裏切りだらけの人生
全裸だったので、まずは服を確保する。庭に干してあった誰かのシャツやズボン、ローブ、靴を拝借した。
頭巾を深く被ったら、私だとバレないだろう。
ひとまず庭の物置に隠れて、闇に紛れて逃げる計画を立てた。
施設の周囲には見張りがいるものの、深夜は手薄になるはずだ。
空っぽの者達は、基本的にここから逃げだそうとしない。
逃げた先はモンスターがはびこる森だし、そこを抜けたとしても、才能を持たない者達に暮らしていく術はないから。
痛い目に遭っても、数日に一度食事が与えられるだけマシだと考えている者もいるだろう。
そんな事情もあり、見張りもそこまで強固なものではないのだ。
物置の中で、私の身に起こったことについて整理してみる。
まず、無気力状態となった私は、人工的に才能を与える実験から外され、処分された。
さまざまな魔法を浴びて死んだはずだったが、たったひとり生き残った。
どうやら実験は奇跡的に成功していたらしい。
私には何かしらの才能が付与されているのだが、それが何かは不明だ。
魔法で傷付いた体が完全に回復しているので、可能性があるのならば回復系の才能に違いない。
回復系の才能さえあれば、モンスターから攻撃されても、ケガを治すことができるだろう。
問題はその先だ。
ただ、私には才能がある。
これまでのように、存在自体を軽んじられることなどないだろう。
ずっとずっと、どうして才能を授からなかったのだろう、と考えていた。
もしも才能さえあれば、弟や妹のように愛してもらえたのだろうか?
わからない。
ただ、才能を授かった今、家族のもとに戻って一緒に暮らしたいとは思わなかった。
両親から言われた「役立たず!」という言葉は今も、呪いのように心にこびりついている。きっと、一生忘れることはないのだろう。
以前までの空っぽだった私は何もできないかもしれない。
けれども今は因果応報の才能がある。
今後は軽んじられることなんてないだろうし、ギルドに行けば仕事だってあるはず。
これまで辛い日々を送っていたので、これからの人生は希望に満ち溢れているだろう。
なんて前向きに考えているときもあった。
現実とはなんとも残酷で、無慈悲なものであった。
なんとか施設を抜け出し、モンスターがはびこる森を抜けた私は、小さな村に行き着いた。
そこは農業で生計を立てている村で、突然やってきた私が魔法使いだと名乗ると、優しく受け入れてくれた。
やはり才能さえあれば、差別されることなんてない。
優しい世界で生きられるのだ。
初めて会った老夫婦は農家で、野菜を育てながら暮らしているらしい。
お金を持っていないと打ち明けると、一晩泊めてくれると言った。
料理も用意され、おかわりまで許してくれた。
温かい料理を食べたのなんて、初めてだった。おいしくて、涙を零してしまう。
老夫婦は私に同情してくれたのか、彼らの娘が着ていたというワンピースを譲ってくれた。こんなにかわいい服を着るのも、生まれて初めてである。
老夫婦のご主人は腰を痛めていて、とても辛そうだった。なんでも畑仕事で痛めてしまったらしい。
私の回復魔法の能力でどうにかできないのか。
使い方はわからないものの、試してみる価値はある。
手をかざし、集中すると魔法陣が浮かび上がった。
瞬く間に、ご主人の腰の痛みが引いていったらしい。
私は初めて、自分の意思で才能を使うことに成功した。
大喜びしてくれたので、ホッと胸を撫で下ろす。
ただ、才能を使った対価なのか、吐き気と眩暈、頭痛に襲われる。
立っていられなくなり、数時間寝込んでしまった。
悪いと思ったのか、老夫婦が代わる代わる看病してくれた。
こういうときに、誰かが世話をしてくれるというのは初めてである。
気遣うような温かい手が額に触れるたびに、心が震えた。優しくされて、涙がでそうだった。
ぐっすり眠ったら元気になる。明日にはこの村を発つと言うと、老夫婦は私を引き留められた。
嫁いでいった娘が帰ってきたようで嬉しいから、もっといてほしいと言われてしまう。
数日くらいならば、一緒にいてもいいのか。
家族からすら与えられなかった愛情を、老夫婦は惜しみなく示してくれる。
気持ちを無下にすることはできなかった。
それから三日間、老夫婦と過ごした。
畑仕事を手伝い、料理を習い、隣近所と温かな交流を重ねる。
失敗しても、誰も責めやしない。皆、とても優しかった。
このままでは、老夫婦や他の村人達とも離れがたくなってしまう。
明日には村をでていこう。そんなことを考えていた晩、ドタバタと老夫婦の家に立ち入る乱雑な足音で目を覚ます。
優しかった老夫婦が、私を指差しながら信じがたいことを叫んだのだ。
「この娘です! 回復魔法が使えて、生娘だそうですよ!」
「あまり賢くなく、言うことをよく聞きます!」
老夫婦はいったい何を言っているのだろうか?
理解できなかった。
けれども突然現れた男達が私を捕らえ、老夫婦にお金を握らせたのを見た瞬間に、事情を察する。
やってきた男達は奴隷商で、私は老夫婦に売られてしまったのだ。
なんでもここの村は、天涯孤独の者達が立ち寄る村らしい。売り払っても誰も咎めないので、こうした人身売買が平然と行われているようだ。
激しく抵抗したら、手足に蔓が巻きついてきた。
「なっ、これは!?」
「わしの才能、草魔法だ!」
草木を意のままに扱う才能らしい。
農作業もすべてこの草魔法を使って行っているので、普段は遊んで暮らしているようだ。
「腰を痛めたのは、王都にギャンブルをしにいって、一晩中楽しんでいたからだ」
「そ、そんな!」
私の回復魔法は、しようもないことで負った傷を治すために使ってしまったらしい。
後悔が押し寄せる。
悲鳴をあげて隣人に助けを求めたが、老夫婦から絶望的な言葉を浴びせられる。
「仲良くしていた隣人には、金を握らせてある」
「あんたがどんだけ叫んでも、助けになんかこないよ」
それでも、私は希望を捨てずに叫び続けた。
「大人しくしろ!!」
ご主人はそう叫びながら、蔓を操る。
蔓で私の首を強く絞め、大人しくさせた。
「あんた、そんなに締めたら死んでしまうよ」
「大丈夫だ。死んでも生き返らせたらいいのだから」
その言葉のとおり、私は蔓に首を絞められ、窒息死してしまった。




