愛憎に巻き込まれて
「それはいったい――」
「そこまでよ」
扉が勢いよく開き、夫人がやってくる。
夫人はジロリと私を睨みながら、恨みがましい様子で言葉をぶつける。
「あなたは何もかも、想定外だったわ!! 夫を愛さない女なんて初めてよ!!」
「え?」
いったいどういうことなのか。まったく意味がわからなかった。
「まさか、夫のほうがあなたに好意を寄せるなんて……!」
「何を言っているのですか! 彼女に対して特別な気持ちはありません!」
「あるに決まっているじゃない! 一緒に死のうだなんて、愛以外ありえないわ!」
夫人の様子は明らかにおかしかった。
誰か呼びに行こうかと立ち上がった瞬間、夫人に腕を掴まれてしまう。
「逃がさないわ! これから私が、あなたをこの人と同じようにしてあげるから!」
掴んだ手を旦那さんに触れさせようとしているのか。
なんて目論見は外れる。
夫人の目が怪しく光った瞬間、旦那さんが「しゃがめ!!」と叫んだ。
その言葉のとおり、身をかがめる。
旦那さんがかわいがっていた鳥かごの中にいた鳥が、急に苦しげな鳴き声をあげる。
何事かと振り返ったら、小さなその体がみるみるうちに石化していった。
「こ、これは――!?」
「私の才能、バジリスクの瞳よ」
それは対象となる者を石化させ、死に追いやる呪いのような才能らしい。
「これまで夫に色目を使った看護人の女どもも、全員石にして、粉々にしていたの!」
夫人はこれまでの看護人は、旦那さんの癇癪のせいで辞めていったと話していた。
けれども実際は違ったようだ。
「な、なぜ、女性の看護人を雇っていたのですか?」
「それは、私達の愛を確かめるためよ」
若くて美しい女性を傍に置いても、旦那さんの愛が揺らがないか試していたようだ。
「けれどもいつも、女のほうが夫を好きになってしまうの。私達の愛を邪魔するなんて、絶対に許さないんだから!」
おかしなことばかり言うので、混乱状態になる。
「あの、なぜ旦那さんを石化させたのですか?」
それを聞いた途端、夫人はにやりと不気味に笑う。
「この人、忙しくするばかりで、ぜんぜん家に帰ってこなかったの。石化させて縛り付けていないと、家庭を顧みないのよ」
ゾッとするような理由だった。
旦那さんは夫人の奇妙としか言いようがない愛の形に気付いていたのか。
先ほどから黙りこみ、一言も発しない。
「あなたは夫を愛していないようだけれど、夫があなたを愛してしまったようだから、私達の愛の妨害になる。だから、石になって庭の石畳にしてあげるわ」
夫人がこだわったと紹介していた庭の石畳は、人を石化させて作った物だったようだ。
なんて恐ろしいことをするのか。
「絶対に逃がさないわ!!」
「やめろ!!」
旦那さんが叫んだのと、夫人の瞳が光ったのは同時だった。
私の体は一瞬にして動かなくなる。まだ完全に死んだ状態になっていないからか、意識は残っていた。
全身が石になると、夫人は私をハンマーで砕く。
バラバラになった体は、外に持ちだされた。
「二度と生き返れないように、焼いてあげるわ!」
夫人自慢の石畳の上に並べられ、ご丁寧に油を撒き、火を点ける。
「うふふふ、あははは!」
楽しげな様子でいる夫人だったが、ドレスに火が移ってしまった。
「きゃあ!!」
慌てて消そうとするものの、火は燃え広がるばかりだった。
ひとりで楽しんでいたようで、周囲には誰もいない。
叫んでも、使用人達はやってこなかった。
なぜかと言えば、私を燃やす行為を楽しむために、使用人達は全員帰らせたから。
「誰か! 誰か! 助けて!」
いくら助けを求めても、無駄だった。彼女自身が、使用人を遠ざけたのだ。
「ああ、あああ、あああああああ!!!!」
夫人は瞬く間に火に包まれ、そして息絶える。
私の意識も遠のいていく。
今度こそ死ぬのか、と諦めの境地でいた。
◇◇◇
ちゅり、ちゅり、という小鳥のさえずりで目を覚ました。
瞼を開くと、炭と化した夫人が私に手を伸ばし、あと少しで触れるという状況であった。
悲鳴をあげなかった私を褒めてあげたい。
むくりと起き上がると、服が燃えてなくなった以外の異変はなかった。
どうやら私の回復魔法は、自動で発動する仕組みらしい。
今回も生き残ってしまったようだ。
近くに干してあったメイド服を拝借してから、屋敷に戻る。
旦那さんはどうなったのか。
様子を見に行ったところ、寝室が荒らされていた。
それだけでなく、バラバラに砕けた旦那さんの遺体があった。
おそらく夫人とケンカでもして、完全な石にされてしまったのだろう。
お気の毒に……。
旦那さんの欠片をひとつ持ち上げた瞬間、私の目の前に文字が浮かび上がった。
才能:因果応報
行為の善悪に応じて受ける苦または楽の報い。
殺そうとした者の才能を根こそぎ奪う。
不思議なことに、それが私の才能であると理解した。
ふと、旦那さんの手に何かが握られていることに気付く。
開いてみると、それは私に宛てた遺書であることがわかった。
そこには、旦那さんの才能について書かれていた。




