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クズ勇者が優秀な回復師を追放したので、私達のパーティはもう終わりです  作者: 江本マシメサ
第五章 彼女の瞳が虚ろな理由

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奴隷の身に落とされて

 一度窒息死した私は、教会で蘇生させられたのちに、奴隷市で競りにだされていた。

 人が多く集まる地下部屋に連れられ、最低限の照明に照らされた状態で、多くの人達から値踏みされるように見つめられていた。

 どうしてこうなってしまったのか。

 才能ギフトを持つようになったら、誰も私を見下し、利用することなんてないと思っていたのに。

 見知らぬ老夫婦を信じた私が悪かったのか。好意には薄汚い下心があったのだ。

 まだ実家にいたころのほうがよかったような気がする。

 両親は私を家族だと認めなかったが、奴隷扱いすることはなかったから。

 もしかしたら施設にいた頃よりも酷い目に遭うかもしれない。

 覚悟を決めていたものの、奴隷商から私を競り落としたのは、病床の夫を抱える妻だった。

 なんでも私に看病をさせるために買い取ったらしい。

 回復魔法が使えると聞き、大金を積んででも競り落とそうと思っていたようだ。


 夫人は三十歳前後だろうか。

 真紅カーマインのドレスが似合う、美しい女性ひとである。

 馬車に揺られながら、夫人は私に詳しい事情について打ち明けてくれた。


「夫は〝石化病〟という、体が石になってしまう難病なの」


 薬はこの世に存在せず、医者はすでに匙を投げているような状況らしい。

 

「夫の半身はすでに石化していて、余命は一年もないと言われているわ」


 すでに食事は口にできない状態で、魔力を付与させて延命しているようだ。

 完治の見込みは絶望的で、命が尽き欠けているというのも本人は気付いていると言う。

 

