魔法使いの才能
施設にいた者達は、老若男女さまざまだった。
闇落ちした暗黒司祭に、黒魔道士、死霊使いに妖術師、黒妖精など、おおよそ表舞台で活躍できそうにない、裏社会に精通しているような者達の集まりであった。
彼らにとって、才能を持たない私達は人ですらない。
研究用の素材も同然なのだ。
才能の付与は魔法を繰り返すわけではない。
物理的に、体に呪文を刻んでいくのだ。
ある日は実験用のネズミを扱うように腕を乱雑に掴み、我慢できないような熱湯をかけられ、呪文が刻まれた焼き鏝が押しつけられる。
またある日は、ナイフで切り刻むようにして、呪文を入れていくのだ。
毎日のように、施設内の至る場所から、断末魔のような悲鳴が上がっていた。
どれだけ傷ついても、傷口から発熱しうなされても、回復魔法で治療され、翌日には新たな実験台にされる。
全身を焼かれ、治療だと言って雪深い中に放り出されるのも日常茶飯事だった。
得に酷かったのが、私に執着する妖術師だった。
私があまり痛がったり悲鳴をあげたりしないものだから、反応を引きだすために残忍な実験を繰り返していた。
中でも酷かったのが、彼女が得意とする大噴火を使い、私を半殺し状態にすること。
全身を灼かれ、死ぬ間際で魔法薬を飲ませて傷を治すのだ。
それだけではなく、ありとあらゆる毒を飲ませ、何度も瀕死に追いやってくれた。
もう死にたい。
心からそう願っているのに、死者蘇生が存在するこの世界は、簡単に死ねないようになっている。
どうして神は、平等に才能を与えないのか。
なぜ、才能を持たない者達は、まともに生きる資格すら与えられないのか。
誰も答えてはくれない。
一刻も早く、死にたい。この世から消え去って、永遠の眠りに就きたい。
そんな願いすら、叶えてもらえなかった。
実験が繰り返される日々を過ごすうちに、ありとあらゆる感情が消え失せ、言葉を発せなくなっていた。
痛みは感じるものの、反応できなくなっていたのだ。
いつしか私は実験の素材のようになってしまった。
そんな私を見た院長が、もうこれ以上実験を繰り返すことができないと判断したのだろう。
妖術師に命じて、大噴火で灼き尽くすように命じた。
施設の庭には大きな穴が掘られており、そこには使い物にならなくなった人々が投げ捨てられる。
彼らは才能の付与に失敗し、実験素材として不適格の烙印を押された者達なのだろう。
投げ込まれた者のほとんどが遺体だったが、中には私と同じように、息がある者が数名いたようだ。
けれども彼らは生きようと思う気力はなく、これから訪れるであろう死の安楽をただただ待っているようだった。
私も同じだった。
もう痛い思いをせずに済む。二度と、辛い思いをしなくていいのだ。
当時の私にとって、死は安らぎとも言えるものだった。
妖術師が大噴火を用いて、空っぽの者達を処分する。
人の皮膚や肉を焼く不快な臭いを嗅ぐのも、これで最後だろう。
そう思っていたのに――ただひとり、私は生き残ってしまった。
絶対に、生き残れるような状況ではなかった。
他の闇魔法使い達も、面白がって私達に向かって魔法を撃ち込んでいたのだ。
遺体が燃え上がり、骨や灰になった者達に埋もれたまま、私は意識を取り戻す。
火傷を負っていたはずの腕を引っ掻くと、焦げた皮膚がポロポロ剥がれ、きれいな皮膚が見えてきたのだ。
これはいったいなんなのか?
よくわからない。
しかしながら、こうして生き残ったことである可能性が浮上した。
おそらくだが、繰り返される実験の結果、私は才能を得てしまったのかもしれない。
体の傷が再生しているということは、回復系の才能なのだろうか。
教会で聖司祭に聞けばわかるかもしれない。
施設から騒がしい声が聞こえる。
聞き慣れた妖術師や闇魔法使い達の声だった。
そっと施設に近付き、窓から中の様子を覗き見る。
彼らは慌てふためいていた。
どうしたのかと思い、しばし様子を盗み見る。
なんでもこれまで使っていた才能が使えなくなっていたらしい。
いったい彼らの身に何が起こったというのか。
状況は一変する。
仲間だった者達は、才能が使えなくなった途端、侮蔑するような言葉を投げかける。
そして最終的に、妖術師や闇魔法使い達は捕らえられ、檻に連行されたようだ。
何が起きたのかわからないが、実に胸がスッとするような展開だった。
これまで自分がしてきた暴力行為としか言えない実験を、彼らも受けることとなるのだ。
今後、彼らは空っぽと呼ばれ、酷い扱いを受けるのだろう。
これまで感じなかった高揚感に心が支配される。ざまあみろ、という感情を生まれて初めて味わった。
ひとまず木の陰に身を隠し、これからどうしようか考える。
他の空っぽの者達を助けて、施設から解放して――。
なんて一瞬脳裏を過ったものの、僅かに残った理性が「止めたほうがいい」と囁く。
どうせ、才能を持たない者達に居場所なんてない。
家族のもとに戻りたいと思う者なんていないはずだ。
救ったとしても、感謝なんてされない。
中途半端に助けるというのも、時として残酷な行為となってしまうのだろう。
それよりも、ここを抜けだしたほうがいい。そう判断した私は、施設から脱出することを決意したのだった。




