会う。
彼女は尊大な態度を見せる勇者様を窘めつつ、優しく声をかけてくれたのだ。
ふたりは魔王を倒すために旅をしていた。
勇者様の発言があまりにも酷いので、私は千里眼を使って本物かどうか調べてみる。
すると、とんでもない情報を目にしてしまった。
固有名:勇者(補欠)
才能:勇敢なる者(仮)
年齢:十九
身長:百八十八
瞳:緑
髪:金
装備:金の鎧、金の剣
勇者は勇者でも補欠!
どうやら彼以外に、本物の勇者がいるらしい。
それに目の前の勇者様は気付いていないようだ。
この回復師もきっと把握していないのだろう。お気の毒に……。
ついでに、彼女についても調べてみる。
固有名:聖女
才能:聖なる者
年齢:二十
身長:百六十五
瞳:青
髪:茶
装備:聖なる杖
勇者様が偉そうに「回復師!」と呼んでいた彼女は、聖女だった。
聖女は魔王との戦いに欠かせない存在だ。
そんな聖女がなぜ、補欠の勇者様となんか行動を共にしているのか。
理解に苦しむ。
混乱状態の私に、回復師は優しく話を聞いてくれた。
ひとりで旅をしていると言うと、目的地の近くまで一緒に行かないか、と提案する。
勇者様は「何を言っているのだ!」と抗議していたが、回復師はそのほうがいいと勧める。
初対面である私をここまで心配してくれるとは、彼女は根っからの聖人に違いない。
ここでふと、気付く。
もしかしたら魔王であれば、私を殺してくれるのではないか、と。
殺せなかったとしても、魔王が私を手にかけたら、因果応報が作用し、才能を奪うだろう。
そうすれば私は魔王となり、勇者様の討伐対象となるのだ。
仮に本物の勇者様が魔王に倒されても、補欠の勇者様がいる。
なんでも本物の勇者様が死んだ場合、才能は補欠の勇者様のものになるらしい。
本物の勇者様の才能を取り込んだ補欠の勇者様ならば、魔王を倒してくれるだろう。
魔王となった私が死んだら、この世界は本当の意味で救われる。
私も他人の役に立てるのだ。
そんなわけで私は補欠の勇者様と、実は聖女な回復師と共に旅を始める。
勇者様は大貴族の息子で、旅なんかできるのか疑問でしかなかった。
けれども、彼がどうやって冒険してきたか理解することになる。
休憩中、回復師がいそいそと敷物を広げ、お茶やらお菓子やらをどこからともなく取り出す。
どうやら彼女は収納魔法を習得しているようで、冒険中であるにもかかわらず、たくさんの荷物を所持しているようだ。
まさか旅の途中で、温かいお茶とおいしいお菓子が堪能できるなんて、夢にも思っていなかった。
お昼時になって勇者様が「空腹だ」と言えば、回復師が食事を作ってくれる。
濃厚なシチューに、ふわふわのオムレツ、焼きたてのパンケーキに、カリカリの揚げパン。
旅先で食べるような物ではない料理もでてきて、お腹を満たしてくれるのだ。
さらに夜になると、寝泊まりできるテントも用意してくれる。
中にはふかふかの布団があって、熟睡できるのだ。
これが世間知らずとしか思えない勇者様が、旅を続けられた理由であった。