「毎日使用人に当たり散らして、すぐに看護人が辞めてしまうのよ」


 看護人が辞めてしまう理由はそれだけではないらしい。


「実は、石化病は患者に触れると感染してしまうの」


 大金を積んで看護人を雇っていたようだが、日々、石化が進む旦那さんを前にすると、自分もいつかこうなるのでは、という恐怖に襲われるらしい。


「夫に触れなければ絶対に移らないから安心して」


 看護人と名が付いているものの、特別な手当てや世話などは必要としないらしい。


「夫に魔力を与える魔道具の残高を確認して、残り少ないようだったら付与術師を呼ぶの。あとは、夫の話し相手になってくれるだけでいいから」


 余命幾ばくもなく、追い詰められた人物とお喋りなんてできるのか。

 不安でしかなかった。

行き着いたのは、豪勢なお屋敷だった。

 庭には色鮮やかな石畳が敷き詰められており、夫人のこだわりだと言う。

 夫婦は裕福な商家らしい。旦那さんが事業をしていたようだが、石化病を患ってしまったので、今は夫人が引き継いでいると言う。

 旦那さんがたった一代で築いた商会のようだ。

 これだけの屋敷を持てるのだから、旦那さんの年は四十代から六十代くらいだろう。

 そう思っていたのだが、寝室で目にした旦那さんは二十代半ばくらいの年若い青年だった。

 私を見るなり、呆れた表情を浮かべる。


「また連れてきたのですか。懲りない人ですね」

「あなたも、暇でしょう? もう酷いことを言って、辞めさせないでね」


 夫人はそれだけ言って、寝室からいなくなってしまった。

 どうしようかと迷っていたら、声がかけられる。


「君はここにいないほうがいいでしょう。一刻も早くでていったほうがいい」


 それはできない、と首を横に振る。


「どうしてですか?」

「私は奴隷市でご夫人が落札した奴隷だから」

「なんだって!?」


 旦那さんは勢いよく起き上がろうとしたが、びくともしない。


「ありえない!」


 そう叫んで、言うことを聞かない足を叩く。


「君、この毛布を剥いで、私の足を確認してください」


 石化病は感染すると聞いていたので、旦那さんに触れないようにそっと毛布に触れる。

 そこには、石のように固まった足があった。


「話は聞いていたようですね。怖くないのですか?」

「触れなければ大丈夫だと、聞いていたから」

「……そう、ですか」


 旦那さんは思いがけないことを言う。


「これから私が怒った振りをするから、君はここから逃げだしてください」

「なぜ?」

「この家にいると、おかしくなるからです」


 いったいどういう意味なのか。わからずに首を傾げる。


「でていくならば、早いほうがいいでしょう」

「できない」

「どうしてですか?」

「奴隷の刻印が刻まれているから、逃げたら死んでしまう」


 私と夫人の間には、奴隷契約が交わされている。

 命令に反抗したり、逃げようとしたりしたら、私の命を刈り取ってしまう呪いのようなものがかけられているのだ。


「なんて酷いことをするのか!」


 旦那さんは自分のことのように怒っていた。

 なんというか、話に聞いていた人物とは異なるような気がする。

 旦那さんは知性的で、理性は失っていない。病気を理由に、誰かに八つ当たりをするような人には見えなかった。

 もしかしたら、夫人が話していたような振る舞いをあえてしていたのかもしれない。


「呪いはさすがにどうすることもできません。けれども私の命は短い。それまで、少しの間ですが我慢していてください」

「わかった」


 それから、私の看護人生活が始まる。

 念のため、私の回復魔法を試したが、旦那さんの石化病に効果はなかった。

 夫人は残念がっていたが、才能ギフトも完璧ではないのだろう。


 お屋敷には私の部屋が与えられ、食事も三食与えられた。

 ただその食事は、夫人が残した物だった。

 どの料理も冷えていたし、量は少ない。

 けれどもこれまでの暮らしを考えていたら、贅沢過ぎるほどだった。

 お風呂も毎日入るように言われていた。おかげで、髪や肌に艶が戻ってくる。

 鏡を覗き込むと、十四歳という年齢よりも年若く見える私の姿が映った。

 まともに食事を口にしていないので、幼く見えるのだろう。

 ここでの暮らしは悪くない。

 三食しっかり食べて、ゆっくり眠って、穏やかな心で過ごしたら年相応に成長するだろう。

 

 旦那さんとの毎日は、思っていたほど悪くなかった。

 基本的に会話は弾まないものの、旦那さんは寝室にある本を好きに読んでいいと言ってくれた。

 文字は読めないと言ったら、教えてくれたのだ。

 さらに、喋り方も教えてくれる。

 なんでもこの世の中は正しい敬語さえ使っていれば、上手く切り抜けられる場面が多くあるらしい。

 丁寧な言葉遣いを習得するのは損ではないのだろう。

 一ヶ月ほどで文字と喋りを習得した私は、旦那さんに本の読み聞かせをして過ごす。

 旦那さんが気に入っているのは、神話時代の物語だった。

 さまざまな神や聖獣が活躍する、勇ましい戦記である。


「――神は悪さをする神の魂を浄化したあと、人間を作りだした」


 驚いたことに、人の祖先となったのは悪しき神だったらしい。

 神の能力を奪った代わりに、神は人間に才能ギフトを与えた。

 ひとりひとりに才能ギフトという名の役割を授け、秩序を守らせる世界を造ったようだ。

 

「旦那さん、どうしてこの世界には空っぽエンプティの者達がいるのでしょうか?」

「神も完璧な存在ではないからでしょうね」

才能ギフトを与え忘れた、ということですか?」

「どうでしょう」


 旦那さんは遠い目をしながら、窓の外を眺めていた。

 

 ◇◇◇


 奴隷の身となり、商人夫婦のお屋敷で暮らすようになってから早くも半年が経った。

 旦那さんの石化は日に日に進み、今では胸の辺りまで石化している。

 苦しむ様子はなく、ただただ淡々と過ごしているように思えた。

 本の読み聞かせはずっと続いていて、今日は魔王と勇者についての本を読んでいた。


 魔王というのは、神が人間化に失敗した凶悪な悪神のなれの果ての姿らしい。

 この世界に何度も出現し、人々を苦しめていた。

 歴史にたびたび登場する勇者は魔王を倒し、めでたしめでたしで物語が終わる。

 けれども寝室にあったもっとも古い本には、勇者は一度も魔王を倒していない、と書かれてあった。

 なんでも魔王は勇者に封じられていて、数百年と時間をかけて封印を解くらしい。

 そのため、勇者が魔王を倒しても倒しても復活していたわけだ。

 なぜ、勇者は魔王を倒せないのか。

 それは、魔王が使う星蝕撃エクリプスという、攻撃を食らう秘技が原因だろう。

 勇者が使う必殺技は回数制限がある。それを使ってしまったあとは、魔王を倒す手段がなくなるらしい。

 最終的に勇者の命と引き換えに、魔王を封印することしかできないようだ。

 旦那さんは「うちにも勇者が現れて、私を救ってくれないでしょうか」と冗談めいたように言う。そのとき浮かべた微笑みが、最後に見た笑顔だった。


 ある日、旦那さんはとんでもないことを口にした。


「私と一緒に死んでくれませんか?」

「え?」


 旦那さんは死ぬのが恐ろしい、と口にした。

 すでに石化は喉元まで迫っていて、もうすぐ喋れなくなるだろう、という状況だったのだ。


「君を妻のもとに残して死ぬのは、心残りになります」

「それはどうして?」


 この半年もの間、ここで過ごしていてわかったのだが、夫婦関係は破綻しているように思っていた。

 夫人は旦那さんのもとをめったに訪れず、お屋敷に年若い浮気相手を連れ込んでいた。

 旦那さんは気付いているのかいないのか、よくわからなかった。

 けれども先ほどの発言を聞いて、気付いていたのだな、と察する。

 ただ、夫人は私にとても優しい。旦那さんがいなくなっても、きっと酷い目に遭わないはず。

 そう思っていたのだが――。


「私がこんな体になったのは、妻の才能ギフトのせいなんです」  

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