魔法使いの生い立ち
この世界に生きる者達は、神より〝才能〟を授かって生まれる。
誰もが平等に、正しく生きられるように、才能を持っているのだ。
けれども、この世の中には才能を神より授からなかった者達もいた。
何をやっても上手くいかず、失敗ばかりで、最終的に爪弾き者となる。
そんな才能を持たない者を、〝空っぽ〟と呼んでいた。
ごくごく一般的な夫婦の間に生まれた私も、才能を持っていなかった。
掃除をすれば家具を壊し、料理をすれば食材を無駄にし、洗濯をすれば服を破いてしまう。
物覚えが絶望的に悪く、両親からいつも「役立たずだ!」と激しく罵られていた。
当時は辛い毎日だったからか、物心がつくような年齢だったにもかかわらず、両親の顔は思い出せない。
自分の本当の名前すら、一度も呼ばれなかったからか、記憶にないくらいだ。
弟や妹もいたが、私をいない者として扱い、隣近所の人達には召し使いだ、と話していたらしい。
暴力を振るわれなかっただけマシだ、と実家にいた数少ない記憶を甦らせながら思う。
屋根裏に忍び込んだネズミのような暮らしを続けていた私に変化が訪れる。
それは私を引き取りたいという、とある養育院の院長が訪問した日の話であった。
なんでもそこは、私と同じような空っぽの者達が集まり、特別な教育を受けさせている施設らしい。
過去にたくさんの空っぽの者達が手に職を付け、独立して立派に暮らしていると言う。
養育院では独立した者達から給金の一部を受け取り、そのお金で運営されていて、それに承諾さえすればすぐにでも受け入れてもらえるようだ。
さらに、これまで空っぽの子どもを育てた両親にも、報酬金がでる。
両親は私の意見なんて聞く前に、「喜んで」と私を連れて行くように頼んだ。
大金を受け取った両親は、私に言った。
「せいぜい努力して、人様の役に立つように死ぬ気で努力するんだ!」
「この役立たずめ! 死ぬ気で努力するんだよ!」
私の身を引き換えに大金を得ても、役に立ったと思われないらしい。
一人前になって働けるようになったら、両親は私の存在を認めてくれるのだろうか。
そうであるのならば、頑張ってみよう。
決意を胸に、私は生まれ育った家をあとにしたのだった。
これから向かう養育院は、私と同じ才能を持たない者達が大勢いるらしい。
他の子達も、きっと私と同じような扱いを受けて育ったのだろう。
もしかしたら気が合って、友達になれるかもしれない。
そんな期待を胸に馬車へと乗りこんだのだが――車内を目にした瞬間、ゾッとする。
馬車には五歳から十歳くらいまでの子どもがぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのだ。
皆、虚ろな目をしていて、私が乗りこんでも気にも留めない。
よくよく子ども達を確認すると、ボロボロの服を着ていて、肌や髪の毛に艶はなく、ガリガリに痩せていた。
おそらく、生家で酷い目に遭っていたのだろう。
これまで育った私の実家は、まだマシだったのではないか。
最低一回は食事があったし、服もおさがりだが与えられた。お風呂だって、三日に一度は入っていたのだ。
これから養育院できちんと食事を三食食べ、清潔な服に袖を通し、豊かな教養を与えられたら、彼らの瞳にも光が戻ってくるだろう。
このときはそう信じていた。
馬車に揺られること三日間――食事なんて一度も与えられず、休憩時間は排泄をするばかりだった。
馬車に乗車する前に、靴を取り上げられた時点でおかしいと気付くべきだったのだろう。
逃走を防止するために、靴を奪ったに違いない。
他の子ども達は逃げる気力すらないようだ。中にはぐったり横たわったまま、動かない子もいる。声をかけたが、反応がなかった。
そんな酷いとしか言いようがない扱いを受けているうちに、不安だけが募っていく。
嫌な予感が確信へと繋がったのは、養育院に到着してからだった。
そこは辺りが暗く木々が茂っている森の奥地にあり、周囲にモンスターがうじゃうじゃいるような危険地帯である。
馬車から降ろされる前に、両手を縄で縛られしまう。
三日間何も食べていないので、なぜかと考える余裕なんてなく、されるがままだった。
縄を引かれ、連行されるように建物があるほうへと歩いて行く。
養育院の周囲は高い塀に囲まれていて、壁側には鋭い荊がある蔓薔薇が這うように生えていた。
あとになって、これは逃走防止用のものだったと気付いた。
養育院には大勢の、才能を持たない者達がいた。
彼らは檻の中に収容され、必要なときにだけ呼びだされる。
檻の外で何をしているのかというと――人工的に才能を付与できるか、という実験が日々行われていた。
ここは空っぽの者達を支援する施設ではなかった。
空っぽに才能を与えられるか実験を繰り返す、残酷極まりない場所だったのだ。




